第414話 順調にいってる時ほど、落とし穴がある

 王太子殿下の執務室は相変わらず人で溢れていた。


「陳情だのなんだのが多くてな……」


 ヴィル様がうんざりした様子でぼやく。直訴みたいなもん?


 内容は、街道の整備や領地内整備の為の資金を融通してほしいとかそんなのばっかりだって。街道はまだしも、領内整備は自分の金でやれよ。何甘えた事言ってんだ。


 思いはしても、口には出さない。私は、学習出来る子なのだ。


「ああ、来たな」


 執務室の殿下は、ちょっとお疲れモードだ。まあ、あの机に積まれた書類の数を見たら、納得だよね。


 殿下が軽く手を上げると、金獅子の制服を着た騎士が室内から外まで溢れていた人々を追い出してくれた。


 残ったのは殿下、学院長、コアド公爵、イエル卿、そして後から来た私達四人を加えた八人。


 勧められるまま、空いてるソファに座った。ここ、さっきまで何やらがなり立てていた男性が座っていた場所だよねえ。こっそり浄化と洗浄しておこうっと。


 最近は魔法の腕が上がったのか、浄化を行ってもビカッと光る事がなくなったんだよねー。


「さて、邸の方はどうだった?」

「多少の補修は必要なようですが、後は掃除程度で住めるようになりそうです」

「それはよかった。王立学院の寮のように、屋根が腐って雨漏りなぞしていたら、困るからな。そうだろう? 侯爵」


 ぐふ。何故そこで私に流れ弾が来るの? しかも、ここ、学院長もいるんですが?


 あ、もう学院長じゃなくレイゼクス大公って呼ばないといけないんだっけ。


「殿下、それは私の管理不行き届きに対する嫌味ですか?」

「いや、そこの侯爵の建物に対する補修の腕前の話ですよ」


 やっぱりこっちへの流れ弾だった。


「女子寮の屋根裏部屋は、現在大変な人気だそうだぞ?」

「はい? 人気?」

「ああ、そこに入りたいという生徒が多いそうだ」


 何という物好きな。あそこ、給排水の設備がまったくないから、住むならそれ相応の設備を入れないとならないのに。


「私が言うのも変ですが、あそこ、人が住む場所じゃありませんよ?」

「本当に変な話だな。侯爵はあそこに入学時から卒業まで住んでいたのだろう?」

「研究所に都合してもらった水回りの施設がありましたから」


 それがきっかけで、簡易宿泊施設や移動宿泊施設が出来上がったんだよねー。熊がほくほく顔だったっけ。


 私の話を聞いた殿下は、何やら腕を組んで考え込んでいる。


「では、研究所からそうした設備一式を買うなり借りるなりすれば、あの部屋に住むのは問題ないという事か?」

「補修は必要だと思いますけどね。屋根に関しては元に戻せなかったのでそのままにしましたが、床や壁は原状回復……元に戻してますよ」

「ふむ」


 王都は冬でも雪が降らないくらいの気温だけど、だからといって暖房が一切いらないかというと、そんな事はない。


 私の時は壁と窓を二重にして断熱したのと、暖房に関しては自前の魔法でどうにかしてたってのがある。


 それらを説明して、さらに付け加えた。


「王都ですと、暖房もそうですが冷房も必要になるかもしれません」

「れいぼう? 部屋を冷やすという事か? 寮の部屋で、暑くて困るという苦情はあったかな……」

「他の部屋はわかりませんが、屋根裏部屋って建物の一番上ですから、熱が上がってくるんですよ。それに、屋根からの熱も直接影響しますし」


 私が住んでた時は、当然天井も断熱しました。王都の夏は、ペイロンで育った私には暑すぎるし。


 いくら夏の休暇が長いとは言え、下手すると五月から暑いからね。


 そういや、フェゾガン侯爵……おっと、お義父様が熱中症になった事があったわ。あの年も、暑かったんだよなー。


「れいぼうといえば、確かペイロンの研究所が部屋を涼しくする魔道具を開発していたと記憶しているが」

「私が考案しました」


 そういえば、そんなものも売ってたっけ。最近自分のお金の流れを把握仕切れなくて。


『先年の魔道具関連の収入は、一昨年の約二倍です。王都におけるクーラーの売り上げが好調のおかげですね』


 なんですとー!?




