第430話 港湾都市

 ブルカーノ島で一泊し、翌朝港からフロトマーロのビーチリゾートに向けて出発です。


 途中港街に寄港する予定。そこで四人の農家さんは下船だ。


「さて、行き先はビーチです。海です。この意味、わかりますね?」

「いえ? わからないけれど」

「私も、わかりません」

「わかるけれど、ここで言う事?」


 女子だけ集めたラウンジで、ちょっと内緒のお話。三人三様の反応だね。


「ビーチと言えば海、海と言えば水着! 温泉の時は拒絶されたけれど、海に入るなら水着は必須!」

「入らなければいいだけじゃないの?」

「海に入るというのが、そもそもよくわからないのですが。入浴とは、違うのですよね?」

「そこからかー」


 コーニーとジルベイラの反応を見たリラが、天井を仰いだ。うん、気持ちはよくわかる。


「入浴じゃないけれど、海水浴と言います。実は海水には色々な成分が含まれていて、一定時間の海水浴は健康や美容にいいという――」

「それ本当?」

「美容にいいんですか?」


 食いつくところ、そこ? まあ、新婚さんだから、旦那にはいつまでも綺麗だと言われたいよね。


「その為にも! 水着は必須です! これは絶対。という訳で、水着に慣れる為にも、この船のプールで泳ぎの練習がてら、水着に慣れましょう」

「……どうしても、みずぎとやらを着ないと駄目なの?」

「コーニー、舞踏会に部屋着を着て行くかね?」

「いいえ。そんな非常識な事、しないわよ」

「そう、非常識。海に入るのに水着を着ないのは非常識です!」

「……そんな常識、あったかしら?」


 オーゼリアにはないかもね。でも、前世では水に入るのに普段着のままって人はいない。


 それに、水着より普段着の方が水の中では動きにくいし、溺れやすくなるんだよ。


 動きやすく水の抵抗を少なくする。水着には、そんな機能も盛り込まれているのです!




 その後、場所をプールに変えて実際に水着を着てもらったんだけど……


「こ、こんなに布地が少ないの!? 前に見たものより酷くない!?」

「こ、これでは隠せません!」


 君達二人は隠さなくていいよ。むしろもっと見せびらかすといい。旦那連中の目が釘付けになること間違いなしだよ。


 コーニーとジルベイラにはビキニを着せてみた。


「最初から飛ばすわね……もう少し、穏便なデザインから入った方が良かったんじゃない?」

「あの二人は体験した事がそのまま頭に入るから、この場で水の中での水着の動きやすさを体感すれば、きっと大丈夫」


 その為にも、着衣水泳の真似事もしてもらう。通常の生地で作ったパーカーとショートパンツをビキニの上から着て、プールに入ってもらった。


「これは……確かに動きづらいわ」

「足が付かなかったら、危険ですね」


 そこに気付いたね? じゃあ、次はそれらを脱いで、ビキニスタイルになってもらいましょうか。


「動きやすい……」

「体も、浮きますね……」


 ふっふっふ。これで二人も水着の重要性を知った事だろう。後は慣れだなれ。




 毎回の食事は、場所を変えている。この船、レストランの数が多いから。


 食材の管理や調理は、亜空間収納や調理用人形を使っているので無駄がない。


 一部、人前で調理する場合は普通に人を使ってるそうだけど。


「やはり、人形が作るのを目の当たりになさると、食欲が減退するお客様がいらっしゃるようでして」


 残念そうに語るのは、ヘレネである。彼女はこのレーネルルナ号を含む船の船長を兼任しており、今回のクルーズ旅行では責任者も兼ねている。どんだけ仕事を兼ねるんだ。有能だなあ。


 人前で調理する調理人達は、ヌオーヴォ館の料理長から直に料理を教わった者達だそうな。


 かなりスパルタ教育だったそうだけど、料理長から諸々の許しが出るくらいの腕前だってさ。


 食事は夕食だけ、八人揃うようにしている。他は組み合わせも自由だし、レストランも自由に選んでもらってる。


 何なら、デッキに出してるスタンドの軽食で終わらせてもよし。


 ちなみに、農家四人組に食事くらい一緒に取るか? と提案してみたら、丁寧なお断りの返事が来ました。貴族と一緒じゃ、喉を通らないかー。


 彼等は彼等で楽しくやってるようだから、そこだけはよかった。




 ブルカーノ島から、フロトマーロの港街まで、本当なら一日掛からずに到着する。


 でも、今回は船旅なので、少し遠回りして二日掛けて向かう事にした。


 その間、プールでの水泳教室を行い、たった二日だけれど女性陣には水着に慣れてもらう事に。


 やっぱりコーニーもジルベイラも恥ずかしそうにしてたけどね。私やリラは、前世で慣れてるから。


 ええ、このツルペタの胸にもな。


「え……前世でも、貧乳?」

「皆まで聞くなああああああ!」


 走っちゃいけないプールサイドを、思い切り走ってその場を去る。うわああああああん、リラがいぢめるうううううう!


