第412話 もうちょっとこう……違うよね?

 飛び地の中で、温泉があるのは三つ。その全てに、湯治用の別荘を建てる事になった。


「別荘はどこも同じ造りでいいんじゃないかなあ」

「どうせですから、外観や内装にもこだわりましょう」


 何故かカストルが凄くやる気を見せている。


 セブニア夫人は、無事ヴェッキオ館に入った。医療部から回復魔法、魔法治療が使えるネレイデスが二人ついていて、他にも戦闘メイドオケアニス、戦闘サーバントヒーローズが周囲を固める。


 旧領都であるパリアポリスは、一時期治安が悪くなったからね。もしもの為に付けておいた。


「パリアポリスの治安は、どうなってるの?」

「主様考案の交番がいい犯罪抑止力になっているようです」


 よしよし。人間、人の目があると悪いことをしにくいって言うからね。中には見られていても平気で悪さするのもいるけれど。


 そういう場合は、交番から治安維持隊が出動する訳だ。


「街中には防犯カメラも設置しておりますので、言い逃れは出来ません」


 うん、カストルが大変いい笑顔です。パリアポリスの治安がよくなるのはいい事だから、このままでいっか。




 あれこれやっていたら、あっという間にリラの復帰日になっていた。ルチルスさんも王都邸に戻り、日常に戻ったって感じるね。


 温泉街から帰ってきたリラは、真っ先にヌオーヴォ館の執務室に来た。


「お帰りー。骨休め出来たー?」

「そうね。色々と、充実した休みだったと思うわ」


 お、いい返事ですねえ。リラもワーカホリックの一人だから、強制的に休ませないと休まないもんなあ。


 ……彼女の仕事を増やしているのは、私ですねごめんなさい。


「まあ、のんびり出来たのならいいや」

「じっくり話し合いが出来て、有意義だったわよ」


 ……あれ? 何か、違わない?


「……一応、プチ新婚旅行だったんだよね? それで、話し合い?」

「ここまで二人だけで会う時間を取れなかったから、助かったわー。おかげで色々と擦り合わせが出来たし」


 ええええええ?


「新婚旅行でやる事が話し合い? 間違ってない?」

「間違ってないわよ。大事でしょ? 擦り合わせ」

「二人きりの甘い時間はないのか!?」

「政略結婚だって、言ってるでしょうが」


 それでも! 恋バナ的なあれこれを期待するのが人間ってものなのよ!


 訴えたら、リラからはジト目で返された。


「大体、あんた自身の時はどうだったのよ?」

「え……てへ」


 言えるか。そんな小っ恥ずかしい事。


「自分も言えないような事、人に言わせようとしないように」

「ううう。政略っていうのなら、ヴィル様の事は不満なの?」


 これで、思いっきり不満ですとか言われたら、どうしよう。

 でも、リラからの回答はちょっとこっちの想定の斜め上……斜め下? なものだった。


「まさか。良物件過ぎて身に余るくらいよ」

「物件って」

「私があのまま実家にいたら、親の手で娼館に売り飛ばされるところだったって、知ってるでしょ?」

「うん」


 それから逃れる為に、私の手を取ったんだもんね。自力で助けを求める相手には、それ相応の事をする。これも、ペイロンでたたき込まれた事だ。


 逆を言うと、助けを求めるばかりで自力で動かない人は、助けない。そういうところ、ペイロンは厳しいんだ。


「売り飛ばされる未来から逃れられても、あの実家にいたら、やっぱり家の為にどこかへ嫁に出されてたんじゃないかしら。金だけは持ってる、老人の後妻とかにね」


 否定要素が見つからない。リラの実家って、リラの事をまったく大事にしていなかったから。よくて使い勝手のいい道具くらいに思ってたようだし。


「それを考えれば! 若くて見目のいい旦那、しかもきっちり条件を出してくれて、その範疇だったら好きにしていいって話よ? 最高だわ」

「えええええ。それは、ヴィル様にも問題があるような……」

「何言ってんの。貴族の結婚よ? 惚れた腫れただけで出来るようなもんじゃないわよ。大体、前世だって好きだけで結婚なんて出来なかったでしょ? 結婚って、生活だもの。いくら好きでも無職とか転職癖のある男とか、私は無理だわ」

「そう言われると、何も返せないんだけど……」

「いいのよ、何も返さなくて。ともかく、いい新生活のスタートを切ったと思ってるわ」


 なら、いい……のか? なーんかしっくり来ないんだけど。




 もやっと感が残るけれど、他人様のプライベートなんだから、これ以上踏み込むのもあれよね。


 私は仕事の続きでもしようかな。


「それで? 私がいない間に何かやらかしてないでしょうね?」

「リラが酷い」

「セブニア夫人に絡んで、少し動きがありましたよ」

「カストルウウウウウ」


 先に言っちゃ駄目でしょおおおおお!


