第423話 手綱を締めるべき?
旅行前って、慌ただしいよね。だから、今の忙しさも旅行の為なんだと思っておく。
「こっちが船会社からのものと、こっちが鉄道会社からの工事の進捗の報告書、それとロエナ商会からは、新商品の提案が来てるから。それと領内の工事の状況とトレスヴィラジの果樹園のその後とフロトマーロの港街建設に関する報告類――」
「書類で埋まるうううううう!」
「恨むなら仕事を増やした自分を恨みなさい」
「はい……」
リラに勝てる言い返し、募集中です。
各部署その他は順調だ。順調だから、もう私が確認しなくてもいいんじゃないかな? 独立して頑張って稼いでくれたまえ。
「責任者あんたなんだっての」
「なった覚えないのにいいいい。大体、ロエナ商会はヤールシオールの管轄でしょー?」
他にも、温泉街に関するあれこれは、全てロエナ商会の管轄だ。つまり、ヤールシオールが責任者……のはずなのに。
「ヤールシオール様の上にいるのがあんただから。商会長のさらに上だね」
商会長の上って……株主か何かか? いや、ロエナ商会は株式会社じゃないけれど。
「商会のオーナーなんて、売り上げの中から投資した金額に見合う金額をもらうだけでいいじゃん」
「ロエナ商会で扱ってる商品のうち、あんたが開発、考え出したものが大半だって事、忘れないように」
おかしい。それこそ委託して売れた分だけお金をもらえばいいじゃない。
「船会社だって、鉄道会社だって、それぞれでお仕事してればいいと思うんだけど!」
「鉄道会社が工事を進めているの、どこだっけね? 誰かさんが自分で敷設の許可を取ってきた国ばかりじゃなかったかしら? 国内も、自分で王宮から許可をもぎ取ったわよね? 船会社が行き来する港も、建設を計画して土地を買ったの、誰だっけね?」
おかしい。あの時は、こんな結果が待っているなんて思いもしなかったのに。どこで何を間違えたんだろう?
書類地獄から抜け出したくても、一番強力な助っ人であるジルベイラが今動かせない。新婚さんは、やっぱり二人でゆっくりする時間を取るべきだと思うから。
リラやコーニー達が使った星深庵に、二人して送り込んでいる。ジルベイラはもちろん、ゼードニヴァン子爵も恐縮していたけれど、これは私からの結婚祝いのプレゼントって事で。
まあ、他にも記念品になりそうなものを贈るから、プレゼントの一部……かな。
ふっふっふ、星深庵にタダで泊まりたければ、皆も張り切って結婚相手を見つけるがよい。
とはいえ、うちのメインメンバーは親の勧め通りに結婚した結果、相手が揃って駄目男で離縁した人ばかり。
おかげでレフェルア、ミレーラ、ヤールシオールは現在仕事が楽しすぎて男性とのお付き合い……ましてや結婚なんて考えられない状態だってさ。
レフェルアは王都の商業地区に作った店の店長として、ミレーラはブナーバル地区にある馬の牧場で飼育担当として、ヤールシオールはロエナ商会の商会長として生き生きと過ごしている。
本人達がこのまま独身でいいというのなら、無理に結婚を勧めるつもりはないんだ。その代わり、独り身でも暮らしていけるよう、制度を整えるのが私の仕事だから。
「……独身女性が安心して働いて暮らしていける土地を目指せば、結婚したくない女性が増えて人手不足解消になるかも?」
「今も十分、そういう風潮はある領地ですが?」
あれ? そうだっけ。
「ヤールシオール様を筆頭に、レフェルア様やミレーラ様がいらっしゃるもの。ある意味、セブニア夫人もかな?」
あの人も、離縁組だったね。今は療養中だけれど。
本来なら、セブニア夫人くらいの年齢だと再婚を勧められるんだよね。あ、それはルミラ夫人もか。
ルミラ夫人は夫と死別した女性だから、ある意味「傷」がない未亡人。どこぞの後妻に、という話は、あっても不思議じゃない。
「実際、それなりにあったそうよ」
「そうなの?」
「でも、ご本人が再嫁する気がなかったらしくて、全てお断りしていたんですって。ただ、縁談って女の側から断ると、相手の男が気を悪くするのよ」
「何それ。ボクちんがフラれるなんて許せないーってか?」
「口が悪い。まあ、そうなんだけど。で、断られた男の方が、夫人のない事ない事言いふらすんですって」
「け! そんなケツの穴の小さい野郎だからフラれるんだっての」
「言葉! まったく、侯爵家当主って自覚をもう少し持って! 社交界では、そういう男性は相手にされないんだけど、厄介な事に男性って独自の社交場を持ってるじゃない?」
「そうなの?」
「そうなの。紳士クラブってやつよ」
紳士って、女性に振られて嫌味を言いふらす男の事を言うんだっけ?
首を傾げていたら、リラが溜息を吐いた。
「言いたい事はわかるけれど、男性だけの社交場で話が盛り上がりすぎて、悪い方向に行くって事件もあるんですって」
「それって……」
「……被害者が出ても、事が事だから表沙汰にはならないわ。大抵、泣き寝入りになるって」
何て事だ。どこぞの廃嫡された伯爵家長男のような性犯罪者共が、まだ野放しになってるなんて。
「オーゼリアでは、まだまだ女性の地位は低いわ。だからこそ、あんたが侯爵家当主だという事実は重いのよ。それと同時に、そうした紳士クラブで変な度胸を付けた連中が、馬鹿な事をしでかさないとも限らない訳」
「私を襲うってか? 葬式の準備をしてから来てもらおうじゃないの」
やれるもんならやってみな。社会的にも物理的にも葬り去ってくれる。
徒党を組んで女性に乱暴をしようなんて連中は、排除した方が世の中の為だからね!
そんな話をしていた翌々日。王都の商業地区に出しているうちの店「アンテナショップ」へ抜き打ち視察に行く予定。
お忍びでの視察だから、普段とは違って軽い服装でのお出かけ。しかも馬車を使わず歩いて商業地区まで行く予定だ。
ちなみに、店名が「アンテナショップ」だから。リラが店構えを見る度に微妙な顔をしているけれど、気にしない。
ここでは、デュバル産のあれこれを売っている。奥のカウンターでは、列車の切符と温泉街の予約、また船会社でのクルーズ船の予約も取り扱っているのだ。
うちとしては、王都に出している大変重要な施設なので、定期的に視察という名の顔出しをする訳。
店員は、店長にレフェルア、その下に領民から選抜した子達とネレイデス。
本日馬車を使わず徒歩移動なのは、馬鹿共を誘う意味がある。引っかかれば撃退して終わり。引っかからなくても、それはそれでいいかという緩いもの。リラには真の目的は言ってないけどね。
言ったら、絶対反対されるから。大丈夫だよ、今回囮に使うのは私自身だし、リラはちゃんと私が護るから。
そういえば、いやんな連中以外にも、店に暴漢でも入り込んだら困るよね。あそこにもオケアニスを配置するべきかな。
一応、防犯グッズは山ほど仕掛けてあるけどさ。
「どう思う?」
王都邸を出て大通りを歩きながら、隣のリラに話題を振ってみた。
「メイド服じゃなければ、店員として置けるんじゃない?」
「えー? あれは彼女達の戦闘服なのに」
嘘じゃないよ? ポルックスが面白がって、色々な機能を盛り込んだって言ってたから。
「待って。メイド服を作ったの、ポルックスなの!?」
「うん。あれ? 知らなかったの?」
「知ってたら止めたのに……」
ポルックス、信用ないな。
『ひどーい』
いや、君の自業自得だと思うよ。
『それはそうと主様、後ろから変な連中が付いてきてるよ?』
早速引っかかるとか、本当馬鹿なのかな。馬鹿なんだろうなー。
『あれー? 自ら囮になった感じー? 後でカストルからお小言言われるよー?』
まあそれは聞き流す。
『カストル、ご愁傷様。ところで後ろの連中、排除するー?』
んー。どうせなら、人目があるところで暴れさせて、一網打尽にしたいな。出来たら、お仲間も芋づる式に一掃したい。
『オッケー。じゃあ、連中の思考を誘導しておきまーす』
待て待て待て! 今何て言った!?
『えー? 馬鹿共が自滅するように仕向けるって――』
思考誘導って言ったよね!?
『……てへ!』
てへじゃないよ! ヤバい事はするなって常々言ってるでしょ!?
『大丈夫ですよう。うちにいる穴掘り要員達で散々実験してますからー』
待て! それも初耳なんだけど!?
『あ、やべ。じゃあ、そういう事で!』
待てこらあああああああ!!
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