 ちなみに、私の水着はタンキニタイプ。ビキニにしたら、上がするっといってしまいそうだから。


 くそう。ジルベイラ並とは言わないが、せめてリラ並にはほしかった……




 意外と言えば意外、納得と言えば納得なんだけど、航海中にユーインとゼードニヴァン子爵が何やら仲良くなっている。


「ユーインに、俺以外の友達が!」


 イエル卿が何やら感動してます。あなた、ユーインのおかんですか。


「そういえば、ユーイン様も元黒耀騎士団だったものね」

「似たような苦労話で盛り上がってたりして」

「それはちょっと……ユーイン様は侯爵家の出だし、ゼードニヴァン子爵とはまた違う苦労があったのでは?」


 コーニーやリラと小声でやり取りする私達を、ジルベイラが困ったような笑顔で見ている。


 ゼードニヴァン子爵から、色々聞いているのかもね。でも、騎士団の内情なんて軽々しく話せないし、沈黙を守るジルベイラは正しいのかも。


 今回、リゾートクルーズなので皆様着ている物が軽いです。男性はスラックスに半袖シャツ。アロハにしなかっただけ、褒めていただきたい。


 女性は薄手のワンピース。布を重ねていないので、オーゼリア国内でも表に着ていくことは憚られる品。部屋着程度かな。


 最初、これに異を唱えたのはやっぱりジルベイラ。コーニーも難色を示したけれど、コルセットで体を締め付けない服は楽だから、あっという間に慣れました。


 慣れなかったのは男性陣。最初はヴィル様から苦情がきましたよ。着ているものが薄過ぎるって。


 でも、これから向かう場所は暑いところであり、オーゼリアで着ている服を着ようものなら熱中症で倒れる危険性もある。


 それを回避する為にも、軽くて薄い服を着る必要があるのだ、と屁理屈をこねたら納得してくれた。


 ユーインは積極的に何か言う事はなかったけれど、あの人は私の行動に馴れているから。


 イエル卿はコーニーのワンピース姿にデレデレだったので文句を言わず。ゼードニヴァン子爵も、ジルベイラのちょっとセクシーなワンピース姿に目を奪われていたから、反対しなかったね。


 コーニーのワンピースは若葉色のシフォン生地で、オフショルダー。ジルベイラのは青のシフォンワンピ。ホルターネックで肩ががっつり出るタイプ。


 本当は背中もがっつり開けたかったんだけど、マダムから「それは時期尚早」と言われたので、諦めた。


 私は白地に青い花模様のプリント生地で、チューブトップ。上からレースのボレロ着用。リラは黒地にひまわり模様の刺繍が入ったフェミニンタイプのワンピ。


 オーゼリアでは秋だけど、フロトマーロはまだまだ暑いと聞く。だったら、リゾート仕様のワンピで気分を盛り上げるのも、いいよね。




 二日の船旅は、なかなか有意義でした。海も堪能出来たしね。いやあ、海はいいねえ。


 船は無事、フロトマーロの港街に入った。


 私達は下りないので、デッキから街を眺めるのみ。てか、ここがあの崖があった場所? まったく面影が残っていないんですが……


 港から綺麗に整地された街。今いるデッキが大体三階建てくらいの高さのはずだから、見晴らしがいいね。


 高い建物はあえて造らず、横に広げるようにしたんだって。倉庫は港のすぐ側に、レンガで建造してある。倉庫街なんだけど、それはそれで趣があるなあ。


 一緒にデッキから港街を見ていたコーニーが、ふと思いついたように聞いてきた。


「そういえば、この街に名前はあるの?」

「え? ないよ?」

「なら、今付けちゃえば?」


 えー? そんな事言われても、すぐには出てこないよ。


『港湾都市という言葉を、ラテン語にしてみてはいかがでしょう?』


 カストル、盗み聞きはよくないな。


『失礼いたしました。主様がお困りのご様子でしたので』


 でも、アイデアはいい。


『ラテン語では、ポルトゥムウルビスが発音的に近いようです』


 んじゃあそれで。


「よし、この港街の名前はポルトゥムウルビスに決定!」

「……変わった名前ね。デュバルの新都の名前を聞いた時にも、そう思ったけれど」


 ギク。あっちはギリシャ語だったっけ。


 とりあえず、農家四人は無事下船。後はここの管理者であるネレイデスに任せましょう。

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