第427話 大丈夫かな……

 考えた結果。


「却下します」

「えー」


 えー、じゃないよ。思考誘導して考え方が変えても、その後どんな影響が出るかわからないんだから。危なくて使えません。


 でも、ツイーニア嬢をこのままって訳にも、いかないんだよねえ。どうしたもんか。


 うんうん唸っていたら、リラがぽそっと提案してきた。


「上手くいくかどうかはわからないけれど……ターエイド様と、一度会わせてみるってのはどうかな」

「兄と?」

「前世で、同じ被害にあった人同士が話すって治療法があったと思って……ただ、二人だけだから、うまくいくかどうかは本当にわからないんだけど」


 その治療法……というか、緩和ケア? は私もテレビか何かで見た事がある。


 うちには精神科の医者はいないけれど、魔法治療が出来る医療部がいるんだから、彼女達が同席してなら、何とかなるかも?


 お互いに被害状況を話し合った結果、より悪化したなんて事になったら、めも当てられない。


「ただ、その場合お義姉様にツイーニア嬢の現状が知られる事になるんだけど」

「あ……」


 ツイーニア嬢がどういう目に遭ったか、具体的に知っているのは彼女の両親とリナ様、それとニエールと私だけ。


 ヤールシオールは一応知ってるけれど、具体的にどういう被害に遭ったかまでは、知らない。多分、元婚約者に襲われた……くらいの認識だと思う。


 加害者で、生きている元マゾエント伯爵家長男はうちで穴掘り中だし、元マゾエント伯爵夫妻は人の少ない田舎で引きこもって暮らしている。


 次男のグイフ君は……具体的な内容を知らなくても、長男がしでかした他の事件から推測して正解に辿り着いている可能性がある。


 でも、彼なら他言はしないでしょう。婚約者のヤシェリナ嬢が側にいるし、婿入り先のエイノス侯爵家でも必要な教育を受けているだろうし。


 ツイーニア嬢の被害を知っている人は、このままの数が望ましい。知る人が多くなると、それだけ外に漏れる危険性が上がるから。


 デュバルの中だけならいくらでも護れるけれど、万が一ロイド兄ちゃんと結婚……なんて事になったら、ペイロンにお嫁に行く可能性も。


 あそこは、傷ついた女性をさらに傷つけるような場所じゃないけれど、それでも口さがない連中ってのはどこにでもいるからね……


 事はツイーニア嬢だけじゃない。被害の内容を話す事で、兄もまた昔に引っ張られる可能性も……


 いや本当、兄はよくぞ社会復帰してくれました。そして、側で辛抱強く支えてくれたお義姉様には、本当に感謝しかない。


 ん? 側で支える?


「そうか……足りないのはそこかも」

「何? 急に」

「ツイーニア嬢に足りないのは、側で支える人材かなって」


 うちでは親しいお友達と一緒にわいわいしながら仕事が出来たけれど、それも一人また一人と彼女の側からいなくなっている。


 それに、兄にとってのお義姉様のように、全てを知って、それでも四六時中側にいて支えてくれる存在はいない。


 レフェルアもミレーラも、ツイーニア嬢は婚約者に酷い噂を立てられて婚約破棄をされたとしか知らないはず。


 苦しみをわかってくれる人は、側にいないんだ。


「失敗したなあ……」

「でも、仕方ないんじゃない? 被害の内容が内容だもの」


 そうなんだけどね。


「ともかく、兄に打診はしてみるよ。結果、お義姉様にも知られてしまうけれど、兄を支えてくれているお義姉様なら、多分大丈夫って思う」


 てか、思いたい。




 デュバルとユルヴィルの間では、通信機で簡単に連絡を取れる。何せあの家と我が家は、がっつり提携だのなんだのをしているし、向こうの当主は一時離れていたとはいえ、私の実兄なんだから。


