第422話 千里の道も一歩から

 前から言われていた、ペイロンとの人材交流。うちからは無事、シズナニルとキーセアが行く事になった。通いで。


「じゃあ、通勤定期を出すよう、鉄道会社に伝えておくわね」

「よろしく」


 デュバルとペイロンは、直通列車で片道三十五分。二人には専用の車両を用意しているので、座っていける。楽な通勤だね。


 ただ、やっぱり移動距離がそれなりあるので、慣れるまでは体に負担がいきそう。そこが心配だから、最初の三ヶ月程度は週末に必ず医療部の診察を受けるよう指示を出してある。念には念を……ってやつだ。


 で、こちらから人材を出す以上、向こうからも来るわけで。


「デュバルへようこそ、ロイド兄ちゃん」

「あ、ああ」


 ヌオーヴォ館の執務室に挨拶に来たロイド兄ちゃんが、何故か顔を引きつらせている。


 おかしいなあ。何も変な事はしていないのに。


「どうしたの? そんな顔を引きつらせて」

「いや、わかってはいたはずなんだが……」


 何が? 首を傾げたら、渋々と言った様子で口を開いた。


「街の様子とか、ここまでのてつどう……だったか? あれとか。もう、凄すぎて、自分がどこに来たのか、一瞬理解出来なくなってた……」

「そう?」


 そういえば、デュバルユルヴィル線の試乗会の時、ロイド兄ちゃんはいなかったね。あれは有力貴族を中心に招待したから、クインレット家は漏れたのか。さすが分家まで招待していたら、大変な人数になるから。


 街も、余所から来た人は驚くみたいね。ここは最初から全て計算して建築しているから、整然とした様子に目を奪われるんだって。


 でも、どこの都市もそんなもんじゃない? 違うの?


『ネオポリスは特に機能美に優れていますから、来訪者が目を見張っても不思議はないかと。特に、中央の大通りには度肝を抜かれる者が多いようですね』


 あれかー。将来を見越して広く作ってるからねえ。おかげで通りを横切るのに結構歩く羽目になるという。


 他にも通りはなるべく大きめに取ってる。そういったスケール感も、余所の都市では見られないものらしい。


 そういうところに驚き過ぎて、ロイド兄ちゃんが疲れたって訳か。


「という事で間違っていない?」

「そういう事だな」


 そうか。なら私から言えるのは一言のみ。


「慣れて」

「容赦ないな!?」


 やだなあ、ロイド兄ちゃん。そんな事、長い付き合いなんだから知ってるじゃないの。


「そういえば、ロイド兄ちゃんは街中の住宅を借りて生活するんだよね?」

「ああ。一人で暮らしてみろって、親父にも言われてる」


 おっちゃん……自分だって、一人暮らしなんてした事、ないんじゃないの? え? あるんだ? 王都で一人暮らし? それ、学院の寮に入っていたってだけの話なんじゃ……違うんだ?


「なるほどね。それはいいけれど、家事は出来るの?」

「う……」


 出来ないんだね。まあ、ペイロンの男で家事が出来る人なんて、そういないしな。


「じゃあ、うちからメイドを派遣するよ」

「いいのか? 助かる!」


 はっはっは。大した事はないよ。派遣するのは当然、オケアニスですが何か? 彼女達、凄く優秀よ?


