第407話 楽しい旅行のススメ

 リラとヴィル様の結婚式が、目の前に迫っている。当然リラも、毎日忙しそうに走り回っていた。


「リラー、式が終わるまで、そっちに集中していてー」

「そうするー!」


 いつもなら、仕事が回らないのなんのと言って執務室に居続けるのに、今回は素直に従っている。それだけ、この時期は式の準備で花嫁も忙しいのだ。


 私も一応経験者、その辺りはよくわかっているよ。だから安心して準備に集中してもらいたい。


 そして、リラが執務室周辺からいなくなったのを見計らって、ヤールシオールとこっそり悪巧み。


「試作品が出来上がってきましたわ」

「どれどれ……おお、いい感じ!」


 ヤールシオールが見せてくれたのは、陶器の人形。男女が手を取り合って踊っている姿を模していて、とても美しい出来上がりだ。


「それとなくヴィル様とリラに似せているのが、またいいねえ」

「工房の中でも、特に腕の立つ職人に作らせましたもの。で、こちらがイエル卿とコーネシア様用の人形ですわ」

「どれどれ……うん、こっちもいい出来」


 目の前には、二組の陶器の人形が並べられている。コーニーの方も、二人に似せて作ってあった。


 これは、それぞれ結婚式のプレゼント用に、特注で作ったもの。サプライズ、喜んでもらえるかなあ。


「これで評判がよければ、受注生産に入れますわね!」


 ヤールシオール的には、商売面も半分入っているらしい。きっと披露宴に当たる祝賀舞踏会では、これを売り込みにかかるんじゃなかろうか。


 売り込みといっても、さりげなく話題に出す程度なんだけど。それで相手が食いついてくれば、後日話を……と持って行く訳だ。こういうやり方は、見習いたいよね。




 リラが式の準備で忙しく走り回っているという事は、近い日程で結婚するコーニーも忙しい訳だ。


「なのに、うちに来てていいの?」

「いいのー。少しは息抜きしないとやってられないわよー」


 本日は王都邸の執務室での仕事だったんだけど、その王都邸にコーニーが逃げ込んできた。


 どうやら、式の準備が大変過ぎて、逃げてきたらしい。たまの逃避くらいは、いいよね。


 という訳で、私もちょっと仕事から逃げて、コーニーと一緒にコーヒータイム。シャーティの店から届けてもらったケーキと一緒に、奥の庭で二人でおしゃべりだ。


「覚悟はしていたけれど、本当に目が回りそう」

「大変だよねえ」


 わかるわかるー。丸投げしようと思っても、花嫁本人がやらなきゃいけない事って、割と多いんだよねー。


「お母様は、よく二つも同時に引き受けたわよね……」

「あー……ね」


 さすがシーラ様としか言えない。ただでさえ子供の結婚式の準備って、母親にとっては大舞台だ。


 それを、ほぼ同時に二つもこなすなんてなあ。


「いくらロクス兄様で経験があるからって……ねえ」

「そこは、さすがシーラ様って言っておくよ」

「私がお母様の立場になった時、ちゃんと出来るのかしら……」


 どうにも、コーニーの口からは後ろ向きな言葉ばかりが出てくる。相当疲れているらしい。


 式が終わって一段落ついたら、温泉に招待しようかな。あ。


「そういえば、式の後リラ達には旅行に行かせようと思ってるんだけど、コーニー達もどう?」

「旅行? そういえば、レラも式の後は温泉街にしばらく逗留していたわね。私達にも、それを勧めるって事?」

「ふっふっふ、今回は温泉街だけじゃないんだなー」


 何せ、うちには船会社があって、クルーズ船もあるからね。とはいえ、まだ寄港出来る港は少ないんだけど。


 オーゼリアでは、結婚の後しばらく休暇を取る習慣はあるんだけど、新婚旅行という考えはまだ浸透していない。


 リラにはハネムーンと言えばイメージが通りやすいけれど、コーニーには通じないからなあ。


「結婚式の後は、大抵祝賀舞踏会を開くじゃない? 家によって規模は様々だけど」

「そうね。当たり前だわ」

「それと同じように、結婚したら夫婦で旅行に行くのが当たり前……にしたいんだ。新しい習慣というか」

「それを、レラのところの船で、という訳ね。いわば、私達はその為の宣伝役?」

「そういう事。どうかな?」

