第413話 王都の邸
リラが戻った日の夜、ユーインと一緒にヴィル様がヌオーヴォ館に来た。来たというか、帰ってきた?
リラと一緒にお出迎えー。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「邪魔をする」
「えー? ヴィル様も『ただいま』でいいんですよー?」
あ、珍しくヴィル様の顔が渋くなってる。
二人の帰りが遅かったので、すぐに夕食にした。まさかここで食事していく事になるとは思ってなかったらしいヴィル様が、ちょっと慌ててた。
いやいや、新居を構えてないのにどこで生活するつもりだったんですか。
王太子殿下にもらったって邸があるんだっけ。でも、あそこはまだ管理する人を決めてないから、生活は出来ないんじゃないの?
その辺りをばーっと言ったら、ヴィル様が反論出来なかったらしい。
「いや、それならそれで、アスプザット邸で生活すれば――」
「あっちにはまだ小さい赤ちゃんがいるんですよ? 外からばい菌持ち込むのは控えた方がいいですよ」
「ば、ばいきん?」
「病気の素です。王宮なんて、人が多いんですから、誰がどんな菌を持ってるか知れやしない」
「……あの邸はそれなりの広さがあるから、ロクス達の住んでる区域と別の場所で過ごせばいいだろう?」
「そうなったら、うちまでリラが通わなきゃいけないじゃないですか。新妻に長距離移動を頻繁にさせるのはどうかと思いますー」
リラは王都邸だけじゃなく、ヌオーヴォ館でも仕事をするんだから。
それを付け加えたら、ヴィル様も黙った。
「最悪、ヴィル様だけ実家でお世話になるって手もありますけれど、それだと新婚早々別居て事になりますよ? 対外的に大丈夫ですか?」
「ぐ……レラにしては、珍しく正論を」
ヴィル様酷い。でも、さすがに別居婚はまずいってわかってるんですよねー?
「うちの仕事って、王都だけで終わるものじゃないですよ。ユーインは私に合わせてくれてます。ヴィル様は?」
「う……こいつに出来て、私に出来ない事があるのはしゃくだ」
素直じゃないなあ、もう。照れが入ってるのかしら。
それはともかく、言質は取った。
「じゃあ、リラのいるところに帰ってきましょうね。ユーインと一緒の通勤、頑張ってください」
「つうきん?」
しまった、通勤って言葉、こっちにはないのか。
ともかく、二人分のお世話が増えたところで、ヌオーヴォ館も王都邸もびくともしないから大丈夫。安心して暮らしてください。
ヴィル様が初めてデュバルに「帰って」きた翌日、四人にカストルを加えたメンバーでデュバルの王都邸に来た。
今日はこれから、ゾーセノットの王都邸を見に行くのだ。
「どうしてレラまで来るんだ?」
「王太子殿下にもらったっていう邸を見たくて」
「まだ何もないぞ?」
「いいんですよ。場所とどんな建物かがわかれば」
中身を揃えるのは、ネレイデスかセブニア夫人の仕事になるだろうしね。
デュバル王都邸から馬車で十分ほど走ったところに、ゾーセノット王都邸はあった。御者はいつも通りカストルだ。
王宮前の大通りからは少し外れるけれど、これはこれで閑静な場所でいいかも。
「静かな場所ですね」
「ああ。殿下も、配慮してくださったんだろう」
新婚夫婦にはぴったりかも? あ、でも生活はうちでするんだったわ。異論は認めません。
「ここは後継がいなくて爵位を返上した伯爵家の王都邸だったらしい」
普通、跡継ぎがいない場合は、親族から養子を取る。この邸の前の持ち主は、親族がほぼいない家だったんだって。
それで、領地も財産も全て国へ譲渡したらしい。で、王家所有となったこの邸を、王太子殿下がヴィル様に結婚の祝いとして贈った……と。
鍵はヴィル様が持っていたので、開けてもらい中に入る。鎧戸が閉められているからか、暗い。
「明かり、付けますか?」
「そうだな。頼む」
魔法で明かりを出して、中を見る。玄関ホールからは、二階へ続く階段。手すりが使い込まれてるね。
「補修が必要な箇所がどれだけあるか、見て回らないとな」
「お任せいただければ、すぐにでも調べます」
