第431話 遊びはまだお預け

 港街改め、ポルトゥムウルビスを後にした私達は、とうとうビーチリゾートに到着した。


「おお! 本当にビーチだ!」


 こちらにはレーネルルナ号が停泊出来るような大型の港がない為、ポルトゥムウルビスからはボートでビーチに来ている。


 木製の桟橋が延びる、のどかな風景。ビーチから一段陸側に上がった場所には、白い壁にトンガリ屋根のコテージが並ぶ。ええ、どこぞの世界遺産の街の建物がモデルですが何か?


 もう少し奥の方には、三階建てのオーゼリア風の邸が建っている。あちらはホテルだね。


 このビーチ、高級リゾートを目指しています。温泉街は上から下まで価格帯が広いけれど、ここは高価格帯のみで勝負。


 ちなみに、手前のコテージの方がお値段が高い。奥のホテルの一部屋一泊料金の実に五倍の値段。強気にしてみました。


 その代わり、コテージもホテルも空調完備。大体がフロトマーロは乾燥した国なので、湿気がない分日陰に入ると大分涼しい。


 料理はオーゼリア風とフロトマーロ風と選べる。フロトマーロの料理は香辛料を利かせたスパイシーなものが中心。これが美味しいのよ。


 ただ、そのままだとオーゼリアの人にはちょっと辛すぎるので、少しマイルドにしてある。それでも、本場のスパイスを多用したメニューは美味しい。


 コテージでは、三食食事を作りにスタッフが食材と共に伺います。ホテルでは、お部屋かダイニングをお選びいただけます。


 そして、一番の目玉は目の前に広がる海!


 これ、カストル達がわざわざ作った砂浜ですよ。しかも遠浅。どこまで作ったんだ?


「ご説明いたしますか?」


 にっこり笑うのはヘレネだ。彼女の笑顔、何だかポルックスに似てきた気がする……




「こちらも崖が続く地形でしたが、そこを切り崩し、平地に均しました。また、海底も岩場が続いていたものを一掃し、遠浅の砂浜にしています」


 あちこち魔法で作り替えちゃったのね……今更だけど、環境破壊って言葉が脳裏をよぎるわー。


『惑星のうち、ほんの一部分を崩したに過ぎません。生態系には大きな影響はありませんよ。大体、元を正せばこの島は前の主達が好き勝手に作り替えた場所です。言ってみれば、元から人の手が入った人工の大陸。それを人がさらに切り崩したところで、何ほどの事もございません』


 ああ、そうなんだ……


 そういえば、以前ビーチで問題があったとか、言ってなかったっけ?


『ああ、あれはレズヌンドの連中が性懲りもなく仕掛けてきただけです。既に対処済みですので、ご心配には及びません』


 待ってー。あの国、そんなにこっちにちょっかい掛けてきてるの? 大丈夫?


『ええ。ポルックスが上層部に思考誘導を仕掛けましたから』


 はい!?




