第429話 列車の旅
コーニーの荒ぶりは、旦那連中が帰ってくるまで続いた。
「……どうしたんだ? コーニーは」
戻ってきたヴィル様の、開口一番のお言葉。
「あー……嫁姑問題?」
「はあ?」
「ああ……」
首を傾げるヴィル様とは対照的に、この一言で全てを悟ったのはイエル卿。まあね、あなたの両親が元凶だから。
面子が揃ったので、馬車でユルヴィル領へ。ここからデュバルまでは夜行列車だ。
駅舎につくと、じいちゃんとばあちゃんが見送りに来てくれてた。船旅の話は、兄から聞いていたらしい。
「まだ行き先が少ないけれど、今度は一緒に行きましょうね」
「そうだのう」
「楽しみに待っているわ」
嘘じゃないよ。船旅と言えば、お金と暇を持て余した高齢の方達の定番旅行じゃない。何故そこに気づけなかった、自分。
うちの巨大クルーズ船なら揺れもほぼないから船酔いしないし、体力落ちてるお年寄りでも楽しめるでしょう。
やっぱり、行き先は暖かい場所の方がいいかなあ。それとも、見た事もない景色が広がる場所の方がいいかも?
ちょっとこれからの計画に思いを馳せていたら、背中を小突かれた。
「また仕事を増やそうとしてるわね?」
振り返ると、リラがちょっと睨んできてる。あれー? 何で気付いたの?
列車の発車時刻は十八時半。オーナー専用の特別車両は、一車両に一家族を想定して作っている。もちろん、女性だけ、男性だけで利用する車両も連結済みだ。
時刻が時刻なので、発車して三十分も経つと夕食です。
特別車両には、馬車同様重力制御魔法を用いた振動制御装置が用いられている。つまり、まったく揺れないって事。
今回連結してきた食堂車は通常のものとは異なり、窓際に席が並ぶタイプではなく、中央に大きなテーブルを置いた。
その食堂車での夕食中、話題はコーニーの荒ぶりに集中している。イエル卿がヴィル様達に愚痴をこぼした。
「そっちが狩猟祭をやってるのを見計らって、うちの両親から手紙が届いてさ。二人だけじゃ寂しいから、領地に顔を見せに来てくれって」
殊勝だこと。ただまあ、あのコーニーの荒ぶりを見るに、手紙の中身は建前だな。
「で、領地へ行ったのか?」
「うん……」
「その様子では、領地で何か妹のかんに障る事があったのか」
「領地でっていうか、うちの両親がね……」
さっき、嫁姑問題だって言ったじゃないですか、ヴィル様。
「あの二人、言うに事欠いて『孫はまだか』って言ったのよ!? しかも『まだ産まれないなんて、石女をもらってしまったのかしら』ですって!」
うわあ、そんな事まで言ったのか。
「私達が結婚したのは七月の頭よ!? 十月の頭の今、産まれてる訳ないじゃない! 計算も出来ないの? あのポンコツ夫婦は!!」
「落ち着け、コーニー。怒るだけ相手の思うつぼだ」
「わかってます!」
それでも、怒りは収まらないらしい。思わずヴィル様と視線が合っちゃった。笑っちゃいけないんだろうけれど、あまりにもコーニーらしくて笑っちゃう。
「レラ? 笑っていられるのも今のうちよ。あなたもすぐ、『子供はまだか』って聞かれるんだから!」
「えー? ユーイン、フェゾガンのお義父様って、そういう事を言う人?」
「いや? 出来ないなら出来ないなりに考えろとは言われるだろうが」
だよねー。ユーインの返答に、コーニーがむくれている。仲間が欲しいんだろうか。
でも、ここでリラに話を振らないのは、彼女の舅姑が自分の両親だからだろうね。
サンド様もシーラ様も、そういう事をとやかく言う人じゃないし。
「レラ、今度ヤールシオールとじっくり話したいわ」
「ああ、そうね。彼女も忙しい人だけど、時間作ってもらうよ」
「お願い」
ヤールシオールも、姑問題で大変な思いをした人だから。離縁の一番の理由は旦那の娼館通いだけれど、話を聞くと姑さんもなかなかどうして、パンチが効きすぎてる人みたいだし。
さすがにお義姉様の話は参考にもならないだろうしな。そういえば、ゴミアード伯爵家って最近聞かないね。潰れたかな?