 慌てる私を余所に、リラが怪訝な顔でカストルを問いただした。


「セブニア夫人? 夫人が、どうかしたの?」


 カストル、何故そこで私を見る? 説明はこっちってか。


「セブニア夫人が、休養に入る事になったの」

「休養? 以前、過労で倒れた事があったわよね? でも、今はルチルスさんの補佐で、そこまで忙しくないはず……」

「どうもね、その補佐の仕事も原因だったみたい」

「ええ? ……ああ」


 これだけで、リラは察したようだ。


「セブニア夫人にしてみれば、娘同然の年齢の子の下に付くようなものだもんね。過労で倒れる前は、このヌオーヴォ館を取り仕切ってたんだし、仕事とはいえ自分の立場を取られたように感じても、不思議はないか。そりゃストレスだわ」


 本当、察しのいい事で。


「ストレスが原因って事は、魔法治療を行っているって事?」

「それと並行して、体の方にも色々異常が出ているから、回復魔法が使える子も側に置いてる。今はヴェッキオ館にいるよ」

「ヴェッキオ館って言うと、旧領主館だっけ。温泉街じゃないんだ?」


 まあ、温泉と言えば湯治って、連想するよね。


「飛び地の中に、温泉が湧く場所が三つあるっていうから、これを機に飛び地に湯治用の別荘を建てようって事になったの。で、出来上がったら、セブニア夫人にはそっちに移動してもらう予定」

「湯治用の別荘……ラビゼイ侯爵がごり押ししてきそう……」


 やっぱり、そう思うよね?


「てか、やっぱり私がいない間に、あれこれ仕事を増やしたわね?」

「え? あれ? いや、これは仕事っていうか、セブニア夫人の――」

「言い訳は結構。別荘建てるのも、領地内の仕事だって、わかってるわよね?」


 えええええ? あれえええええ?




 その後、何故かヤールシオールと話していた旅行代理店の事までバレて、みっちり説教を受けました。解せぬ。


「カストル、あなたが側についていて、何故こんなに仕事を増やさせたの? 甘やかさないようにと、以前にも言いましたよね?」

「存じております。ですが、今回の件はどちらも仕方のない事かと」

「……まあ、セブニア夫人に関しては、確かに一度しっかり療養してもらった方がいいでしょう。で、療養後の話なんだけど、ちょっと相談があるの」

「へ?」


 リラが私に相談なんて、珍しい事もあるもんだ。


「実はね、結婚のお祝いに、王太子殿下から王都の邸を頂戴したんですって」

「おお、とうとう王都邸持ちになったんだ」

「びっくりよね。でね、ゾーセノット家は社交界に出る必要はないから、邸の維持管理も最低限でいいのではないかって話になったの」

「ほう」


 多分だけど、その邸は維持するだけであまり使われないんじゃないかな。


 リラはうちで生活してるし、ヴィル様もユーインと一緒に帰ってくればいいし。最近はあの二人も、いがみ合う事が少なくなったから。


 というか、ヴィル様が一方的にユーインを嫌ってたんだよねー。それが少しはましになってるって言った方がいいのか。


 おっと、リラの話はまだ続いてた。


「それで、どうしても邸の維持管理を任せる人材が必要でしょう?」

「……まさか、それをセブニア夫人にって事?」

「そう。デュバルの王都邸より人が来ないし、使用人の数も少なくなる予定だから、切り回しは楽な方じゃないかと思うのよ」


 確かに。ただなあ、それはそれで、セブニア夫人が悪い方に受け取らないといいんだけど。


 その辺りは、魔法治療の結果次第……かな?


「とりあえず、その話は夫人の治療が終わってからだね」

「そうね」

「その間、暫定的に任せる人材、ネレイデスから出す?」


 セブニア夫人が復帰するまで、管理を任せる人材は必要でしょう。もしかしたら、復帰せず……なんて未来もあるかもしれないし。


 私からの提案に、リラが首を傾げた。


「手の空いてる子、いる?」

「いますよ」


 カストル、今まで壁際で気配を消していたのに。


「ついでに、オケアニスから何人か、ヒーローズからも何人か出します。邸の護りは完璧にしなくては」

「お願いね。多分、近々邸を見に行くと思うから」

「では、その時に同行いたしましょう」

「あ、私も行くー」


 ヴィル様とリラがもらった邸が、どこなのか知りたいし、どんな邸か見たい。

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