 詳しく聞くには念話ではまだるっこしい。という訳で、ホテルのロビーに移動してデュバルから呼びつけたカストルから話を聞く事にした。


 今この場にいるのは、私とカストル、それとリラとヘレネのみ。コーニー達はそれぞれ選んだコテージで休んでもらってる。


 一応、私達はホテルの施設視察って事にしている。さすがに「うちの執事がやらかしたようなので、その内容を聞いてくる」とは言えないし。


 カストルによると、レズヌンドからの「嫌がらせ」はビーチ改造工事中に何度もあったそうだ。


 船で持ってきた汚物を撒き散らす、クズ石をばらまく、ゴミを投げ捨てる。確かに嫌がらせだね。


 実際には一度も成功していないって。ここにも戦闘メイドオケアニスを二人配置していたから、彼女達が事前に食い止めたという。


 ただ、何回も続くから、さすがにカストルも怒った……らしい。


「それで、思考誘導を?」

「はい。あそこは仮想敵国と言える国家です。この先、何を仕出かすかわかりません。今のうちに手を打っておこうと考えた次第です」


 うーん……あそこの上層部が大分腐っているのは、港に入った時に知ったけれど、だからといって思考誘導……


 確かにうちにいる穴掘り要員……ほぼ死刑囚で実験を繰り返していたっていうから、技術は確かなものなんでしょうけれど。


 だからといって、他国の上層部にいきなり使うか? まー、この先お付き合いはないのが確定してる相手だけどさ。


「ちなみに、どんな思考誘導を行ったの?」


 リラがカストルに質問している。冷静だねえ。


「周辺国家に対する、いかなる行動も己達を不幸にする。そんな内容ですね」

「不幸になるのは国民じゃなく、彼等自身なんだ……」

「欲の皮が突っ張った国王やその側近達が、民の為を思って行動を止めるとは、とても思えません」


 真顔で答えるカストルに、私もリラも何も言えない。


「とはいえ、他国に対して何も動くなって事は、輸入も輸出も出来ないって事かな?」

「それだけじゃなく、攻め込まれても無抵抗でいるかもよ?」

「え? そうなの?」


 リラの予想に思わず聞き返しちゃった。でも、彼女が答えられる訳じゃないよね。


 カストルを見ると、大変いい笑顔……じゃあ、そうなんだ。


「隣国が政治不安になるのはいただけませんが、その場合は国民全体に思考誘導を施す予定です」

「マジで!?」

「その代わり、デュバルからは食料や物資の支援を行います。その方が、あちらの民も幸福に生きられるでしょう」


 思わずリラと顔を見合わせる。これ、レズヌンドを何かの実験場にしていないかね?


「これは、止めるべきよね?」

「ただ、止めた場合デュバルからの支援がなくなり、レズヌンド国民が飢える未来が見えてくるんだけど……」


 リラの意見も一理ある。何せ乾燥して土地も痩せている国だ。それでも、贅沢を知らずに生きてきたなら何とかしのげるだろうけれど、既にタンクス伯爵を通じてオーゼリアからの物資で贅沢……というか、それまで以上の生活を知ってしまっている。


 人間、いい生活から落ちるのって、慣れないんだよね。逆は慣れても。そうなったら、内乱が起こるかも?


 ああ、やってもやらなくても怖い結末が用意されてる気分。何このバッドエンドだらけのゲームをプレイしている感覚は。


 レズヌンドとその周辺国家には、これ以上うちの執事が悪さをしないよう、おとなしくしていていただきたい。


「悪さとは心外な。心から、彼等の安寧を願っておりますよ」


 絶対嘘だ。




 ホテルからコテージに戻り、ちょっと休んだら復活した。ユーインが心配そうにしてるけれど、大丈夫だから。


 私の体調に関して、彼は自身の特殊能力? である「嗅覚」でわかる。私の精神状態がマイナス方向に行ってると、匂いが「苦く」なるんだって。


 で、心身共に健康だと匂いは「甘い」そうな。不思議だねえ。


 それはともかく、そんな訳で体調に関して彼には誤魔化しが利かない。


「大丈夫だって、わかるでしょう?」

「そう……だな」


 時刻はそろそろ昼食の頃合い。お昼を食べて、早速海に入らなきゃ。


 本日の昼食は、全員揃ってホテルで食べる。明日からは各コテージで食べる予定。


 ただ、今回は身内での旅行なので、ホテルで皆で食べるのもありかなあ。ホテルまでの小道も石敷で歩きやすいし、食前食後の軽い散歩と思えば苦にならない。


「よし、予定変更。食事は毎回、ホテルまで歩く」

「それもいいな」


 隣を歩くユーインも気に入ったようだ。明るい日差し、植栽の間を吹く風も爽やかだ。木陰が多く出来るよう、考えて植えられてるもんね。




 ホテルでの昼食は、最初という事でオーゼリア風。夕食はフロトマーロ風を出すそうだ。


 このホテルで働いているのも、デュバルから連れてきた人達。ちゃんと募集して応募してきた人達ですよー。


 厨房を預けるのは、これまた船の厨房にいる料理人と同じく、ヌオーヴォ館の料理長の下で修業した人達。あの料理長、どんだけ弟子を取ったんだろう?


 それはともかく、厳しい師匠に合格をもらった人達ばかりなので、料理の腕は確か。


 食べ慣れているオーゼリア風の料理も、いつもよりおいしく感じるのは場所が関わってるかもね。


 本日はダイニングにあるテラスに席を用意してもらった。ちょっと特別感があっていいね。


「ホテルなのに、外で食事しているような気分ね。これはこれで、いいと思うわ」


 コーニーも満足そうだ。女性陣は色々と疲れているから、この旅行でリフレッシュしてほしいな。


 あ、男性陣も疲労が溜まってる? ゼードニヴァン子爵に関しては私の責任だけど、残り三人は王太子殿下に文句を言ってくださいね。

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