ちょっと他の事を考えていた間にも、話は進んでいた。ヴィル様がちょっと声のトーンを落としている。
「ともかく、ネドンの親に関しては今後何を言われようとも近寄らないようにしておけ」
「でも、そうすると口も手も足も出してくるのよ?」
そういえば、そんな事を言っていたね。でも口や手はわかるけど、足ってどうやって出すの?
「なら、それらを全てもいでしまえばいい。やり方は母上に教わっただろう?」
「ええ。でも、やっていいの?」
「どうなんだ?」
ヴィル様は、イエル卿に確認するように話を振った。てか待って。何だか物騒な話になってるんですけど?
イエル卿は軽い溜息を吐いた後、答えた。
「いいよ。もぐ手助け……というか、実働はこっちがやるから、指示はよろしく」
「任せて。そうと決まったら、忙しくなるわね。まずは情報収集からだわ」
私、知ってる。コーニーのこの顔、魔の森に入る直前によく見せる顔だ。
そうか……舅姑を仕留めるのは、魔物を仕留めるようなものなのか……
寝て起きればもうデュバル。楽だよねえ。
「おはよう、レラ。夕べはよく眠れた?」
「おはよう、コーニー、リラ。ぐっすり寝ましたとも」
こっそり寝不足にならないよう、各寝台車両には安眠の術式を使っている。催眠光線よりもずっと弱い術式だから、完全な不眠症には効かないんだけどね。
食堂車で朝食を終える頃、デュバル、ネオポリスの駅に到着する。ここからは、乗る列車を変えてさらにブルカーノ島へ。
自分の家に帰ってきたのに、家に入らずそのまままた出かけるようなものだからか、変な感じだね。
今回の旅の荷物、大きいものは既にブルカーノ島に別便で送っていて、船に積み込んであるそうな。
二、三日の着替えとか身の回りの品は、まとめてポーターが運んでくれる。貴族とは、人を使ってナンボ……だってさ。
ここでジルベイラ達と合流して、列車を乗り換える。隣のホームに停車しているのが、デュバルブルカーノ線だ。
本来はトレスヴィラジの一つであるウヌス村の駅にも停まる路線だけど、今回は特別列車なので直通だ。
ブルカーノ島までは、片道五時間の旅。途中まではデュバルユルヴィル線と同じ線路を使っていく。
街道の上に線路を通したせいか、蛇行するんだよねえ。とはいえ、これも特別列車なので、揺れはほぼありません! VIVA魔法。
五時間も電車に乗ってるだけって、体が痛くなりそうだし退屈しそう。そう思っていた頃が、私にもありました……
「トイレに立ったり窓辺からの景色を立ち上がって楽しんだり、おしゃべりしていたらあっという間に到着するんだね……」
「まあ、揺れない車内なら立っていても負担は少ないわよね……」
思わずリラと遠い目になるのも、仕方ないよね。
何せ特別仕立ての列車だから、椅子は長時間座っていても腰を痛めない作りだし、車内の空間も贅沢に取られている。
そんな中、立って歩いても誰の邪魔にはならず、何なら先頭車両から後部車両まで散歩がてら探検がてら歩き回ったほど。
また、景色がよく見えるよう大きな窓を採用した廊下は歩きやすく、外の景色を見やすい。窓も常に綺麗になるよう、洗浄魔法が定期的に発動する徹底ぶり。
おかげで綺麗な景色をたくさん見られました。高い位置からのこの眺めは、普段なら見られないもんなあ。
いやあ、いい車両を作ってくれたよ。
『恐れ入ります』
……これ、作ったのカストルなんだ?
『主様の快適な列車の旅を用意するのも、また私共の仕事ですから』
うん、今回は素直に絶賛しておく。
長く感じると思った列車の旅は、終わってしまえばあっという間だった気がする。
ブルカーノ島に到着したのは、もうじきお茶の時間という頃合い。
今から出発しても問題はないのだけれど、今日はこのままブルカーノ島に一泊です。
翌朝には、船旅に出発だ。今回のビーチリゾートは私も初めてだから、とても楽しみ。どんな感じに出来上がってるのかなー?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます