第417話 根が深い

 ツイーニア嬢の考えを変えるべく、ニエールに相談してみた。本日の仕事はヌオーヴォ館で。


 向こうを呼んでもよかったんだけど、気分転換がてら分室までリラと一緒に行ってきた。


「うーん……ちょっと無理そう」


 ええええ。


「やっぱり駄目ですか?」


 リラの言葉に、ニエールが頷く。


「うん。というか、それって魔法治療の領分じゃないのよ」

「領分じゃない?」


 リラと声が重なった。


「魔法治療って、精神に受けた傷を治す事でしょ? でも、考え方とか価値観って、傷じゃないから」

「ああ」


 そう言われると、何か納得。


「人の思考を変えるって、かなり危険な事だから。今のところ、研究してる連中はいるにはいるけれど、研究所でも厳重管理されてるはずよ」


 それは、いわゆる洗脳とかそういうやつ? てか、研究してる人、いるんだ。


「そんな危ない研究、している人がいるんですね……」


 リラも私と同じ考えらしい。それに対し、ニエールが薄く笑う。


「危ないって言っても、使い方次第では有用なのよ。犯罪者の更生とかに使えるんじゃないかってね」

「ああ」


 うちだと強制労働になるけれど、そうじゃない場合、根っからの悪人って考え方の矯正とか難しそうだもんね。


 それを魔法で出来て、真人間に出来れば。生産性向上にはなる……のか?


「ただ、考え方ってその人の人格に関わってくる部分も多いから、そういう意味でも危険な事なのよ。という訳で、ツイーニアさんへの治療は無理」


 そう言われると、これ以上は何とも出来ないね……




 分室の側には、ヴェッキオ館がある。ここには、現在セブニア夫人が滞在しているのだ。


 ネレイデスによる魔法治療と回復魔法を受けて、静かに過ごしている。その様子、少し見ていこうか。


 分室からヴェッキオ館までは、車で十分ほど。現在、領内を私が移動する時に限り、ガルノバンからもらってきた車を使ってる。


 運転手はカストル。君、いつの間に運転技術なんか習得したの?


「構造を知れば、自ずと操作方法はわかるというものです」


 そんな事出来るの、君らだけだと思うよ。


 到着したヴェッキオ館は、以前来た時よりも明るく見える。気のせいかな。


「外観を塗り替えてますから、そのせいではありませんか?」


 そういや、改築や増築をしたんだっけね、ここ。


 当初は貸し出す予定だったけれど、それもうまくいかないみたいだから、うちの領内別荘のような位置づけになっている。


 セブニア夫人の件があったから、残しておいてよかったとは思うけれど。


 邸の管理は、現在ネレイデス、イアネイラが務めている。


「いらっしゃいませ、主様」


 玄関ホールで出迎えたイアネイラは、綺麗な一礼を見せる。彼女の後ろには、メイドのお仕着せを着たオケアニスが二人。


「今、ここって何人いるの?」

「セブニア夫人以外に、管理用のネレイデス、イアネイラ、戦闘メイドオケアニスから三人、医療部のネレイデスが二人、計六人です」


 少なくね? 特にメイド。邸の管理、間に合うの?


「イアネイラは邸管理用の洗浄等の魔法が得意ですし、それはオケアニスも同様です。一人で十人分くらいのメイド仕事をこなしますよ」

「そうなの!?」


 聞けば、オケアニスは料理人も兼ねているとか。大丈夫なの?


「ヴェッキオ館では心配ないでしょうが、余所では毒殺の危険もございます。オケアニスは、あらゆる危険から主を護る為におりますので」


 オケアニスすげー。てか、毒なら魔法で排除出来るんじゃね?