「いいわね。今日はイエルと夕食を一緒にする約束だから、そこで話すわ」


 色よい返事をお待ちしております。




 コーニーとの楽しい時間はあっという間に過ぎ、彼女を見送って執務室に戻る。


 ハネムーンと言えば南の島。南と言えば、小王国群。フロトマーロの港はまだ建設途中だけど、近場でリゾート開発出来る場所がないかなーと思って。


 リラとコーニーの新婚旅行には間に合わないかもしれないけれど、下見くらいは出来るんじゃないかなー。


 開発が済んだら、その時改めて旅行に行ってもいいんだし。何も新婚旅行だけでしか、南に行ってはいけないという訳じゃない。


 やっぱり、フロトマーロにもビーチ、作ろうかな……


「動きますか?」

「うーん……あんまり地形を変えるのもなあ」

「地形など、自然の力の前にはいともたやすく変わるものですよ」


 私は自然災害か何かかね? そりゃ地震やら海底火山の噴火やらで地形が変わるのは知ってるけどさ。


 さすがに崖を砂浜に変えるのは、違うんじゃないかと。


「開発不可能な崖ならば、問題ないのでは?」

「えー? そういう問題ー?」

「少なくとも、フロトマーロでは扱いかねる崖がいくつかありますから、そこを買い取ればビーチと景観の良いホテルや別荘を建てる事が出来ますよ」


 カストルの誘惑が凄い。崖からの海の眺望……いいなあ。


「では、ネスティを再びフロトマーロへ向かわせましょう」

「えええ!?」

「問題ありません。フロトマーロ側にも、利益があるようにしますから」

「そ……れでいいのか……な?」

「こういうのを、主様達の前の世界ではWin-Winと言ったのではありませんか?」


 本当に? 本当にそうなる?


 ネスティは、本当にあっという間に崖とその周辺の売買契約を、フロトマーロからもぎ取ってきた。素早い。


「以前あちらに赴きました時、港建設の現場に移動陣を敷いてきましたから」

「ああ、それで」

「対外的には、ため池関連の話の際に、今回の崖周辺の件もまとめたと言っておけば、問題ないかと」


 ない……のかなあ? まあ、フロトマーロ側としても、扱いかねていた土地が開発されて、税金という形でお金が落ちればいい……のか?




 崖の開発は急ピッチで進められる事になった。


「そんなに急がなくても……」

「開発完了まではお時間をちょうだいしますが、コーネシア様のお式が終わるまでには、二組の新婚旅行先としてふさわしく調えてご覧に入れます」


 ああ、うん。よろしくね。


 リラの結婚式が六月の頭、コーニーの結婚式が七月の頭。七月には私の誕生日があって、八月には狩猟祭だ。


 という訳で、二組の新婚旅行は九月、ジルベイラの結婚を終えてからという話になりそう。


 そのスケジュールを耳にしたリラから、一つ提案があった。


「だったら、うちとコーネシア様達だけでなく、ジルベイラさ……んのところも一緒に新婚旅行に行くのはどうよ?」

「いや、君達がよければそれでいいけどさ。ヴィル様達の意見も聞いておかないと」

「男性二人は文句言わないと思うわ」


 おお、式前に既に尻に敷いてる感じ? 何か安心出来るのは何故だろう?


「じゃあ、ジルベイラにも提案しておこうか」


 ジルベイラには携帯通信機を貸与している。いつでも連絡可能っていうのは、いいよね。


「て事で、式が終わったらリラとコーニーと一緒に、南の国に旅行はどう?」

『少し待っていただけます? いきなりの話で、理解が追いつきません……』


 そんなに難しい話、したかね? 式の後、三組で旅行に行ってきなよってだけなんだけど。


『いえ、それはわかるんですが……何分、身分が違いますし……』

「それをここで言う? リラはもちろん、コーニーだってジルベイラ達が同行する事に反対しないと思うよ?」


 何せ、コーニーも私と一緒でジルベイラとは子供の頃からの付き合いだ。


「あ、ゼードニヴァン子爵には、私から話しておくよ?」

『ええええ!? いえ! 私から話しますから!!』


 そう? 私からの方が、断れなくていいんじゃない? 雇い主としての圧を出すよ?

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