「という訳で、ちょっとうちで働いているツイーニア嬢と会って話してほしいのだけれど」


 通信機の画面の中には、兄夫婦が映っている。つまり、お義姉様にも全て知る事になる訳だ。


 お願いした内容は、「兄と同じ犯罪被害に遭った人がいるので、ちょっと会ってもらえないか」というもの。


『それはいいけれど……その、私と同じような状況って事は……』

「うん、相手は……元婚約者が雇った、元婚約者の学院時の同級生らしいんだけど」

『何て事だ……』


 兄が額を抑える後ろで、お義姉様が今にも泣き出しそうだ。口元を両手で押さえて、フルフルと震えているのが見える。


『レラ様! わ、私も同行してよろしいですか!?』

「もちろんです、お義姉様。ツイーニア嬢は最初拒絶するかもしれませんが、根気よく彼女の心をほぐしてあげてください」

『はい! 必ず!!』


 優しいお義姉様の事だから、親身になってツイーニア嬢をお世話してくれるでしょう。




 ツイーニア嬢の事は一歩前進した……と思う。結果次第なところはあるけれど。


 これで残るはセブニア夫人だなあ。ただ、こちらは根が深いので、もうちょっと時間をかけていこうかと思う。


 幸い、温泉での湯治が功を奏しているようで、ネレイデスからの報告では笑顔が見られる事もあるという。


 もういっそ、そのまま湯治用の別荘に居着いてくれてもいいんだけど。


 そんな事を口にしたら、リラがちょっとげんなりした顔をした。


「そうすると、うちの王都邸の管理者を一から探さなきゃいけないんですが?」

「ええと……ネレイデス、送る?」

「どうにもならなくなったら、お願いするわ。どのみち、オケアニスは送り込む気満々みたいだし、そこの二人が」


 うん、カストルもポルックスも、大変いい笑顔でこちらを見てるね。


 ポルックスはこれまで領地での仕事を主に担っていたんだけれど、最近は私の側にいる事が多い。


 まあ、カストルにしばらく見張っとけと言ったのは私なんだけどね。カストルが私の側にいる=見張り対象のポルックスも私の側にいるって事らしい。


 ちなみに、王都のゾーセノット邸は家具さえ入れればいつでも住めるようになっているらしい。何度も言うが、魔法って凄い。


 家具の方は、注文品が仕上がってくるのにしばらく時間がかかるという。正確には、来年になりそうだってさ。


 まあ、あの王都邸はお飾りだから、リラ達の生活には支障はない。いやあ、うちの王都邸、広くてよかったわー。




 書類仕事をガツガツ終えていった結果、もうじきに迫った船旅に何とか間に合いそう。よかったー。


 そんな時期に、来客があった。


「コーニー! いらっしゃい」

「狩猟祭以来ね」


 そうだよねえ。ジルベイラの結婚式は、色々な制約の関係でコーニーは参列出来なかったから。


 本当、貴族って面倒だわ。


「今日は、ちょっと個人的な話をしに来たのよ」


 相手がコーニーなので、客室ではなくごく私的な空間になる居間に通した。彼女は私にとって身内扱いだからね。


「個人的……」

「単刀直入に聞くわね? あなた達、子供の事はどう考えてる?」


 おう、こりゃまた本当に個人的な内容だわ。


 思わず、リラと顔を見合わせる。


「やっぱり、何か対策をしてるでしょ?」

「対策というか……」

「一応、相手と話し合いまして……」


 ぽつりぽつりと話していく。いやあ、身内とはいえ、こういう内容はちょっと恥ずかしいね。


「ええと、うちの場合は私の仕事の関係で、もう数年は子供を持つのはやめようという話になってます」

「私の方は、無理に生まなくていいという話です」

「何それ。ユーイン様はまだしも、ヴィル兄様は何を考えてるの!?」


 おおっと、コーニーが怒っちゃったよ。落ち着いてー。


「いえ、違います。私もこの人と同様、仕事がありますし、何よりゾーセノット家は新興貴族の扱いです。領地もありませんし、無理に跡継ぎを作る必要はない……と」

「そういう事……で? 二人とも、しばらく作らないという事なら、何か対策があるのよね?」


 私はリラと一緒に黙る。あるけどさ……というか、作った。


 貴族の家って、子供が出来るようにする術式は欲しがっても、出来ないようにする術式って欲しがられないんだよね。


 こういうのを求める場所って、限られるじゃない?


 そんな事をつらつら話してみる。でも、コーニーは引かなかった。


「今は何とか自前でやってるけれど、術式とか道具であるのなら、欲しいのよ」

「えー?」

「だって、船旅の最中に……って事になったら、困るでしょう?」


 ああ、そういう。私はまたリラと顔を見合わせる。


 リラには、ブレスレット型の身を守る道具とは別に、指輪型の避妊用の魔道具を渡している。


 まあほら、子供を作らないのならやらないのが一番なんですが、そういう訳にもいかない事情もあれこれある訳で。


 それはともかく。うちでメイドとして働いているオケアニスの一人に声を掛けて、執務室からリラに渡しているのと同じ指輪を持ってこさせた。


「これが、避妊用の魔道具です」

「これを付けていれば、出来ないのね?」


 コーニー、もうちょっと言葉選んで……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る