第426話 誘惑は綺麗な顔でやってくる

 被害者の移送は、ちょっと手間取った。王都にいるだけじゃないからってのが、主な理由。


 特にお嬢様だと、領地に引っ込んで出てこないって状態で。メイドなんからも、王都には嫌な思い出があるからって、雇い主に頼んで領地の邸に配置してもらっている子もいるそうな。


 王都に残っている人達は、家族がこちらにいる、もしくは雇い主が領地への配置換えを了承してくれなかった結果だってさ。ここにも闇が。


 メイドを同じ人間と思わない貴族は、一定数いるっていうしなあ。その辺りの意識改革も、王宮にはぜひともお願いしたい。



「まあ、そういった面は家庭での教育が主でな」


 被害者の移送その他の手続きの為に訪れた王宮で、ヴィル様に捕まりそのまま王太子殿下の執務室へ。


 今回の事件に関する殿下の愚痴を聞きつつ、私からの提案という形で意識改革の話を出したら、こんな返答が。


「学院で一律教養課程で教育は出来ませんか?」

「……学院も、一枚岩ではない」


 ああ、まあね。


「王弟殿下が学院長を務めていた時でさえ、風聞を信じて庶子だと決めつけた新入生に屋根裏部屋を与える寮監がいましたからねえ」

「ぐふっ」


 おっと、いけない。


「別に、学院長……えっと、大公殿下を責めた訳では、ありませんよ?」

「そうだと、ありがたいな……」


 しっかりダメージが入ってしまった模様。いや、本当、その意図はないんです。申し訳ございません。


「大体、家庭での教育や躾けが機能していれば、今回のような事件はある程度防げていたのではありませんか? 被害者が多すぎます。その裏には、女性……特に使用人は軽く扱ってもいいという風潮が蔓延っているからではありませんか?」


 常々疑問に思うんだよね。たかが男に生まれたってだけで、何であんなに偉そうなの?


 本当に偉業を成し遂げた人なら素直に称賛するけどさ。そういう人に限って愛妻家だったり謙虚だったりするし、使用人にも鷹揚な態度なんだよね。


「偉そうに人を見下してくる人物に限って、誇れるものは家柄や血筋、先祖の偉業だけで、本人には何もないって事が多いですよねえ」


 本当不思議。レラ、よくわかんなーい。


 小首を傾げながら言ったら、執務室内の空気が何やらどんよりしてしまっている。


「……まあ、ここに陳情に来る連中には、そういうのが多いな」


 ヴィル様の言葉に、思わず頷く。あー、確かに。だから恥ずかしげもなく、ここに陳情に来られるんでしょう。


 予期せぬ自然災害で領地が壊滅状態、とかなら国に援助を求めるのもわかるけどさあ。陳情に来てる連中の殆どが、毎年のように起こる災害に対応していなかった結果だもん。


 大雨で川が増水して橋が流されたから再建の為の援助がほしいとか、長雨で崖が崩れたから復旧の為の援助がほしいとか、そんなのばっかり。


 川も崖も、毎年のように被害が出ているのなら、来年に向けて被害を抑える努力をしろっての。


 領内の道の整備だって同じ。キンキラした服を着てるんだから、そういのを売り払ったり、妻や娘の装飾品を売って費用に充てろや。




 犯罪者共で、捕縛され判決で有罪とされた者はうちで引き取る。労働力として。


 彼等の移送は、特別列車を仕立てて王都からユルヴィルを経由して、鉄道で行う。


 ちゃんとした座席のある客車と思うなよ。貨物車に空気窓を開けて折りたたみ椅子を並べただけのものだ。


 客車と違って振動制御なんてしていない上に、座席が折りたたみ椅子だ。振動はダイレクトに腰に響くだろう。某所の傷が治っていない場合、厳しいだろうねえ。何がって? それは秘密です。


 ちなみに、連れて行くのはうちの店に突撃をかました八人に加え、彼等からの情報提供により過去の罪が暴かれた十五人。計二十三人だ。


 この二十三人で六十人の女性を暴行した計算。もちろん、数年に渡って、複数のグループで犯行を繰り返していたからこその結果だ。


 無理とはわかっているけれど、最初の被害者が発生した時点で連中が捕まっていれば、その後の犠牲者は増えなかっただろうに。


 犯罪被害者って、被害に遭った事自体を恥と思う傾向があるんだよね。その後の生活に支障を来すくらいなら、黙っていようって心理が働く。


 でも、加害者達はそこにつけ込むんだ。それが一番腹立たしい。


「何とか防ぐ手立てがほしい」


 ついそんな言葉が漏れ出る。ここは王都邸の執務室だから、別にいいんだけど。いるのは身内だけだもん。


 そして、同じ執務室にいるリラには、ばっちり聞こえていた。


「なら、結界発生装置だけでも安価で売り出せるよう、考えてみたら?」

「へ?」

「少なくとも、あれがあれば被害には遭わないんじゃない?」

「それだ!!」


 そうだよ。なんで今まで思いつかなかったんだろう。


 いや、その前に結界発生装置って、もの凄く高価な上に使う魔力量も多いんだよね。


 それを、なるべく安価にか……これは、ニエール案件かな?