 戦闘出来るなんて事は、言わなければ気付かれないから問題なし。




 ロイド兄ちゃんが来てすぐ、王都へ向かう。リラも一緒。


「王宮行くのは気が進まない……」

「仕方ないでしょう? 王太子殿下に人材をおねだりしたの、あんた自身なんだから」


 そーですね。おかげで学院長の領地からいい人材をゲット出来そうですよ。


 本人達は了承してるって話だし、元々継ぐ農地がない人達だっていうから、問題はないでしょう。


 ただ、フロトマーロの畑の広さを見て、驚かないといいけれど。


 王都へは移動陣で、王都邸からは馬車で王宮へ向かう。そろそろ自動車で王宮に行けるようになるといいのに。


「まだ無理でしょう。馬車と車が併走は、厳しいと思うわよ」


 むう。


「ネオポリスかパリアポリスで進めれば? もしくは、王都に近いからネオヴェネチアとか」

「あそこは水路で全て行き来出来るようにするから、車は走らせない」


 馬車もね。その代わり、船が水路を行くのだ。


 あ、水路の水質保全の為の術式も考えなきゃ。水が悪くなるのは嫌だしね。


 ネオヴェネチアの水路では生物を飼うつもりはない。死んだ水? どうとでも言えばよろしい。


 あの街では、水路は生物を育む場所ではなく、輸送用のものなのだよ。なので害虫も一掃します。ええ、存在を許しません。


 リラとおしゃべりしながら馬車に乗っていたら、あっという間に王宮へ到着、近いからね。


 本日は侍従に案内されて、王太子殿下の執務室へ。相変わらず廊下まで人が溢れているよ。大変だね、殿下も。


「ごきげんよう、殿下。人材をもらいに来ましたー」


 執務室に入って元気よく挨拶したのにー。殿下ったら鳩が豆鉄砲を食らったような顔してー。


 視界の端ではヴィル様が笑いをかみ殺しているのが見える。


「……侯爵、もう少し、言い方というものがあるのではないか?」

「でも、さっきまで鬱陶しい事を言っていた人達が、皆いなくなりましたよ?」


 本当に蜘蛛の子を散らすように、綺麗さっぱりいなくなった。さっぱりしたからいいけどさ。何でだろうね?


「侯爵効果は凄いな」


 殿下、感心したように言わないでくださる?


「侯爵の活躍は、広く知られているからだろう」


 学院長、そんなしみじみ言わないでください。


「鬱陶しいのがいなくなったのはいいね。侯爵、定期的にここに来ない?」

「慎んでお断り申し上げます、コアド公爵」

「ここに来れば、ユーインもいるよ?」


 ここで夫の名前を出さないように。


「家に帰ればゆっくり顔を見られますから」

「そうか、残念」


 肩をすくめる姿も様になりますね、公爵閣下。でも、王宮に縛り付けられるのは嫌なのでー。


「大体、人なんぞいくらでも追い払えるじゃないですか」

「自発的にいなくなってほしいんだよ。我々が追い出したりしたら、王太子殿下の名に傷が付く」


 コアド公爵が、閉められたばかりの執務室の扉を軽く睨む。ああ、そういう事か。


 いくら図々しい陳情でも、貴族が王家を頼ってきている以上無下に出来ない。私が来た時に人払いをするか、先程のように自発的に出て行く事を願うくらいしか出来ないんだ。


 つか、あいつらついこの間まで私が来ても居座ってましたよね?


「今更、侯爵がやってきた事を耳にしたんだろう。賢い連中はおおっぴらにここに来たりしないからね」


 ここに陳情に来るのは、情報収集が甘いか賢くない連中って訳ですね。これも篩いに使ってるな? コアド公爵。


 じとりと見れば、にこりと笑顔を向けられた。わかっていたけれど、この人本当に食えない。


 誰だよ? この人を次期王に推そうとした連中。絶対コアド公爵の本性、わかってないでしょう?


「執務室の事情はどうでもいいです。殿下、お約束の人材、ください」

「……少し待て」


 殿下が机の端に置いてあるベルを鳴らすと、侍従が入ってきた。


「例の者達を、ここへ」

「はい」


 一礼して、侍従が出て行く。どうやら、いつ私が来てもいいように、王宮に滞在させていたんだって。助かるー。


 侍従が連れてきた四人は、そのまま王都邸に連れていった。あ、馬車は別です。身分の問題があって、同乗は出来ないんだ。


 今日はこのまま王都邸に一泊して、明日にはユルヴィルを経由してデュバルへ。そこからトレスヴィラジへ鉄道で向かう。トレスヴィラジのブルカーノ島からはクルーズ船だ。


 彼等には一足先にブルカーノ島へ入ってもらう予定。ブルカーノ島には急ごしらえの宿泊所があるので、そこで待機してもらう。


 彼等の荷物は一人トランク一個程度。少な。


「仕方ないでしょう。平民の身の回りの品なんて、そんなもんよ」


 彼等を王都邸の部屋に案内するようルチルスさんに頼んだ後、居間で一息吐いている時にリラにこぼしたら、そんな返答が。


「まあ、男性だしそんなもんかね」


 ただ、四人が四人ともちょっと不安そうなのは心配だなあ。


「後でカストルにこれからの事について説明を受けるから、それで不安が払拭されるんじゃない? これまでとまるで違う、行った事もない国外に出るんだもの、不安はあって当たり前だと思うわよ」


 そうか。私達はフロトマーロに行った事があるし、現地がどんな場所かも知っている。だから不安も心配もないけれど、彼等は違うんだった。


 カストルに、説明する際には現地の映像や画像を見せつつ進めるよう、伝えておこうっと。




 翌日、見せられた映像や画像に恐れおののき、彼等はさらに萎縮してしまうのだった。

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