第428話 大変よねえ
魔道具の指輪を受け取ったコーニーは、浮かれた様子で帰って行った。
「あれ、よかったの?」
「うーん、使用に関しては、あちら夫婦の問題って事で」
いつ使うのか、いつまで使うのかは、それぞれだからねー。
「にしても、あの指輪を売ってくれっていう人、出てくるんじゃない?」
「えー? どうかなあ?」
貴族って、跡取りを生んでナンボってところがあるじゃない? あの指輪は、その真逆だからなあ。
でも、リラの意見は違った。
「だからこそよ。離縁したいから子供は作りたくないって人が、欲しがるんじゃない?」
そういうパターンもあるのか……
三年子なきは去れじゃないけれど、やっぱり子供が生まれない夫婦は奥さんの方が実家に返される率が高い。男性不妊も多いんだけどねえ。
政略なり何なりで、望まぬ結婚を強いられた人にとっては、あの指輪は福音になるのかも?
でもなー。
「女性の場合、不妊という不名誉な噂まで付いてくるぞー」
「そもそも、再婚を望まないとか、全て知ってる再婚相手が既にいるとか、パターンは色々よ。男性が使う場合だって、そうなんじゃない?」
うおう。世の中の薄暗い面を見た気がするよ……
セブニア夫人とツイーニア嬢の方は、兄夫婦の訪問を快く受け入れてくれて、それなり快方に向かってるとか。
やはり、似たような被害に遭った人物との会話は、ツイーニア嬢のストレスを大分緩和したようだ。
そう、ストレス。セブニア夫人もだけど、ツイーニア嬢も大分ストレスを抱えていたらしい。カストルが彼女にも魔法治療が必要だと言ったのは、そこら辺に原因があるようだ。
彼女のストレス。それは、周囲が幸せな事。
そんな事で? と思うかもしれないけれど、一人友達にも真実を話せずにいたツイーニア嬢は、魔法治療のおかげで過去を吹っ切れたと言っても、やはりしこりは残り続けたらしい。しこりというか、考え方からくる傷の元というか。
ニエールも言っていたけれど、これは精神の傷や病ではないので、魔法治療では治せない。大変厄介なものだ。
大抵の貴族女性は、この考え方を幼い頃から植え付けられる。貞操観念という名前で。
貴族の女性は、純潔が尊ばれる。それは、婚家の血を絶やさず残す為。その為、貴族の女性には幼い頃からその辺りの教育が徹底される。
私の場合は、多分早い段階で家を継ぐ事を周囲が決めていたから、その辺りは緩やかだ。何せ我が家の血を引くのは私。女の私が産めば、誰の種でもデュバルの血を確実に引いている。
ただ、家付き娘は数が少ないのよ。だから大抵の令嬢は、夫となる人以外の男性との性交渉は駄目って教わる。
さらに怖いのは、その「約束事」を破る女は「汚い」という価値観も同時に植え付けられる事。
これ、女子だけなのよ。男子は逆に「結婚前に女を知らないのは恥」となるらしい。おいおい、貞操観念どこいった?
ツイーニア嬢を長く苦しめているのは、この貞操観念そのもの。彼女は結婚前に被害に遭っているから、なおさらだ。
汚れた自分を置いて、周囲の皆はキラキラと綺麗で幸せそうに笑っている。それが、劣等感を生み出し、ツイーニア嬢を苛み続けた。
言い方は悪いけれど、セブニア夫人と一緒に湯治用別荘に隔離したのは、ギリギリのところで間に合った状態だったみたい。
セブニア夫人も、ある意味コンプレックスとストレスで潰れかけた人。決してキラキラ輝く幸せの中にいる人ではない。
そんな彼女の側にいる事は、ツイーニア嬢にとっては気楽だったようだ。
そして、セブニア夫人にとっても、ツイーニア嬢が側にいるというのは助かる面があったって。
彼女はまだ若く、かといって邸の管理を任される程の腕はない。詳しい内容はわからないけれど、犯罪被害者でもある。
セブニア夫人にとって、犯罪被害者は等しく自分が庇護しなければならない相手となるらしい。これは、前夫であるノルイン男爵がやらかした人身売買に関わっているそうな。
歪ではあるけれど、お互いがお互いをいたわり合う存在。それも、いい方向に働いたんだから、不思議なもんだ。
今は四人で穏やかな時間を過ごしているという。ちなみに、ユルヴィルの仕事の方は、何とじいちゃんがやる気を出して、現役バリバリにこなしているらしい。ばあちゃんから嬉しいやら驚くやらの通信が来たよ。
八方丸く収まるといいなあ。
そんな中、とうとうビーチリゾートへ出発する日が来た。出航は、ブルカーノ島から。乗る船はレーネルルナ号。
悩んだんだよね。乗る人員を考えるとネーオツェルナ号の方があってるんだけど、今回はクルーズ船で行ってどうなるかを見る為でもあるから。
