第406話 フルーツ万歳
フロトマーロに交渉に出していたネスティが帰ってきた。
「ただいま戻りました」
クールなネスティには珍しく、少しはしゃいだ笑顔だ。という事は。
「交渉は無事、まとまったようね」
「はい」
さすがネスティ。出来る子は頼りになるねえ。
ヌオーヴォ館の執務室で、話を聞く。
「こちらが、ため池設置に関する書類で、こちらがフルーツ栽培に関する書類です」
「ほうほう……ん? 土地、買ったの?」
「いえ、これは無償提供されたものです」
「無償?」
ただでくれたって事? またどうして?
フロトマーロって、がめついところはがめつかったよね? 港用の土地に関しても、ふっかけてきたし。
首を傾げる私に、ネスティが苦笑した。こういう表情も、出来るんだね。
「国内の街道を整備する話を、覚えてらっしゃいますか?」
「うん、もちろん。え……まさか、その謝礼代わり?」
「そのようです。場所はかなり荒れた土地ですから、フロトマーロ側としても、持て余していた場所のようです」
何だか聞き覚えのあるフレーズだな。荒れていても、うちの技術なら十分フルーツ栽培に適した土地に出来るでしょう。
「それと、今回汲み上げた水の量が量ですので、フロトマーロ側にもため池を一つこちらから提供する事になりました」
「そうなんだ」
そういった事は、ネスティにお任せしておいたので、問題ない。私としては、あの国でフルーツを栽培出来ればいいんだから。
こういうところを先回りしてあれこれ出来るのって、カストル達でないと出来ないんだよね。
かといって、カストル級をこれ以上増やしたいとは思わないけれど。どちらかというと、うちで人材を育てたい。
ため池をフロトマーロ側に渡すのは、問題ないんじゃないかな。何せあの増水した川から取水した水、大量にあるから。
収納魔法の中に入れてある水は、時間経過がないので腐る事もない。農業用水として、不要なゴミやら何やらはちゃんと取り除いてからため池に入れるようにしようっと。
フロトマーロの港は、建設が順調らしい。
「このまま工事が進めば、今年の秋には開港出来るかと」
「早いねえ」
本当、魔法様々だ。重機を入れたって、こんなに早く港が出来上がる事なんてないだろう。
フロトマーロの港は、レズヌンドのそれより深く大きい。何せうちのクルーズ船が停泊出来るのが条件だから。
もっとも、クルーズ船でフロトマーロに行く用事がそうあるかと言われると、ちょっと思いつかない。
あれか? フルーツ栽培が軌道に乗ったら、季節のフルーツ狩りとかのツアーを組むとか?
うっかり口に出しそうになって、慌てて手で押さえる。思いつきで何でも口にするなって、常日頃リラから口を酸っぱくして言われているからね。
こういうのは、もうちょっと落ち着いてから発言しましょう。
「ん? これ……」
「フルーツ栽培用の土地の地図ですね」
ネスティが言うように、手元にある書類には地図が付いていて、それはフルーツ栽培用の土地のものだった。
これ、港の土地のすぐ隣じゃん。だからタダで寄越したんだな?
でも、栽培したフルーツをすぐに船に乗せる事が出来るなら、ちょうどいいのかも?
