第432話 海は広いな大きいな
昼食の後、食休みを取ってやっと海へ! 水着に着替えてーと思ってたら、何やらコテージの扉を激しく叩く音が。
「何だ?」
不審に思ったユーインが扉を開けたらしい。
「どういう事だこれは!!」
わー、ヴィル様の怒鳴り声ー。その後ろからは「落ち着いてください!」ってリラの声が聞こえてくる。
水着、見たのかな?
二人を私達のコテージに入れて、お話し合い開始。
「レラ、お前までそんな……はしたない格好はやめないか!」
「はしたないって。海に入るんですから、水着になるのは当然ですー」
「まさか、コーニー達もとか、言わないよな?」
「コーニーもジルベイラも、まだちょっと恥ずかしいみたいですよー」
「当たり前だ! こんな肌をさらすものなぞ!!」
どこの頑固親父だよもう。
「リラ、娘が生まれたら、将来面倒そうだね?」
「レラ!」
「あんたはまた……火に油を注ぐような真似、しないの」
てへ。
だって、あまりにも分からず屋なんだもん。ここはやはり、ヴィル様にも着衣水泳の厳しさをたたき込むべきか。
「よし! そこまで言うのなら、男性陣にも着衣水泳の現実を体感してもらいましょう!」
「何だ? その……ちゃくい……というのは」
「服を着たまま泳ぐのが、いかに難しいか、です」
着衣水泳は、いざという時の為に訓練しておいた方がいいとは思うけれど。ネオヴェネチアが出来たら、講習会とかやっておこうかな。
イエル卿とゼードニヴァン子爵は文句こそ言ってこなかったけれど、あからさまに目のやり場に困るという顔。
そして、コーニーとジルベイラのビキニを見て、ヴィル様がまた怒った。
「レラ!!」
「ああいう水着なんですー。抵抗が少なくて、水中では動きやすいんですよー」
「だからといって――」
「動きやすくないと、溺れて死ぬ可能性が高くなります」
「……何?」
「目の前にある砂浜! 青い海! そこに入らずに、指をくわえて見ていろと!? ヴィル様酷い!」
「え……いや、酷いとかではなく」
「海に入るのは、健康と美容にいいんです! 女性からそれを取り上げようだなんて!!」
「え、そ、そうなのか?」
よし、争点を逸らすのに成功。ペイロンの人間は、恥より何より生き死にの方が大事。恥をかいても生きてさえいれば、やり直しはいくらでも出来るという大変合理的な考え方だ。
ヴィル様もそういうところがあるから、「水着を着ていると死ににくくなる」というのはいいアピールポイントになると思う。
さて。次は実際に体験してもらいましょうか。
「男性陣は……まだ水着に着替えてませんね。ユーインだけだなんて」
「いやあ、あれ、下着とほぼ一緒だからさ」
「私も、抵抗がありまして……」
イエル卿もゼードニヴァン子爵も、何とも苦笑気味だ。
「では、ちょうどいいので、そのままの格好で海に入って溺れてきてください」
「はい?」
お、二人の声が重なったね。何もおかしな事は言っていないよ? 服を着たまま泳げるのなら問題はないけれど、上がった後が大変よ? それも体感してもらおうか。
「ついでにヴィル様も、溺れてくるといいですよ」
「お前……面白がってるな?」
もちろん! さっき怒鳴られた事、根に持ってますからね!
三人ともぐずぐずしていたので、風で浮かせてちょっと沖の方に捨ててきた。コーニー達が悲鳴を上げていたけれど、大丈夫。死にはしないから。
このビーチ、溺死防止の術式が全体に掛けられている。沈んでも、死ぬ前には海から体が浮き上がる仕様です。安全面は、配慮しておかないとね。
三人はいきなり足の付かないところに放り込まれて、慌ててるみたい。あ、イエル卿がいち早く魔法で浮かび上がった。
でもこのまま何事もなし、では水着の機能性を理解してくれないので、彼の魔法をキャンセルするようにしてみた。
「ちょっとレラ! イエルが溺れてしまうじゃないの!」
「大丈夫だよ、死なないから」
「そうなの? なら、いいかしら……」
コーニーも、ペイロンだよなあ。死なないけれど、溺れたらそれなりに苦しいよ?
