第420話 何やってんの
私のバースデーパーティーが終わると、すぐに狩猟祭の準備が始まる。もう私は主催側ではなく、出資だけで参加するのみなので、ドレスを注文するくらいなんだけど。
「とはいえ、この時期は王家派閥の女性が一斉に注文するからねえ」
「まあ、毎年の事だから早めに注文を出しておいたけれど」
全員が全員、マダムの店に注文する訳ではない。当然ながら、お断りをされてしまう家もあるのよね……
「うちでも、縫製部を作ろうかな」
「仕事を増やすな」
「はい……」
でも、人形を使った大量生産……まではいかないけれど、量産くらいは出ると思うのよね。マダムにはデザインだけお願いして。
いいアイデアだと思ったんだけどなあ。
八月。北にあるペイロンも、さすがに暑さを感じる日が多くなる頃、狩猟祭は行われる。
狩猟自体は男性の楽しみなので、女性はもっぱら天幕での社交や親しい人とのおしゃべり、夜の晩餐やその後のお茶の時間を楽しんでいる。
もちろん、私もこちら。ああ、狩猟を楽しみたい。
「いっそ女子の部とか撤廃して、男女どちらでも出場出来るようにすればいいんですよ」
一日目が終わって晩餐後のお茶の時間。女性だけが集まる部屋の中央で、どうどうと発言してみた。もちろん、遮音結界は張ってます。
私がいるテーブルには、シーラ様、ヘユテリア夫人、ユザレナ夫人、リラと私の五人。チェリは今年の狩猟祭はお休み。
序列上位の女性ばかりがいるからか、周囲も配慮してこちらに話しかけてくる人はいない。
まあ、来ても結界に阻まれるんですが。
「あらあら、デュバル女侯爵は進歩的な考え方ねえ」
笑うのはラビゼイ侯爵の奥方、ヘユテリア夫人。相変わらずゴージャスなお方です。
「どちらでも、となると、夫か妻、どちらかしか出場出来ないという事かしら」
小首を傾げるのは、ゾクバル侯爵の奥方ユザレナ夫人。何度見ても、夫君から受けるイメージと奥方達のイメージにギャップがあるんだよねえ。
ラビゼイ侯爵はすらっとした優男風で、ゾクバル侯爵は厳ついいかにもな軍人風。
ヘユテリア夫人は何事にも動じなさそうな印象を受けるし、ユザレナ夫人は小柄で可愛らしい方だもんなー。
「レラは自分が狩猟祭に参加したいから、そう言っているだけよねえ」
くつくつ笑うシーラ様に図星を指され、ちょっとむくれる。
「もちろんです。最近では女子の部にも参加するなって言われるし」
「それは仕方ないでしょう? あなたが出場してしまっては、他の女性が気後れしてしまうもの」
ヘユテリア夫人の言葉に、ユザレナ夫人が無言のまま頷く。えー? そうかなー? 皆気にせず狩猟を楽しめばいいのに。
「それはそうと、そろそろシイヴァンのお相手も探さなくてはね。シーラ、その辺りはどうなっているの?」
「本人が逃げ回ってるわ」
ヘユテリア夫人の言葉に、シーラ様が苦笑している。ルイ兄、自分の結婚話からは逃げ回ってるのか……ロイド兄ちゃんの事をどうこう言ってる場合じゃないだろうに。
「もしかしたら、ロイドの方が先かもしれないわね」
「あら」
「まあ」
う。シーラ様、それ言っちゃうんだ……
ロイド兄ちゃんはペイロンの分家筆頭クインレット子爵家の嫡男だから、王家派閥でも顔も名前も知られている。特に、序列上位の家には。
「レラ、ロイドの恋は成就しそうなの?」
「いやあ……それが……」
「ツイーニア嬢は、魔法治療で立ち直っているのでしょう?」
そうなんですけどー。男性恐怖症はまだちょっと……その前に、自己評価の低さをどうにかしたいところ。
でも、それをここで言ってしまっていいのかどうか。
悩んでいたら、ヘユテリア夫人が眉をひそめた。
「ツイーニア嬢といったら、リューザー伯爵家の? 彼女、大変な目に遭ったのでしょう? ロイドで大丈夫かしら」
「彼は懐の広い男性ですもの。きっとツイーニア嬢を支えてくれますわ」
ユザレナ夫人の言葉を聞いたら、ロイド兄ちゃんが喜ぶかも。
でもなあ、それもどうなんだろう? 片方が支えるばかりの関係って、疲れないか?
