第418話 十二枚

 セブニア夫人の療養に加えて、ツイーニア嬢の療養まで決まってしまった。ロイド兄ちゃん……遠目でも、彼女の姿は見られないかも。ごめん。


 とりあえず、ヌオーヴォ館に戻って、ツイーニア嬢を呼び出す。


「お呼びでしょうか」


 執務室に入ってきたツイーニア嬢は、王都で見た時よりも綺麗になっている。あの時は、病み上がりだったもんね。


 執務室内にあるソファセットに座ってもらい、お話し合い開始。


「実はね、あなたに個別にお仕事をお願いしたいのだけれど」

「仕事……ですか? はい」

「セブニア夫人が長期療養に入る話は、聞いてますか?」

「ええ」


 痛ましそうな表情をするツイーニア嬢。ヌオーヴォ館内では、セブニア夫人の状態が知れ渡ってるのかな。


 まあ、本人をこっちに呼んだし、見た人も多いだろう。後で箝口令を敷いておかなきゃ。


「そのセブニア夫人の療養を、支えてほしいんです」

「療養を」

「現状、彼女の療養に同行するのはネレイデスとオケアニスだけになります。彼女達では夫人の話し相手も出来ないから、その辺りを……ね」


 ネレイデス達がどういう存在か、領内で働いている人達は薄々勘付いている。それでも、表だってどうこう言わない。


 ツイーニア嬢も納得してくれたらしく、ちょっと苦い笑いを浮かべた。


「わかりました。セブニア夫人には、彼女がこちらにいた時にお世話になりましたもの。精一杯務めさせていただきます」

「お願いします」


 よし。これでツイーニア嬢も魔法治療が受けられる。何せセブニア夫人に同行するのは、医療部のネレイデスだから。


 ロイド兄ちゃんには何て伝えよう……いっか、言わなくて。


 散々私から逃げ回った罰だ。うまく治療及び心の療養が終われば、兄ちゃんにも目がある……かもしれないんだから、我慢してもらおう。




 うちも人手不足で困る事が多いけれど、王太子執務室も人手不足にあえいでいるそうな。


 帰ってきたユーインとヴィル様、それにリラと一緒に王都邸で夕食を一緒にしている時の話題に出て来た。


「増員くらい、簡単に出来そうですけど」

「入りたがる人間は多いが、使えるかどうかはまた別問題だ」


 ああ、なるほど。希望者は多いけれど、無能が多いのか。もしくは、厄介な「後ろ」がいるか。


「学院時代に、使える人材っていなかったんですか?」

「いたが、全員領地持ちの家の嫡男ばかりだった」


 あー……そりゃ家を優先するわな。


「次男もいるにはいたが、やはり家の仕事に持って行かれた。その後、長男が問題を起こしたせいで、次男が跡を取る事になったけれど」

「そうなんですね」


 マゾエント伯爵家のグイフ君みたいなものかな。あそこはちょっと事情が違うけれど、長男がやらかしたのは一緒だ。


 ふんふん頷いていたら、ヴィル様が何やら笑っている。


「何です?」

「いや、今の話、お前も関わっているぞ?」

「え!?」


 まさか、本当にマゾエント家の話!? でも、あれは次男が跡を継ぐのではなく、次男が婿入りした家に領地の半分と爵位がいったって話だったはず。


「わからないか? 学院の食堂で、騒動に巻き込まれた事があっただろう? 痴話喧嘩だったが」


 学院の食堂……痴話喧嘩……巻き込まれ……って、ああ!


「リネカ・ホグター騒動!」

「何それ?」


 リラが怪訝な顔だ。そうか、あの時まだリラは学院にいなかったんだった。


「リネカ・ホグターって男爵家の娘が、高位貴族の息子を狙ってたらし込んだ事件」

「う……」


 あれ、? リラが顔色を悪くして黙り込んじゃった。


 そういえば、リラも偽苺時代に似たような事をやろうとして、失敗してばっかりだったんだっけ。黒歴史を刺激してしまったかな。


 もっとも、あれは前世で読んだラノベ通りにしようとして、作品内との時間のずれに気付くのが遅れた結果だけれど。


 ……ラノベ通りに進めようとして、盛大に失敗した人がガルノバンにいたね。修道院に送られた彼女、元気かなあ。


 ちょっと遠い目になりかけた私を、ヴィル様のお小言が引き留めた。


「レラ、言い方をもう少し……まあいい。あの時、リネカ・ホグターに誑かされた者の中に、ミネガン伯爵家嫡男もいたんだ。で、騒動の結果、廃嫡となって次男が継ぐ事になった。ついでに、長男の婚約者も弟の妻になった訳だな」


