第416話 あちゃー

 アスプザットの王都邸にて、珍しくもペイロンから出て来ているルイ兄とロイド兄ちゃんを捕まえてお話し合い。


 シーラ様にお願いして、やっと場を用意してもらえたよ。


「それで? 嘘吐くと、為にならないよ? 私が自白魔法を使える事、知ってるよね?」

「いやいやいや、待て待て待て」

「自白って、そんな大げさな……」

「二人に逃げ回られて、ちょっと私も頭に血が上ってるのかもー? キリキリ白状しないと、やっちゃうよ?」


 にっこり笑ったら、ルイ兄とロイド兄ちゃんの顔色が悪くなった。どうかしたの? ちょーっと話せばいいだけなのに。




 自白魔法までちらつかせた結果、出てきた内容が……


「ロイド兄ちゃんの一目惚れ?」

「そうなる……かな」


 答えたのはルイ兄。ロイド兄ちゃんの方は、真っ赤になって顔を背けている。


「それと私を避けていたのと、どういう関係があるのさ」

「ロイドが惚れた相手、レラのところにいる女性なんだよ」

「はい?」


 誰だ?


 ロイド兄ちゃんを睨むも、視線を逸らすだけ。


「ロイド兄ちゃん、相手は誰?」

「い……言えない」

「自白魔法」

「待て! 本当に待ってくれ!」


 さっきから待ってるじゃない。というか、話があるって連絡してからも、大分待ってるよ。


 私の目の前で、ロイド兄ちゃんが大きな溜息を吐いた。


「だからレラには知られなくなかったんだよ……」

「それもあって、会わないようにしてたんだ」


 あれか? 知られるのが恥ずかしいとか、そんな感じ? 下らない理由だね。


 吐き捨てると、二人の様子が何だか微妙。違うの?


「その……相手が相手でな」

「俺の想いを知られると、迷惑を掛けると思うんだ……だから、レラに知られたくなかったんだよ……」

「だから、その相手って誰よ?」


 これで答えなかったら、自白魔法一択だからね!


 その気迫が通じたのか、ロイド兄ちゃんが観念した。


「その……ツイーニア嬢なんだ」

「はい!?」


 また、よりにもよって一番難しい人を。




 ツイーニア嬢は、ユルヴィルのお義姉様のお友達の一人で、今は実家から出てうちで働いてくれてる人。


 ヤールシオール達とも仲がいいから、毎日楽しく過ごしているって聞いてる。


 そのツイーニア嬢は、ちょっと前に大変な目に遭った人だ。婚約者に裏切られ、暴行を受け、嘘の理由で婚約を一方的に破棄された。


 ショックから精神を病み、瀕死の状態だったのをニエールと一緒に救ったのが私。身体にも大分影響が出ちゃってたから。


 そんな過去があるからか、未だにツイーニア嬢は男性が苦手だという。仕事でも、なるべく異性が関わらない場所で働いてもらってる。


 仕方ないよね。いくら魔法治療で精神を治療したとはいえ、根深いトラウマになっていても不思議はない。


 で、そんなツイーニア嬢に、ロイド兄ちゃんが一目惚れをした……と。でも、どこで見たの?


「去年の狩猟祭前に、所用でデュバルに行く事があったんだ。領主館に行った際、中庭にいるのを見かけて……」


 まさしく一目で惚れ込んだロイド兄ちゃんは、さりげなく周囲にいた人に「彼女は誰か?」と訪ねて、名前を知ったそうな。


 それ以来、寝ても覚めても彼女の事が忘れられないんだとか。


「……もしかして、人材交流と称してうちに来ようとしていたのは」

「それについては、俺の方から。人材交流は本当だ。デュバルには見習うべき箇所が多い。それをペイロンでも取り入れたいと思ってる。ロイドをそちらにやるのも、彼が分家筆頭の後継者だからってのが大きい」

「でも、ロイド兄ちゃんの恋を後押ししたいって面もあるんでしょ?」

「ひ、否定はしないけど……」


 まったく、男二人で何やってんだか。


「一つ確認なんだけど」

「何だ?」

「ロイド兄ちゃんの一目惚れの相手、本当にツイーニア嬢で間違っていない? この人?」


 名前しか知らないで、別人を想ってました……なんてあったら笑い話だ。


 そう考えて、ツイーニア嬢の姿を空中に映し出してみる。あ、やっぱり彼女なんだ。ロイド兄ちゃんの目がハートだよ。


「うん、わかった。確かに彼女なんだね」

「その……俺は、彼女とどうこうなりたいとか思ってないんだ。その、遠くから見るだけでも……」


 何この乙女。あんた、ペイロンの分家筆頭クインレット家の男でしょ!? しっかりしろよ!