「今、ツイーニア嬢はデュバルにいるんでしょう?」
「あ、いえ。今はちょっと、飛び地の方にいます」
自分の考えに耽っていたら、シーラ様から質問が来た。さすがにセブニア夫人の長期療養に付き添ってます、とは言えない。
「まあ、飛び地?」
「そういえば、王太子殿下にたくさんの飛び地を押しつけられたと、主人から聞いたわ」
「まあ、ヘユテリア様。そんな、押しつけられただなんて……」
「あら、でも本当の事でしょう? 言葉を誤魔化しても意味はないわよ? ユザレナ」
「それは……そうかもしれませんが……」
ご夫人方の言い合いには、私達新米は口を差し挟む事なんて出来ませんて。
狩猟祭も最終日。今日の結果で優勝が決まる。とはいえ、私がいる序列上位の天幕では、和やかムードだ。
この天幕にいる人の旦那さん達は、優勝は狙わないからね。この狩猟祭は、あくまでお付き合いと割り切っている人ばかり。
話題も、今年の獲物はどうだとか、若い女性に人気の男性は誰かとか、そんなのばっかり。
今年の狩猟祭、一番人気はルイ兄でしたー。まあ、人気者の中では唯一の独身だしな。
ロイド兄ちゃんも人気なんだけど、ヴィル様達に比べると一段落ちるというか。失礼な言い方かもしれないけれど、やっぱり身分なのかもね。
ルイ兄は未来の伯爵、ヴィル様は伯爵家当主、ロクス様は未来の侯爵、ユーインも未来の侯爵。比べると、ロイド兄ちゃんは未来の子爵だからなー。
子爵と伯爵の間には、暗くて深い溝があるのだよ。
大体、今年のロイド兄ちゃんは精彩に欠ける。どこか上の空なんだよねえ。
そんな事じゃ、怪我するよ?
「大変だ! 怪我人が出たぞ!!」
思ってる側から、天幕にそんな声が届いた。おいおい、まさか本当にロイド兄ちゃんが怪我をしたんじゃ……
「ペイロンの次期様だ!!」
ええええ!? ルイ兄だったの!?
狩猟祭には、もしもの為に研究所から回復魔法を得意とする職員が呼ばれている。彼等が詰める救護所で、ルイ兄は手当を受けていた。
「ルイ兄!」
「お、レラか」
「怪我したって聞いて……大丈夫?」
「ああ。ちょっと骨折した程度だから、お前の手を借りずに済む」
いや、骨折ってちょっとって怪我じゃないからね!?
ルイ兄の怪我は、前腕の骨折。綺麗にぽきっといっていたらしいので、比較的楽に治せたって聞いた。
回復魔法を使った後って、回復された側の体力が低下するから、しばらくは救護所で休んでいるように言われている。
そのルイ兄が転がされた救護用寝台の側に簡易椅子を持ってきて座った。
「大体、ルイ兄が怪我をするなんて、どうしたの?」
乗馬も狩猟も得意な人なのに。
「いやあ、ちょっと考え事をしながら動いていたら、落馬した」
「はあ?」
何やってんの、もう。八の字眉になってるルイ兄を呆れた目で見ていたら、救護所に人がきた。あ、ヴィル様達だ。
「ルイ、怪我の具合はどうだ? ああ、レラもいたのか」
いますよ。
「天幕でルイ兄が怪我をしたって聞いたから」
「まったく、らしくなく落馬するとはな」
「でも、落馬して腕の骨だけで済んだのは、さすがだね」
「いやロクス、そういう問題じゃないだろうが」
あ、ヴィル様とロクス様の後ろにユーインもいた。人気の男性が四人も揃っちゃったら、救護所の外に女子が集まるんじゃない?
と思ってたら、本当に外から黄色い声が聞こえてきた。マジでー? 空気読みなよお嬢様達。
救護所に集ったお嬢様達は、研究所の職員に蹴散らされたってさ。
ルイ兄の怪我というハプニングはあったけれど、それ以外はいつもの狩猟祭でした。
いやー、終わった終わった。さて、次はジルベイラの結婚式だー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます