第409話 結果は三枚
フロトマーロの建設現場の騒動は、一応収まりを見せた。何かね、王宮で働く人間の下に、女子達の村出身の人がいるらしく、その人を通じて雷を落としたらしいよ。
二度と同じ事はさせないし、近隣の村にも同様の通達を出しておく、ってフロトマーロの王宮から返事が来た。
うん、出来るのなら、最初からやっておいてほしかったなあ。とはいえ、こっちだって想定していなかった出来事なんだから、フロトマーロの王宮が想定して対応していなかったとしても、文句は言えない。
女子達の行動力が凄かったって、思っておこう。
聖堂の中は、ひそひそとした声がそこかしこから聞こえる。ああ、感動のあまり、涙が出そう。
「ちょっとレラ、今から泣いてどうするの」
「だってええええ」
今日は、リラの結婚式だ。控え室には兄夫婦が行っているので、私は遠慮した。なので、リラの花嫁姿はまだ見ていない。
アスプザット家との縁が深いユダーゼ聖堂は、小ぶりだけれど歴史のある聖堂で、内装のあちこちにアスプザット家の紋章が入っている。
建立にアスプザット家が関わっていたらしく、あの家の人達は全員、ここで結婚式を挙げ、ここに墓を持っているらしい。
ヴィル様は正式には新しい家を興したので、アスプザットではないのだけれど、血筋は間違いなくあの家だからね。
それに、ゾーセノット家は新しい家だから、懇意にしている聖堂はないんだってさ。なので、実家絡みでここを使うんだとか。
大抵の貴族は、親やその前の代から付き合いのある聖堂があるからね。デュバルは……あったかな?
私も兄も、結婚式は王家縁のキーバシアント聖堂でだったから。
参列者の席では、一番前に陣取っている。左隣にはコーニー。後ろにはユーインとイエル卿。もうじき右隣に兄夫婦が座り、式が始まる。
その最前列で、私はハンカチ片手にグスグスしている。いやだって。これまでのリラのあれこれが思い起こされてさあ。
まだ式が始まってもいないのに、既にハンカチを一枚ずぶ濡れにする勢いの私に、コーニーがそっと溜息を吐いた。
「彼女は結婚してもレラのところで働くんでしょう?」
「うん。しばらくはヴィル様に遠距離通勤してもらう」
リラは私について王都にいたり領地にいたりするから、ヴィル様にはそれに合わせてもらう予定。ユーインと一緒だね。
「はー、あのヴィルが、結婚前から嫁さんの尻に敷かれているとは。そこんとこ、どうよ? ユーイン」
「知らん」
後ろから聞こえてくる、イエル卿とユーインの会話。ユーイン、にべもないね……
イエル卿はそんなユーインの態度に慣れているようで、小声で突っ込んだ。
「知らんじゃねーだろ。これからも、旦那同士、嫁さん同士で同じ職場にいるんだから、もう少し歩み寄りっていうか、配慮ぐらいしろっての」
本当だよ。イエル卿、もっと言ってやって。
後ろを振り向いて言おうと思ったら、兄夫婦がやってきた。
「時間通りかな?」
「そうね。……あら、レラ様、もうそんなに泣いて。エヴリラさんは、結婚しても側にいますよ」
それはわかってるんですけど。どうしてもあれこれを思い出して、涙が出てくるのよおおおお。
「きっとコーニーの結婚式でも泣く。絶対泣く」
「なら、今から綺麗なハンカチを贈っておくわ。式当日は、それを使ってちょうだい」
「コーニー大好き」
「私もよ」
子供の頃のように、コーニーの腕を抱きしめる。何か後ろから聞こえた気がするけれど、聞こえなかった事にした。
聖堂内に、涼やかな鈴の音が鳴り響く。ああ、式の始まりだ。
聖堂内を静かに歩いてくるリラは、とても綺麗だ。ドレス、やっぱりあの型にして正解だったなあ。
白いウエディングドレスは、Aラインのスカート。一見シンプルなデザインだけれど、よく見ると同色の糸で細かく刺繍が施されている。
刺繍の柄は、光の加減で淡く浮かび上がるようになっていた。参列者の間からは、溜息が聞こえる。あのドレスも、今後マダムの店で売り出される訳だ。
トレーンは控え目。伯爵家の養女になったのだから、もう少し長くしてもよかったんだけど、本人の希望により短くなった。
ヘッドドレスも、控え目な小花を多用した花冠。ティアラを仕立てるか聞いたら、生花でいいと返された。
『あんただって、生花だったでしょ?』
そう言われたら、返す言葉がない。そこでも、ちょっとだけ泣いちゃった。
聖堂内に静かに飛び回るのは、デュバルで用意した浮遊型カメラ達。今回ばかりはカストルとポルックスに全面的に頼っている。
あれをコントロールするの、凄く疲れるんだよね。なので、有能過ぎる二人に頼んだ。
色々な角度から、聖堂内を見る事が出来るよう、多くの浮遊型カメラを入れた。それを映画さながらのカメラワークで、二人が動かして行く。
カメラの映像は、生中継でデュバルへと送られる為、一切の編集が出来ない。その為、聖堂の模型を使って、今日までしっかりリハーサルをしてきたそうだ。
デュバルの皆も、見てくれてるかな。
花婿のヴィル様はまあ……いつも通り格好いいよ。フロックコート姿は、見慣れていないからちょっと不思議な気がしたけれど。
普段は少しルーズに結っている髪を、今日はきっちり根元付近で結っている。
実はヴィル様の髪にも花を飾るかと計画したんだけど、ご本人に一蹴されてしまった。残念。
そういえば、今日の参列者、「上司」 枠で王太子殿下もいらっしゃってるんだよなあ。こちらとは反対の席なので、ちょっと探しにくいけれど。
ロア様はまだご公務を再開してらっしゃらないので、欠席。王太子殿下一人での参加だ。あ、いた。
殿下も最近髪を伸ばしているのか、ヴィル様と似たような感じに結っている。服装は控え目なデザインの礼装。ここで目立つわけにはいかないもんね。今日の主役はリラとヴィル様だ。
式は無事に終了し、一旦戻って休んでから、結婚祝賀の舞踏会だ。場所はコレドンホール。貴族の結婚舞踏会でよく使われるホールだ。
コレドン伯爵という人が、私財を使って建てたホールで、多目的に貸し出している。確か、木材で財をなした人だったかな。
そのせいか、コレドンホールの内装には木材が多用されている。しかも古い木材なので、かなりいいものが使われているんだとか。
私もコーニーも着替えて舞踏会に参加だ。男性はそのままで構わないから便利よねえ。
「あら、つまらないと思うわよ?」
私の呟きを訊いていたコーニーが返してくる。
「着替えは大変だけれど、式と同じドレスで舞踏会に出たいとは、私は思わないわ」
「あー、まー、女性はそうかもねー」
何せドレスの色柄形、どれをとっても男性の礼服よりもバリエーションがある。
男性は悩まなくて楽だけれど、選択の幅はないわな。女性は逆に選択の幅がありすぎて、悩む事になる。
「あ、レラ。主役達の登場よ」
コーニーの視線の先を辿ると、確かにヴィル様にエスコートされたリラがいた。
この日の為に、前々からホームエステで磨いていた肌はツヤッツヤだ。髪もさらさらで、この出来にはヘレネも満足だろう。
彼女、船の仕事を終わらせた後、毎日のようにリラの元へ来て美容のあれこれをしていたから。
付けた名前のせいなのか、ヘレネの美に対する入れ込みようはすさまじい。また、カストルやポルックスが面白半分に彼等の前の主の情報を吹き込むものだから、今やヘレネの美に対する執念は留まるところを知らないようだ。
おかげでリラがとても綺麗になったからいいんだけど。ついでに私のお肌までぷるっぷるのツヤッツヤだ。
途中からコーニーもこのエステに参加しているので、彼女の肌もさらに磨きが掛かっている。隣のイエル卿も喜んでいるようだ。
婚約者が綺麗だと、そりゃ嬉しいよねえ。
ちなみに、本日のドレス、久しぶりにコーニーと揃えてみた。コーニーも最近気に入ってよく着ているマーメイドタイプのドレスで、シンプルなラインのものだ。
でも、そこはマダム作。よく見ると細かい技術が光る。タックやドレープを巧みに使って流れるようなラインを作っているのだ。
その為、柄や刺繍を入れずとも、美しい仕上がりになっている。おかげで女性の視線を集めているよ。
いや、今日の主役はホールの中央で踊っている二人ですから。私達は添え物ですからー。
リラの結婚式で、私がずぶ濡れにしたハンカチの枚数、三枚。
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