 とはいえ、相手がツイーニア嬢では力押しは悪手なんだよね……男に辛い目似合わされた彼女には、男性を感じさせないタイプの人がいいのかも。


 ロイド兄ちゃんは……中身の乙女はともかく、見た目は完全に厳つい男だもんなあ。いや、顔立ちは整っている方なんだけどね。全体的に、マッチョな雰囲気が漂うのよ。


 とはいえ、私としてはロイド兄ちゃんにもツイーニア嬢にも幸せになってもらいたい。


 ロイド兄ちゃんの想いはわかったから、今度はツイーニア嬢かなあ。でも、難しそう。


 一旦、ヤールシオール辺りにでも相談しようか。




「という事がありまして」

「まあ」


 早速翌日、王都邸にてヤールシオールにご相談。彼女は現在、ロエナ商会の仕事で王都にいる事が多い。だから、捕まえようと思ったら、王都邸の方が早いんだよね。


 ちなみに、本日リラはアスプザット邸に貸し出してる最中。社交をしなくていいとは言っても、ヴィル様の実家であるアスプザット関連はまた別。


 という事で、ごく私的なお茶会を開いているのだそうな。そこに、リラも参加してまーす。


 それはともかく、執務室に来て仕事の話の後にこの相談だから、ヤールシオールもびっくりしたようだ。


 話を聞き終わってから、彼女は何かを考え込んでいる。


「確かに、私達の中で既婚じゃなかったのは彼女だけですものね。お相手のクインレット子爵家長男の方は存じませんけれど、ご当主様の目から見て、誠実な方なのですよね?」

「それは保証する。ペイロンの男って、浮気はしないのよ。浮気するくらいなら、妻に離縁を申し込んでから別の相手にいく」

「それもどうかとは思いますけれど、心変わりは誰にも止められませんもの。致し方ありませんわ」


 惚れた腫れたばかりはねえ。


 よくも悪くも、馬鹿正直で潔いのがペイロンの男だ。ロイド兄ちゃんも、あれだけ惚れ込んでいる以上ツイーニア嬢以外の女性に目が向くとも思えない。


「まずはお友達から……とか、無理かなあ」


 無理だよなあ。男ってだけで、怖いもん。


「道のりは遠いですけれど、私達もイーニーには幸せになってほしいと思ってますのよ。その為なら、助力は惜しみませんわ」


 さすがヤールシオール! 頼りになるう。




 彼女はすぐにデュバル領へと飛び、ツイーニア嬢達とおしゃべりしてきたらしい。


 王都にとんぼ返りして、王都邸の執務室に顔を出してくれた。今日はリラも一緒。


「レフェルアもミレーラもネオポリスから離れていますでしょう? 寂しがっておりましたわ」

「あー……それは申し訳ない」


 当初は仲のいい友達と一緒に何げない日常を過ごせれば……と思っていたんだけれど、領が広がったり仕事が増えたりで、ヌオーヴォ館での仕事ばかり頼む訳にもいかなくなってたんだよね。


 ちょっと落ち込む私を、ヤールシオールが慰めてくれた。


「仕事ですもの。イーニーも理解はしております。それで、他にもネオポリスで働いている女子を集めてそれとなく話を聞いてきたのですけれど」


 ツイーニア嬢、すぐ近くまでこなければ、男性がいても問題なく過ごせるんだそうな。


「ネオポリスに来た当初は、遠目でもかなり恐怖心を煽られたそうですから、大した進歩だとは思いますのよ」

「そうね」


 暴行被害から数年も経っていない。被害者であるツイーニア嬢にしてみれば、ついこの間くらいの感覚かも。


 なのに、立ち直ろうと頑張ってるのが窺えるよ。本当、こんなに素敵な女性なのに、あのクソ男は……


 まあ、そんな素敵な人だからこそ、魅力が表に出て来て、ロイド兄ちゃんが一目惚れしたんだろうけれど。


「それで、私少し突っ込んだ質問もイーニーにしてみましたの」

「え」


 リラと声が重なった。ヤールシオール、一体何を質問したの?


「仮の話として、今イーニーに想いを寄せる男性がいたとして、結婚を前提に付き合えるかどうか」

「おおう」


 本当に突っ込んだな!


「そ、それで、どんな返答が?」


 聞くリラの声が、何故か震えている。


「返事は、ありかなしかでなし……でしたわ」


 あちゃー。ロイド兄ちゃん、撃沈。思わず私も執務机に突っ伏してしまった。隣からは、リラの呻くような声が聞こえる。


「一応、理由も聞いてきましたけれど……お聞きになります?」

「聞いておこうかな」

「イーニー曰く、『自分は汚れているから』だそうですよ」


 言葉が出ない。ショックのせいか、何だか息苦しい。


「ちょっと! ちゃんと呼吸して!!」


 背中をリラに叩かれて、やっと我に返る。うまく息を吐き出せていなかったみたい。それくらい、酷い言葉だった。


「これは、もう一度ニエールに魔法治療頼むか……」

「それはいいけれど、そういう、価値観みたいなものまで治療で治るもの?」


 出来るって、信じたい。

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