 何故か王太子殿下執務室で、和やかな会話が繰り広げられている。いや、私ここにおしゃべりに来た訳じゃないんですよ。


 おねだりした果物の栽培に特化した人を受け取りに……じゃなくて、引き取りに……でもないのか。紹介されに来たんですが。


「うん? どうかしたか? 侯爵」

「私が今日ここに来たのは、果物栽培が出来る人を紹介してもらう為なんですけど。おしゃべりしに来たんじゃないです」

「せっかちだな、侯爵は。雑談くらいいいだろうに」

「……その机の上の書類を見ても、そう仰いますか?」


 殿下の机の上の書類、ここに入ってから一切減ってませんよね? 決裁していないんだから、当然なんだけど。


 殿下、目をそらさない。コアド公爵と学院長も、苦笑いしていないで殿下のお尻をビシバシ叩きましょうよ! 言わないけど。


 でも、態度に表れていたらしい。隣のリラがぼそっと呟く。


「余所の事はよく見えるのね」


 言い訳出来ないー。私の執務机の上も、毎度あんな状態さー。


 改めて、紹介してもらえる果物栽培の人材を教えてもらった。


「詳細はこちらにある」


 受け取った書類には、四人分の名前や出身地などが書かれている。


「レイゼクス大公領出身?」

「そうだ。過日、侯爵には我が領を救ってもらった事があっただろう。その際、領民の何人かは侯爵の姿を見ていたようでね。今回、募集を掛けたら多くの応募者が殺到したんだ」


 ええええ。


「それで、その中から厳選したのがその四人になる。優秀な若者達なんだが、三男以下ばかりでね。継げる土地がない」


 あ、本当だ。三男と四男、それに五男が二人。


「本来なら、そうした者達は実家や余所で小作農として働くんだが、今回の侯爵の話はいい機会だと思っている」


 それって、フロトマーロが順調にいけば、他にも食い詰めている三男以下を、こっちに出してくれる余裕があるって事ですかねえ?


 人材豊富な領地はいいなあ。


「その四人の家は、小王国群との国境付近にある。以前賊を討伐してもらった山がある場所とはまた別の場所だ。気候が近いから、フロトマーロでの果物栽培にも苦労する事は少なかろう」


 おお、考えてくれてるんですねえ。


「ありがとうございます、学院長」

「……もう違うのだがな」


 あ、いけね。


「ありがとうございます、レイゼクス大公殿下」


 ちゃんと言い直したのに、どうして殿下達は笑ってるんでしょうね?


「叔父上、この部屋限定で侯爵には学院長呼びを許してはいかがですか?」

「だが、それでは現学院長のプレチクス伯爵に悪いのでは……」

「あのご老体なら、これくらい元気に笑い飛ばしてくれますよ」


 どうやら、今の学院長はプレチクス伯爵というらしい。ご老体って……もしかして、お年を召した方なんですかねえ。


 少しの間、俯いて何かを考え込んでいた学院長が、顔を上げた。


「いいだろう。どのみち、社交界でも侯爵と顔を合わせる事は少ないだろうしな」


 えー? それでいいのか? いや、私は助かりますが。てか、社交界でも顔を合わさないって……


「侯爵、今、叔父上に社交を怠けていると思われたと考えただろう?」

「う」


 図星! でも殿下、普通はそういう時、口には出さないものじゃないんですか?


 内心慌てる私に、学院長が説明してくれた。


「ああ、そういう意味ではないぞ? 私があまり人が集まる場所に出ないというだけだ」


 ……本当に? いや、学院長を疑うのはよくない。ここは言葉の通りなんだと思っておこう。




 紹介してもらった者達との顔合わせは、フロトマーロへの旅行の後に決まった。


 フロトマーロに鋭意制作中のビーチでのリゾートクルーズを説明したら、王太子殿下に溜息を吐かれたんですが。何で?


「船で他国に旅行とは。我が国の常識も大分変わりそうだな」

「王都の商業地区に置いた店で、クルーズ船の予約を承っておりますよ」

「私より先に母上が食いつきそうだ」


 えー? 王妃様が国外に出て大丈夫なのかなあ。え? 行くとしたら、国王陛下も!? いやいやいや、それはさすがに……


 ないよね? 大丈夫だよね?

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