第411話 待ってるから

 カストルが捕まらないのなら、ポルックスかヘレネ、ネスティを捕まえればいい。


 ヌオーヴォ館の執務室には、いきなり呼び出された事に首を傾げるポルックス、ヘレネ、ネスティがいる。


「という訳で、カストルはどこかな?」

「お兄様でしたら、高圧縮魔力結晶を持って、魔の森の中央へ向かわれたはずですわ」


 ヘレネがペロッとゲロった。ヘレネ、ポルックスとネスティの視線に、気付いている?


「そう。魔の森の中央だと、念話が通じないのね。覚えておくわ」


 ポルックスとネスティ、何故視線を逸らすのかな? ヘレネは笑顔だけれど、何となく胡散臭く感じる。


 もしかして、カストルに似ているのはネスティじゃなくて、ヘレネの方?




 カストルがヌオーヴォ館に戻ってきたのは、翌日だった。


「さてカストル。話があります」

「何でしょうか?」

「医療部って、何?」


 私の質問に、カストルが小さく「ああ」と呟く。


「以前……ギンゼールから戻った辺りでしょうか、解毒薬に関する話題を出したのですが、覚えておいでですか?」

「解毒薬? そういえば……」


 相手が毒を使ってくるのなら、対応策として解毒薬を用意しておいた方がいいのではないか。その為の用意……解毒薬の研究などを進めた方がいい、とかなんとかいう話だったっけ。


「それと、医療部と何の関係が?」

「もう一つ、回復魔法に特化したネレイデス達を育成しようという話も、ありました」

 ……あったね、そういえば。

「医療部という名を冠してはいますが、あの時話題に出たものを実現させたに過ぎません」


 ……えーと、これは、私が忘れていただけって事?


「医療部……特に魔法治療に関しては、人よりもネレイデスの方が適性があると思われます」


 魔法治療は、確実に治療相手の心の傷を覗く事になる。中には、その内容に耐えられず、技術や能力はあるのに魔法治療が行えなくなる魔法士もいるって話だ。


 ネレイデスは、人の形をしているけれど、人ではない。カストル達もそうだけど、カストル達はより高度な疑似人格を有しているので、人に近い「感情」を持つ。


 でも、ネレイデスにはそれがない。治療相手の心の傷を見たとしても、傷つくべき心そのものがないのだ。


 カストルが言いたいのは、そういう事だろう。


 それはともかく。医療部の事は、私の認識不足だったとわかった。では、オケアニスは?


「何で王都邸にオケアニスが配置されているの? 報告、受けてないよ?」

「そもそも、メイドの人事権は執事である私にございますが……主様にお返しした方がよろしかったでしょうか?」

「いや待って。いらない。そのまま持っていて」


 そういや、使用人に関する人事って、カストルに丸投げしてたわ……


 いやでも、戦闘メイドでしょ!? やっぱり、報告くらいはほしいんですけど!


「承知いたしました。今後、オケアニス及びヒーローズの異動に関しましては、主様に逐一ご報告を――」

「いやいやいや、王都邸やヌオーヴォ館に配置される時だけでいいから!」


 カストルの奴、わかって言ってるな?


 いや、確かに忘れていた私が悪いんですけど。だからって、主をチクチク虐める執事がいるか!?


 いるな、ここに。綺麗な姿勢で立つカストルをじろりと睨んだら、やたらといい笑顔を返された。キー! ムカつくー!


 でも、全て自業自得。文句も言えないわ……




 今緊急で動かなきゃいけないのは、セブニア夫人の事。相当疲弊してるって話だから、すぐにでも休養に入らせなきゃ。


 という訳で、ルチルスさんに付き添ってもらい、セブニア夫人をヌオーヴォ館まで呼び出した。


「……セブニア夫人?」

「ええ、そうですが……あの?」


 驚いた。少し見ない間に、もの凄く痩せている。元々、セブニア夫人は少しぽっちゃりした人だった。


 元夫であるノルイン男爵が人身売買等の罪で捕縛された時も、少しやつれた様子を見せていたけれど、すぐに回復していたのに。


 今の彼女は、病的に痩せて見える。


 セブニア夫人に休養を言い渡す場所は、ヌオーヴォ館の執務室。立ち会いとして、ルミラ夫人とルチルスさん。


 今にも倒れそうに見えるセブニア夫人には、ルチルスさんと一緒に座ってもらった。


「単刀直入に言いますね。セブニア夫人、あなたには休養が必要です。医療部から、主治医となる者をあなたに付けます。その者の許可が下りるまで、仕事をするのは禁じます」


 なるべく、感情を乗せないように話したんだけど、やっぱりセブニア夫人にはショックだったようだ。ただでさえ悪い顔色が、さらに悪くなった。


「わ……私は、解雇という事でしょうか?」


 えええええ!? いや、そんな事、一言も言っていないよね!?


「セブニア夫人、落ち着いて」


 ルミラ夫人が声を掛けるけれど、セブニア夫人には届いていない。


「私は、もういらないって事ですよねえええええ!」


 その場で泣き崩れたセブニア夫人に、為す術がない。ど、どうしよう……


 慌てる私とは違い、ルミラ夫人はそっとセブニア夫人の隣に座り、震えながら泣く彼女の手を握った。


「違いますよ、セブニア夫人。あなたの事が大事だから、休んでほしいんです。セブニア夫人……いえ、セブニア様。あなた、ここ最近、鏡は見ましたか?」

「か……かがみ……」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、嗚咽交じりにセブニア夫人が答える。


 泣き濡れた顔をやさしく撫でつつ、ルミラ夫人が続けた。


「こんな酷い顔色をして。今にも倒れてしまいそうで、心配です。レラ様だって、今日あなたがこの部屋に入ってきた時、あまりの痩せ具合と顔色の悪さに、驚いてらしたではありませんか。この指。こんなに細くなってしまって……」


 ルミラ夫人は、セブニア夫人の枯れ木のような指をゆっくりと撫でる。


「セブニア様。あなたは今、とても疲れているんです。だから、少しゆっくり休まなくてはいけないの。元気になったら、また戻ってきてちょうだい。私も、レラ様も、他の皆も、いつまでも待っていますからね」


 ルミラ夫人の言葉は、セブニア夫人に無事届いたらしい。そのままゆっくり、ルミラ夫人の腕の中に倒れ込んでいった。


 あれ? もしかして、泣き疲れて気を失った?




 いつの間にやらヌオーヴォ館に配置されていた戦闘サーバントにセブニア夫人を部屋まで運んでもらう。目を覚ましたら、医療部の診察を受けてもらう予定だ。


 その後は長期療養に入ってもらうんだけど、問題はその場所。執務室に残った私、ルミラ夫人、ルチルスさんの三人で案を出し合う。


「やっぱり、温泉街かねえ?」

「ですが、あそこは騒がしくありませんか? 静かな場所で静養してもらいたいと思うのですけれど」


 ルミラ夫人の言う通りなんだよなあ。温泉街から少し離れたところに、湯治客用の寂れた宿でも建てようか。


 あ、もしくはデュバル家専用の湯治用別荘とか。……ラビゼイ侯爵が聞きつけて、難癖付けてきそうだ。


「あの……飛び地のどこかに別荘を建てて、そこで静養してもらうのはどうでしょう?」


 ルチルスさんの提案に、私もルミラ夫人もちょっと困る。


 いいアイデアだとは思うんだ。場所を選べば静かな場所はあるし。


 ただなあ、その為だけに別荘を建てたとかセブニア夫人にバレると、後が大変そうで。


「セブニア様の事ですから、恐縮しそうですね……」

「ねー。何か、別の理由を付けて別荘を建てる事が出来れば――」

『ございますよ』


 うおっと。カストルか。ちょっとびっくりしたら、ルミラ夫人とルチルスさんが不思議そうにこちらを見てくる。


 それに対し「何でもないよ」と言い訳して、カストルとの念話に集中。


 どんな理由をつけて別荘を建てるのよ。


『つい先ほど、主様が考えてらしたではありませんか』


 さっき? 何だっけ?


『湯治用の別荘です』


 あ! って事は。


『飛び地のうち、三つに温泉が湧く場所がありました。少し深く掘らなくてはいけませんが、我が領でしたら問題ありません』


 そーですね。散々あちこち掘ってるからな。その辺りのノウハウは余所よりありそうだ。


 んじゃ、この際だから三つ全部に湯治用の別荘を建てちゃえ。出来上がるまでセブニア夫人には、旧領主館であるヴェッキオ館で過ごしてもらおう。


 あそこ、貸し出し用のホールにしようと思ってたら、旧領都パリアポリスの人口比率が変わっちゃったので、借主が現れなかったんだよね。


 なので、旧館としてそのままうちで使用する事になってる。こういう時は、残しておいてよかったって思うよね。


 ちゃんと手入れもしてあるし、パリアポリスの街中からは離れているから喧噪も届かないでしょう。


 もし不心得者が侵入しようとした時を考えて、オケアニスとヒーローズを常駐させておいて。


『承知いたしました。手配を整えておきます』


 よろしく。

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