「出来ない方もいらっしゃいますでしょう? 現に、こちらに滞在中のご夫人はそうかと」


 セブニア夫人も含めて、うちで働く全員にリラと同じような防御用の腕輪、配ろうかな。




 ヴェッキオ館で、まずはセブニア夫人の治療に当たっている医療部のネレイデス、ポリュノメに話を聞いた。


 このポリュノメ、医療部をまとめる存在で、魔法治療の腕ではニエールに次ぐと言われているらしい。言ってるのは、当のニエールだってさ。


「魔法治療の際に判明しましたが、セブニア様は自己評価が大分低くなっていて、そこに根本原因があるようです」


 うーむ。それはまた。


 セブニア夫人は、旧姓をナフヴァンという。実家は準男爵家で、既に家督を兄が継いでいるそうな。


 準男爵家から、男爵家へ嫁入りした訳だね。で、その結婚した相手が最悪だった。


 人身売買なんかを平気でやらかす前ノルイン男爵は、元々男爵家を継ぐ人間ではなかったそうだ。


 でも、他の人間を後継に指名する前に、先々代の男爵を殺して男爵の地位に就いた。当然、結婚した妻を大事にするような人間じゃなかった訳だ。


 暴力、暴言。ありとあらゆる手段で、セブニア夫人の尊厳を踏みにじり、人格を否定していく。そんな環境にいたら、確かに自己評価が低くなっても、不思議はないな。


 そう考えると、よくノルイン男爵捕縛の手伝いをしてくれたよね。


「どうやら夫もろとも自滅を考えていたようです」

「おうふ」


 そこまで追い込まれていたのか……


 で、そこから救い出されたはいいけれど、実家は代替わりしていて帰る訳にもいかない。元々準男爵家でそこまで裕福という事もなく、跡を継いだ兄ともあまり仲がよくないそうだ。


 伝手もないから家庭教師やメイドとして職に就く道もない。


 そんな中、うちに雇われた訳だ。暗く閉ざされた場所から、一気に明るく開かれた場所へ。


 別に私がそう思ってる訳じゃないよ? セブニア夫人がそう感じてたんだって。


 最初はよかった。似たような境遇の人達と、穏やかに過ごす時間は、彼女にとってとても安心出来るものだったから。


 でも、段々と周囲と自分との差が見えてくる。


 特に、ルミラ夫人との差。


「ええええ。だって、スタートからして違うんだから、仕方ないじゃない」


 ルミラ夫人は王家派閥の伯爵家出身。同じ王家派閥の同じ爵位の家に嫁ぎ、姑と一緒に家内を切り回してきた人。


 旦那さんが亡くならなければ、そのまま伯爵夫人として旦那さんと家を支え続けただろう。


「そこも、コンプレックスだったようです」

「あー」


 伯爵家と男爵家だと、かなり差がある。セブニア夫人の実家は準男爵家だから、差はもっと大きいと思っていい。


 差は、家庭内での躾け、作法、細かな貴族としての約束事などなどなど。


 通常の勉強に関しては学院があるから差はなくなりやすいそうだけど、家庭内での学習に関しては雲泥の差だ。


 そうした作法や躾けの中に、使用人の使い方や邸の調え方なども含まれる。つまり、ルミラ夫人やセブニア夫人にとっての「仕事」だ。


 スタート時から差がある、ある意味雲の上の存在のルミラ夫人と自分を比べ、出来ない事でコンプレックスを募らせていく。


 頑張っても、それがから回って過労になり、その次に任された仕事は王都邸を任されたルチルスさんの補佐。


 その間、ルミラ夫人は自分がこなせなかったヌオーヴォ館の管理という大変な仕事を難なくこなしていく。そこでも、コンプレックスが刺激された。


 結果、鬱症状に近い状態の出来上がり……という訳だ。


「ね、根深い……」

「現在、魔法治療で鬱状態は脱するところですが、ご本人の考え方が変わらない以上、この先も同様の事が起こりかねないかと」


 うわああ。ここでも考え方かよー。


 魔法でねじ曲げる事は、正直出来るんだろう。でも、それをやったらセブニア夫人であれツイーニア嬢であれ、個性が失われる。少なくとも、ニエールはそう指摘していた。彼女が言うんだから、ほぼ間違いはないと思う。


 どうしたもんだか。




 結局、セブニア夫人には会わずにヴェッキオ館を後にした。いや、魔法で寝ているっていうから。


 どうもね、あれこれ思い悩みすぎて、睡眠もきちんと取れていなかったらしいんだ。


「湯治用の別荘、完成を急がせましょう」


 いきなりのカストルからの申し出だった。後部座席で隣に座るリラは無言のまま。反対しないって事は、そういう事なのかも。


「……その方が、いいかな」

「セブニア夫人とツイーニア嬢は、二人して湯治に行かせるといいですよ」

「え? ツイーニア嬢も?」

「ええ。一度、医療部による魔法治療を受けた方がいいかもしれません」


 カストルが言うって事は、何かあるって事。ツイーニア嬢の魔法治療は終わったと思ったのに。

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