第433話 楽しい時間はあっという間に過ぎる

 翌日は朝から浜辺の木陰で海を眺める。何も、入るだけが海の楽しみ方ではない。


 輝く太陽、青い海、青い空、白い雲。いいコントラストだ……


 寝椅子に寝そべり、波の音を聞きながら景色を眺める。贅沢な時間の使い方だわ。


「あら、レラは海に入らないの?」

「うん、午後からにしようかなって思ってる」

「そうなのね」


 コーニーはすっかりビキニに慣れたらしい。イエル卿と手を繋いで海に入っていく。


 リラはジルベイラと一緒にホテルで手編み講座を受けるって言ってたな。あのホテル、地元フロトマーロの伝統工芸を体験出来るコースをいくつか用意してるから。


 この辺りのアイデアは、リラが出した。地元の文化に慣れ親しむのも、旅の楽しみ……なんだって。


 特にフロトマーロはオーゼリアとは違う文化を持つ国だから、彼等にとっては日常の何て事はないものでも、国や地域が違えば目新しいものになる。


 今回用意した講座も、そういうもの。手編みの他に伝統柄の帯を織る講座や、染め物の講座もあるらしいよ。




 海に入って泳いだり、単純に浮かんでるだけだったり、浜辺の椅子に座って眺めたり。なかなかのんびりした休暇でいい。


 そしてビーチに来てから四日目になる今日、全員でちょっと沖までボートで出る。


「今日もいい天気ねえ」

「絶好の潜水日和りだね!」


 そう、本日は海に潜ってみようツアーなのだ。もちろん、潜水用のボートを用意してある。そこまで深い場所にはいかないので、潜水艇ではないよ。


 周囲が見えるよう、透明の素材――ガラスに非ず――で覆われたボートは、ちょっと不思議な外見だ。


「これで、海に潜るのか?」


 ヴィル様が半信半疑といった様子だ。大丈夫、潜ったっきりにはならないから。


「海の中で、魚やサンゴを見ようと思いまして」

「さんご?」

「色とりどりで綺麗ですよ」


 ちなみに、サンゴがあるのはカストルが確認済み。南の海だからか、魚もカラフルなものが多いらしい。


 ボートから潜水ボートに乗り換えて、潜水開始。


「おおー」

「凄い……」

「これは……」

「まあ、綺麗な魚」

「お、あっちのは大きいな」

「何て綺麗……」

「本当に」


 それぞれ、いい反応が聞けましたー。


 潜水は、日が届く範囲まで。遠浅に作った浜の外は、そこそこ深い場所があるらしい。


 でも、浅いところもあるので、潜水ボートでの潜水は楽しめましたー。




 ビーチでの滞在は十日を予定している。日程も半分を消化する頃には、それぞれ海での楽しみ方を見つけたみたい。


 これでもう少しフロトマーロに観光資源があれば、中日辺りに寄ってもよかったんだけどね。残念ながら、見て楽しめる場所はないらしい。


 遺跡でもあればなあ。


『残念ですが』


 おおう、カストルに思い切り否定されちゃったよ。まあ、うちのご先祖様とそのお友達が好き勝手に作り替えたのがこの大陸って話だから、遺跡がある訳ないか。


『特に大陸南のこの辺りは、小王国群のような小国が興っては消えるを繰り返した土地です。後から興った国が前の国のものを全て破壊するので、遺跡が残りようがなかったようでして……』


 迷惑な話だ。他に、景勝地とかないの?


『これといっては。オーゼリアで探す方が早そうです』


 それはそれで、新しいビジネスチャンスがありそうだけれど、とりあえずフロトマーロを考えよう。ないなら、やっぱり海辺の開発かねえ。


『もう少し西側にも、いくつか良さげな候補地を見繕ってあります』


 お、本当に? んじゃ、この旅行が終わったら、また視察にこよう。


 今はリラも別行動だから、止める人がいなくて色々考えが捗るわー。




 楽しい日々は、あっという間に終わってしまう。ホテルのダイニングで、皆揃った夕食の席で、コーニーがぽろりとこぼす。


「もう明日は帰る日だなんて、寂しいわ」

「また来ればいいよ」

「そうね。絶対よ?」


 お、おう。そんなに力入れて確認するくらい、このリゾートを気に入ってくれてありがとう。


 ここもオーナー権限でコテージを三棟、ホテルの部屋を四つ常時押さえてあるので、身内はいつでも来られるようにしてある。


 そういえば、このリゾートの管理をどこにするか、まだ決めてなかったね。旅行会社を作るって話が上がってたから、そこかな?


 会社はネレイデスに任せる事になるだろうし、今後開発予定の場所もまとめて、船会社と連携して管理出来るようにしておこうっと。


「何か、企んでるわね?」

「え?」


 びっくりした。斜め前に座るリラが、目を眇めてこちらを見ている。


「悪巧みしている顔をしてたわ」

「ええ? そんな」


 悪巧みじゃないよ。ちょっと事業計画を……


「レラ様、仲間はずれは嫌です。面白そうな話なら、私にも教えてください」

「え? いや、そんな事は」


 何で、夕食の席でリラとジルベイラに突っ込まれなきゃいけないのよー。




 最後の日は、ちょっと早めに起きて朝日が上るのを待った。場所的に海からの日の出は見られないけれど、徐々に明るくなる海もまたおつなもの。


 それを見て、早めの朝食を取ったら出発だ。


 ホテルの従業員は、このままここで暮らす。必要な物資は定期的に運び入れる手筈になっているし、通信機も置いてある。


 ちなみに、ここにはネレイデスを置いていない。オケアニスやヒーローズも。


 防犯に関しては、魔道具をこれでもかと仕込んでいる。顧客が貴族になる予定だからね、何かあったら大変だ。


 魔道具で対応している間に、隣の港街ポルトゥムウルビスからオケアニスやヒーローズを派遣する事も出来るしね。


 ここに来た時同様、ボートでポルトゥムウルビスへ。そこからレーネルルナ号に乗り換えて、ブルカーノ島へ向かう。


 ここも、もうじき正式稼働かな。大分区画も調って、工事している箇所が減っている。


 果物栽培も始まるし、先が楽しみ。




 行きよりも早くブルカーノ島に到着。さすがに海ではしゃぎ過ぎたのか、帰りの船旅は皆静かだったなあ。


 ただ、コーニーからは水着に関する提案を受けた。もっと色々な柄のが欲しいんだって。ふっふっふ、計算通り。


 あと、水着普及に関するいいアイデアも聞けた。少人数からあそこに人を連れて行って、海での楽しみ方を教えればいい、だって。


「特に女性同士で連れて行く事をお薦めするわ」

「なるほど、女子旅か」

「なあに、その『じょしたび』って」

「女性同士での旅行」


 確かに、男性同士より女性同士の方が需要はありそうだ。


 貴族女性って、大抵夫と一緒か家族ぐるみで付き合いのある相手との行動が多い。


 なので、新たに仲のいい女性同士の旅をご提案。あなたも南の海で、女友達と開放感に浸りませんか?


 彼女達が南に旅している間、旦那連中は連れだって温泉街はいかがでしょう? 各種アクティビティで汗を流すもよし、温泉で汗を流すもよし、美食に舌鼓を打つのもありですよ。


 あ、うちの温泉街ではコンパニオンはおりませんので、あしからず。




 ブルカーノ島から列車でデュバルへ。そこでジルベイラ達と別れ、残りは列車を変えてユルヴィルへ向かう。


 車中泊でユルヴィルに到着した後、馬車で王都へと戻ってきた。


「あー、帰ってきたって感じがするー」

「楽しかったわね」

「ねー」


 コーニーも大満足のようだ。リラも口には出さないけれど、笑顔でいるって事は満足したと見た。


 いやあ、いい旅行でした。


 王都に入ってからは、ネドン家の王都邸までコーニー達を送り、そのままデュバル邸へ。


 荷物は別便で先に送ってある。こういう時、使用人がいるっていいよね。楽ー。


 あ、そういえば、コーニーのところは使用人にも問題があるって話、してなかったっけ?


 それについては、本人から応援要請が来るまでじっとしていよう。下手に横から手を出したら、コーニー自身に怒られかねないわ。

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