 そういえば、そんな話、あったねえ。確か、弟さんの方が優秀で、かつ兄の婚約者だった人の事を好きだったとかなんとか。


 コアド公爵夫人となったベーチェアリナ様が、その婚約者と仲が良くて始終怒っていた記憶がある。


「王太子殿下の執務室って、平民出身は入れないんですか?」

「法でそう決まっている」


 おうふ。ヴィル様の返答には、リラも苦い顔だ。


「一応、抜け道はある。だが、そうして入れた人間はことごとく不正をしたそうだよ」


 嫌な結果だなあ、もう。


「能力を認められたんだから、死ぬ気で働けよ」

「レラ、口が悪い。まあ、普段持ち慣れない権力を持つと、大抵は腐るといういい見本がある訳だ」


 まったく、ろくでもない。


「後は、王宮は魔窟だからな。それを見て、自分も出来ると勘違いするのがいるらしい」


 それは……王宮というか、貴族のせいかな?




 王都の夏は暑い。その最中、コーニーとイエル卿の結婚式が行われる。という訳で、暑い聖堂内を涼しくしましょう。


「だからといって、こんな大がかりなもの……」


 聖堂を見上げて、リラが呻く。敷地内を結界で覆って、その内部の気温と湿度を制御しているんだ。


 さすがに研究所で売り出している量産タイプでは間に合わないので、今日だけ特別の術式をニエールに組んでもらった。


 既存の術式だからつまらなそうにしていたけれど、コーニーの結婚式の為だからきっちり組んでくれたよ。その料金は、私持ち。


 だって、暑いの嫌いだし。汗で化粧が崩れたりしたら大変じゃない。


 もっとも、別の理由で既に化粧がグズグズ状態ですが。


「うう……」

「まだお式は始まってないのに……そのハンカチ、何枚目?」

「四枚目えええええ」


 隣に座るリラに呆れられた。いや、君の結婚式でも三枚は濡らしたんだよ? それを考えれば、コーニーの式でそれ以上になるのは当たり前じゃない。


 今回も、控え室に入れるのはサンド様とシーラ様のみ。参列者の顔ぶれは、そうそうたるものだ。


 アスプザット家の長女とネドン家との結婚式だからか、王家派閥から序列上位の当主が参列だ。


 ネドン家は中立派だから、そこからも数家参列している。あ、お義父様も参列だ。そういやフェゾガン家って、中立派の中でも大きな家だっけ。


「ユーイン、お義父様がいらしてるけど、挨拶しなくていいの?」

「構わない。祝賀会では、顔を合わせるだろうけれど」


 余所の事言えないけれど、ユーインところも親子関係が希薄だよねえ。決して嫌い合ってる訳じゃないんだけど。


 うちはなあ。そういや、実父って生きてるんだっけ? 今はアスプザット領にいるはずだから、何かあればシーラ様が報せてくれるでしょう。




 コーニーの式は、ネドン家縁の聖堂で行われた。王都の中央やや西よりにあるシアナ聖堂は、補修工事を終えたばかりだそうで、外も中もとても綺麗。


 その聖堂で、今日一番綺麗なのは花嫁のコーニーだ。彼女も婚礼衣装は白を選び、同色のヴェールを被る。


 このドレスも、マダム・トワモエル作。最近さらにシーラ様に似てきたスタイルを惜しげもなくさらすドレスで、聖堂内のあちこちから溜息が聞こえる。


 コーニー、綺麗でしょう? 私の自慢の幼馴染みなんだから!


 でも、そのコーニーがとうとうイエル卿のものになってしまう。おめでたい事なんだけれど、ちょっと寂しいし悔しい。私のコーニーなのにいいいい。


 おかげで濡れるハンカチを量産する事になった。


 イエル卿も王太子殿下の側近なので、王太子殿下が参列している。王族の参列って、やっぱり箔が付くらしい。


 おかげでイエル卿の両親は鼻高々って感じ。


「ネドンの親は、殿下が列席する意味をわかっているのかね?」


 ヴィル様が、そんな事を呟いた。わかっていないと思いますよー。多分、家の誉れとか、そんな程度かと。


 実はイエル卿、結婚後はとっとと実家を掌握する予定になっている。殿下が本日列席しているのは、王家もそれを認めているという証。


 イエル卿の両親って、お家大事な人達らしいよ。だから体の弱い長男を早々に見捨て、健康な次男であるイエル卿を贔屓して育ててきたらしい。


 それが、イエル卿にとってはとても嫌な事だったそうだ。お兄さんとは仲がよかったっていうしね。


 そんなある意味恨みしかない両親の事は、この後領地の端に追いやるのが決まってるそうな。


 花婿の両親が座る席で、今日この時だけはこの世の春を謳歌するといい。




 コーニーの結婚式で濡らしたハンカチの枚数、十二枚。泣きすぎて、頭痛い……

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