「一度分室行ってニエールに相談して――」

「それ、全部旅行の後でね」

「あ、はい」


 リラににっこり言われて、反論出来ませんでしたー。




 ここ数日、王都邸に何やら贈り物が届く。宛先は私。名目は、王都の治安維持に一役買った事を称えて……だそうな。


 もちろん、裏のある贈り物ばかり。


「送り主が、移送される加害者の実家からとくれば……ねえ?」

「詫びの品かしら?」

「詫びなら私でなく、被害者に……って、被害者もうちに来るのか……」


 表だって被害者にどうこうは出来ないから、私を通じてせめてもの詫びに、という事かな?


 それにしても、自発的な行動なのかね? これ。


 疑問は、その日の夕食時にヴィル様の言葉で解消された。


「殿下が、加害者達の親を集めて説明されたそうだ」

「ああ、そういう裏でしたか……」


 既に絶縁状を王宮に送ったのだから、家とは無関係……とした当主も何人かいたそうだけれど、半数以上は自発的にうちに何某かの詫びを、と言い出したそうな。


 自発的に動いた家がいた事は救いに感じるけれど、それでも一定数は責任逃れのような事を言った辺り、あいつらを生んで育てた家だよねって思う。


「ボクちん、悪くないもーん。息子が勝手にやった事だもーん……ってか」

「レラ……気持ちはわかるが、その気の抜ける言い方は何とかならないか?」

「え? わかりやすくていいでしょう?」


 責任を他者になすりつけるのなんぞ、いい大人……しかも貴族家当主がやる事じゃないね。


 そういう辺り、あの子にしてこの親あり……逆か。この親にしてあの子ありだわ。


 ともかく、嫌々ながらとはいえどの家からも実質詫びの品が届いたので、全て現金化し被害者支援に回しましょう。


 彼女達の魔法治療及び研修代とでも思っておこうか。人を雇用するのにも、お金ってかかるしね。


 それにしても、結構大事になったなあ。最初はルミラ夫人にフラれた連中が悪さをするかもーっていう噂から始まったのに。


 セブニア夫人が倒れた結果だけれど、ルミラ夫人がヌオーヴォ館に異動になっていてよかった。


 でなければ、狙われていたのはルミラ夫人だったかも。考えただけで恐ろしい。


 ちょっと身震いしていたら、ヴィル様が少し声のトーンを落とした。


「それと……これはまだ調査の段階なんだが」

「何です?」

「レラの店を襲撃した連中の事だ。元々、大口を叩く奴が一人いて、どうもそいつの影響を周囲が受けた結果、ああした犯罪を犯すようになったらしい」


 何だそれ。やっぱり「ボクちん悪くないー」か?


 でも、よく聞いたらどうやら「朱に交わって赤くなる」だったみたい。元々素養があったんだろうけれど、紳士クラブで大口叩き合っている間に、気が大きくなって色々やらかしてしまった……と。


「もう、紳士クラブは廃止したらどうですか?」


 悪事の育つ場所になってるよ。私の言葉に、ヴィル様も、珍しくユーインも渋い顔をしている。


「罪のないクラブもあるんだ。慈善活動に熱心なところでな。実際、それで助かっている者達もいる以上、簡単に潰す訳にもいかず……」


 二人も付き合いで入ってるクラブがあり、紳士クラブ全てを潰すとなるとそこも消えるので、どうにか全滅は避けたいんだって。


「……なら、クラブの入会審査を厳しくするのはどうですか? クラブで犯罪計画のような事を口にしただけで除名処分とか」

「落とし所は、そこら辺か……明日にでも、殿下に提案してみよう」


 まあ、その場しのぎな気がしないでもないけれど、少なくともクラブそのものが犯罪の温床になる事は避けられるんじゃないかな。




 翌日には、療養中のセブニア夫人とツイーニア嬢に関する報告書が届いていた。昨日の今日で、何というタイミング。


 報告書によると、セブニア夫人もツイーニア嬢も、休養の結果が出始めているそうな。


 もう一つ、ツイーニア嬢の考え方なんだけど、やはり魔法治療では限界があるという。


 これに関しては、ちょっと悩んでいるんだよね。


「ポルックスが確立させた思考誘導、ツイーニア嬢に使えないかな?」


 王都邸の執務室で呟いたら、リラが凄い顔になった。


「お薦めしないわよ?」

「やっぱり駄目?」

「どんな影響が出るかわからない以上、犯罪者以外に使わない方がいいと思うわ」


 そこなんだよね。ポルックス自身は「問題ないよー」とか言ってるけれど、いまいち信用ならん。


「えー? 酷くないー?」


 目の前にポルックス。ついさっきまで、いなかったよね? いつ、デュバルから来たの?


「え? ついさっき」

「ポルックス。瞬間移動を使うのは、主様に命令された事柄に関する時のみと決めてあるだろう?」

「えー? 僕の話題が出てたからさー」


 カストルに怒られても、ポルックスは何処吹く風だ。


「それよりも! 主様の許可が出れば、あの子に思考誘導を使って健全な生活が送れるようにするよー?」


 どうする? って微笑むポルックスの顔は、悪魔がいたらこんなだろうなって思えるくらい、綺麗だった。

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