停泊場所とか、ビーチでの宿泊とか。三組は新婚旅行だけれど、私の場合は視察旅行だからね。
船には、先行でブルカーノ島に入っていた四人の果物農家の男性もいる。ただし、こちらに気兼ねすると悪いので、航行中の生活区域はしっかり分けた。貴族がいたら、落ち着かないよねー。わかるわかるー。
区域は分けているけれど、提供する料理は一緒。アクティビティも一緒。でかい船だから、似たようなアクティビティもあちこちにばらけてるんだ。
カストル、その辺りは本当にいい仕事をしている。
ブルカーノ島までは、やっとデュバルからの直通線路が通った。これで行き来が楽になるね。まあ、これまでも移動陣を使ってたから楽だったけど。
今回、新婚旅行参加者のうち、ヴィル様組、コーニー組は王都からユルヴィルへ向かい、デュバルユルヴィル線で一旦デュバルへ。
そこからデュバルブルカーノ線に乗り換えて、ブルカーノ島へ向かう。
デュバルユルヴィル線は夜行列車、デュバルブルカーノ線は早朝出発。ブルカーノ島には宿泊施設もあるので、到着した日はそこで一泊。翌朝船で出航というスケジュール。
「ブルカーノ島まで、結構な距離よねえ……」
「まっすぐに線路が引けないからね。あちこち蛇行した結果が、これなんだ」
これからの予定を聞いたコーニーが、ちょっと遠い目になっている。
現在いるのは、デュバルの王都邸。既にコーニーと私、リラは揃っている。ジルベイラ達はデュバルから合流だ。
旦那連中はまだ仕事なので、彼等が王宮から帰ってきたらユルヴィルへ向かう。
「今回出すのは特別列車なんだー」
胸を張って発表すると、コーニーが目を丸くしている。
「あら、また新しいのを作ったの?」
「いえ、これまでもあったんですけど、使う機会がなかっただけで……」
リラも、意味は違うけれどちょっと遠い目だ。
今回出す特別列車は、オーナー専用列車。つまり、私専用。もちろん、私と一緒に移動する人も乗るけれどね。
どこら辺が特別かと言えば、客室の広さ。一車両で二人だけという、贅沢な空間の使い方をしております。
調度品も、デザインを抑えてシックに仕上げたもの。きらびやかな面はないけれど、その分機能美に溢れております。
あと、こだわったのは浴室かな。これは、日本人なら仕方ない。船の浴室もこだわってるけれど、列車のもこだわってみました。
その辺りを説明したら、コーニーがぽかんとしちゃったよ。
そんな彼女の指には、先日渡した指輪が光っている。思わず見ちゃうよね。
「ああ、これ? 助かってるわあ」
……コーニー、凄く怖い笑みなんですが、何で?
思わずリラと抱き合って引いていたら、コーニーは凄みのある笑みを消してくれた。
「そんなに怖がらないでよ。ほら、イエルの両親の事は、前に話したでしょう?」
「ああ、確か、お家大事なご両親」
「そう。領地の端っこに追いやったと思ったのに、分家を抱き込んで面倒臭い事を言ってきてるの!」
うへえ。よもやお家騒動とか、言わないよねえ?
コーニーの話では、家督を譲らせたイエル卿の両親はそれを不服とし、昔から問題のある分家当主と手を組んで、イエル卿とコーニーに嫌がらせをし始めたそうな。
「それが、子供の話?」
「そうなのよ! 生まれたら養育は自分達が行うとかなんとか。頭沸いてるんじゃないかしら」
コーニー、口が悪いよ。人の事言えないけれど。
でも、元当主ってそこそこ力持っていたりするし、長く仕えている使用人達の中には、向こうの味方をする者もいるんだとか。
「いっそメイド達を一掃するとか」
「したいんだけど、次のなり手がね……」
王都でも領地でも、意外と追い出した両親の息が掛かっている連中は多いんだとか。
そんな中、子供を産む気になれないというのがコーニーの談。
「王都邸のメイドは実家に頼りなよ。領地の方は……しばらく行かないようにするとか?」
「そうするとあのクソ親共が、嬉々として手や口や足を出してくるのよ!」
おおう、大分色々溜まっている様子。
「コーネシア様、お言葉が乱れてますよ」
「いいわよ! 今ここにいるのは身内だけですもの。この間も領地に行ったら、したり顔で近づいてきたわよ。『まだ私達の孫は生まれないのかしら?』ですって! 結婚したの、七月よ!?」
まー、今生まれていたら確実に計算の合わない子になるわな。今十月だし。
「大体、『私達の孫』って何よ!? 産むのは私で私達の子よ!!」
何かもう、コーニーが子供を産むには、領地を一度綺麗にするしか手はないんじゃないだろうか。
他家の話なので、首は突っ込めませんが。
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