カストルの申し出に、ちょっとだけヴィル様が怯んだ。魔の森の研究所で、カストルの能力の一端を見てるもんね。
でも、こういう時は本当に便利だから。
「任せちゃえばいいですよ。後で中を調えたり管理したりするの、うちの子達ですから」
既に決定事項です。そろそろネレイデスとオケアニスとヒーローズから誰をここに配置するか、決まる頃じゃないかなあ。
「お前は……まあいい。では頼む」
「承知いたしました」
カストルから、邸中に魔力が流れていく。
「どんな感じ?」
「一部、補修が必要な箇所があります。後は、汚れがあるだけですね。大規模な修復は、しばらく必要ないでしょう」
「じゃあ、明日からでも工事に入れそう?」
「そうですね。この程度でしたら、二、三日で終わります」
「待て待て待て! 何の話だ何の!」
えー? この邸の補修についてですよー? 目の前で言ってたのに。
「アスプザット、諦めろ。レラがやると言っている以上、誰も止められん」
「あー……私もそう思います。それに、任せておいた方が後々助かりますし」
ユーインとリラに言われて、ヴィル様がぐぬぬと唸ってる。
ヴィル様、こういう時は、流されておいた方が楽ですよ。
ゾーセノットの王都邸見学ツアーも終わったので、デュバルの王都邸に戻る事にした。
ユーインとヴィル様は、このまま王宮だって。今回は四人で馬車で来たから、そのまま王宮へ寄ってから、王都邸へ戻る事に。
「ついでに殿下に挨拶していくといい」
えー? また何か面倒ごとを押しつけられたりしないですよねえ?
「以前、殿下に何かねだっていなかったか?」
ん? それって……
「果物の栽培が出来る人、見つけてくれたんですか!?」
「そのような話を聞いている」
よっしゃ! なら行く!
態度をころっと変えた私に、ヴィル様が溜息を吐いた。
「普通は殿下にお目通り出来る機会を得る事を、喜ぶんだがなあ」
「嫌だなあ、ヴィル様。今更私に普通の貴族としてのあり方を求めないでくださいよ」
「そうだな」
そうですよー。私達のやり取りを、隣のリラが苦い顔で聞いていたけれど、どうしてかしら? 私、わかんなーい。
ゾーセノット王都邸から王宮までは、我が家から王宮までよりは少しかかる。でも、馬車に乗っていればあっという間だね。
ちなみに、本日の馬車もデュバル特製の馬車です。本当は自動車を使いたいんだけれど、その為には法整備とか色々必要だからねえ。
まずは、デュバルの新領都であるネオポリスからかなあ。今日邸に戻ったら、リラと相談しておこうっと。
王宮は相変わらず人が多い。そして、こちらを見てひそひそする人達も。
「よく飽きないよね、あの人達」
「あれが生きる糧なんでしょうよ」
ひそひそが生きる糧なんて……何と言う無駄。
「こんなところで油売ってないで、仕事しろ仕事」
「あんたは少し仕事を創り出すのをセーブしてほしいわね」
う、ごめんなさい。
「湯治用の別荘やら何やらは仕方ないにしても、そろそろあちこちパンクしかねないわよ?」
「そうは言ってもさあ」
フロトマーロの方も既に動いているし、湯治用別荘もそろそろ動き出す。湯治用はセブニア夫人の件もあるから、ちょっと急ぎたいし。
「結局遊園地は凍結のままだし、海のテーマパークも半分凍結してるのに」
「当たり前です。ガルノバンとギンゼール、それにトリヨンサークの鉄道敷設や、国内の鉄道敷設もパンパン状態なんだから。娯楽は後回し!」
こうなったら、カストルに頼んでネレイデスタイプを増産してもらおうか。
『それは構いませんが、よろしいのですか?』
う……一応、人材育成は進めてるんだけどね。今育てている人達が一人前になるのに、まだ掛かるんだよなあ。
とはいえ、一時の為にネレイデスを増やしたとして、人材が育った後にどうするんだって問題も。
いっそブルカーノ島の沖に、もう一つ人工島を造って、そっちに全員移すとか?
『では、人工島建設に――』
取りかからなくていいから!
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