さて、ほどよい溺れ方をした三人を、魔法で釣り上げて砂浜まで戻した。ぐったりしてるねえ。
「服を着たまま海に入ったご感想は?」
「レラ……後で覚えておけよ?」
やべ。ヴィル様の本気スイッチが入っちゃった。でもでも、あのままだと水着を理解してくれないし!
「海の中でも思いましたが……今の方が動きづらく感じますね」
よしよし、ゼードニヴァン子爵も実感したね。イエル卿も、服の裾を絞っている。
「服が水を吸って重いもんな。というか、デュバル侯爵、途中で俺の魔法、打ち消したでしょ? あんな事、出来るんだ?」
「内緒ですけどねー」
昔、ニエールと魔法で遊んでいた時に偶然発見したんだよね。相手の術式に干渉して、術式を一部消す事が出来るのを。
術式って、頭から尻尾まできちんと組まれていないと発動すらしないんだよ。で、発動中の術式の一部を消すと、途中でも術式全てが消えてしまう。もう一回、発動しなおさないと駄目なんだ。今回は、それを使いました。
イエル卿は退団したとはいえ、元白嶺騎士団の団員。魔法に長けてるから、今ので打ち消した方法がわかったかもね。
別に秘密にしてる訳じゃないけどさー、自分の術式にやられたら腹立つと思うんだよねー。なので、おおっぴらにしたくない。
もっとも、これがわかってからは術式自体に防御の為の術式を組み込むようになったから、私の使う術式は生半可な事じゃ打ち消せないけれど。
「さて、じゃあ今度は水着に着替えて海に入ってみてください。どういう差があるのか、体で覚えてもらいましょう」
三人に恨みがましい目で見られたけれど、気にしない。新しい技術……技術? とは、常に人の犠牲の上にあるのだ。多分。
男性陣の水着はハーフパンツスタイル。いや、ブーメランタイプを作ってもいいかなって思ったけれど、多分はいてくれないなって思って。
気恥ずかしいのか、上半身にはアロハを着込んでる。潔く脱げばいいのにね。大丈夫、見るのはあなた方の妻だけです。
てか、全員いいからだしてるなあ。ユーインやヴィル様は鍛えているのを知ってるけれど、イエル卿は細マッチョだ。
ゼードニヴァン子爵は……うん、ジルベイラが惚れ込んだだけはある。見事な筋肉です。
そのジルベイラは真っ赤なビキニ。コーニーのはマラカイトグリーンに黒を使って葉の模様を描いている。
リラの水着はフェミニンなワンピースタイプで、スカート付き。色はピンク。
私のはタンキニで、黄色とオレンジのボーダー。下はオレンジ一色の一分丈パンツ。あー、開放感ー。
水着になっても平気な顔をしているのは、私とリラだけで、男性陣もコーニー、ジルベイラの二人も何だかもじもじしてるよ。
もういっそ、海に入っちゃえば?
海はいい。海はいいよ! 透明度の高い、澄んだ青。砂が白いから余計に青く感じるのかも。
そして波の音を聞きつつ、その波に揺られる。最高だね!
潮の香りもまたいい。ああ、海にいるよ!!
「さすが海なし県出身者」
「うっさいな。このビーチは私のものなんだから、前世はいいんだよ!」
リラとこんな事を言い合えるのも、周囲には誰もいないから。ちょっと沖まで来たら、誰もついてこないんだもん。
危ないってヴィル様が言ってたけれど、このビーチに仕掛けてある術式を説明したら、イエル卿に肩を叩かれてた。心配いらないって事なんだろうな。
ユーインも、珍しく付いてこなかったね。彼は彼で、ビート板を持って泳ぎの練習中だ。誰に吹き込まれたんだろう?
コーニーはジルベイラと浜辺に、ヴィル様、イエル卿、ゼードニヴァン子爵は三人とも波打ち際にいる。
あなた方、もう少し海を楽しみたまえよ。
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