それにしても、随分と広いよね……
「あの港の土地、フロトマーロ側にとっては本当にいらない土地だったんだね」
「そのようですね。ですが、その分栽培用の土地は無償で手に入れられましたし、栽培地から港までの道路を作る手間が省けます」
ネスティの言う通り。後は栽培するフルーツの種や苗を手に入れて、土壌を改良してため池を作り、水を確保してから栽培に着手……かな。
こうして考えると、やる事一杯だな。
「誰か、専任の者をフロトマーロに常駐させたいな」
「ネレイデスから選出しますか?」
うーん、それもありなんだけど……
「どこからか、フルーツ栽培に詳しい人を招けないかなーって思ってる」
でも、そういう人材捜しはうちでは厳しいんだよね。
となれば、頼る先は一つしかない。
「という訳で、果物の栽培に特化した人材、ください」
翌日、王宮に出勤するユーインと一緒に王宮に来た。行き先は、当然王太子殿下の執務室。
入ってすぐの私の発言に、室内にいた人達が固まった。
「……話が見えないのだか?」
さすがは王太子殿下といったところか。真っ先に口を開いたのは殿下だ。
「実は、フロトマーロで果物の栽培を始めようと思いまして。でも、うちの領には果物に詳しい人がいないんですよね」
トレスヴィラジの果樹園は、国内で栽培されている果物だけを選んでいるので、情報収集も何とかなっている。
でもフロトマーロで作りたいのは、国内どころかこの大陸にはない果物だ。
そうなると、さすがに栽培方法が手探り状態になるし、原産地からの情報だけでうまく作れるとも限らない。
こういうのは、専門の人に任せた方がいい。
「あ、年齢はいくつでも構いませんよ? ご高齢の方でも、指導してもらえれば何とかしますから」
「その人材を、どうして私が侯爵に渡さなくてはならないんだ?」
「飛び地」
「む」
「訳ありの場所、たくさん押しつけられましたよねえ? ついこの間も、本来だったら川の流域が水浸しになりかねないところを、飛び地も含めて救いましたよねえ? ご褒美くらい、ねだっても罰は当たらないと思うんですけど?」
川の流域というのは、誇張表現だ。でも、そうなる可能性はあった。あの時の雨量は、カストルに言わせると記録的なものだそうだから。
それを知ったから、感謝状を送ってきた家があったんだろうね。どうやって雨量を調べたのかは、謎だけど。雨量計でも置いてるのかな?
大分盛った私の言葉に、殿下が軽く肩をすくめる。
「なるほど。そういう事なら、人材を探そう。しばし待て」
「ありがとうございます」
よし、これで専門家をゲット出来る!
土地の用意、水の用意、栽培する人の用意は出来た。後は種と苗を手に入れるのみ。あ、栽培方法もね。
では、それらをゲットする為にも、ネレイデスと戦闘メイドに旅立ってもらおうではないか。
ちなみに、戦闘メイドのシリーズ名……そんなものがついてるんだ……はオケアニスだそうな。戦闘サーバントはヒーローズだって。
「じゃあ、よろしくね」
「お任せ下さい」
ネスティよりは幾分硬い表情のネレイデス……アレトゥーサ、イアナッサ、エウアゴレの三人は、オケアニス三人を連れてこれから他大陸へ向かう。
ちなみに、この他大陸はベクルーザ商会が出来た大陸ではなく、別方向のもの。
位置のイメージとしては、太平洋のど真ん中に浮かぶ大陸がオーゼリアのある大陸で、ベクルーザ商会が出来たのは北米大陸。
これからネレイデスが向かうのはユーラシア大陸だ。それの、東南アジア付近。
カストルによると、以前に興った文明が滅んで、もう一度最初から文明を築いている最中の場所……らしい。
ネレイデスを見送った後、ヌオーヴォ館の執務室で彼女達が向かった場所の説明を、カストルから改めて受けている。
「魔力持ちはいますが、魔法技術まで発展していませんね。ヒステリーのように力を発揮する者が希に出る程度です」
「へえ。でも、魔力を持っているのなら、訓練次第では魔法を使えるようになるんじゃない?」
「その才能を持つ者は、魔力持ちが一千人いたら一人見つかる程度ですね。大抵は術式として発動させられません」
そうなんだ。オーゼリアにいると、魔法は身近な存在に感じるけれど、意外とそうでもないんだね。
そういえば、ガルノバンには魔力持ちがほぼいないって言ってたし、ギンゼールもそうだった。トリヨンサークも……って、あれ?
「この大陸でも、オーゼリアだけが魔法を使えるって事?」
「そうなります。おそらく、他の大陸を見ても、これ程魔法技術が発達した国は他にないでしょう」
おおう。今更だけど、オーゼリアに生まれてよかった。
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