第405話 霧が晴れる

 ネスティがフロトマーロへ行くのは、戦闘メイドが出来上がってからになっている。


 ネスティは能力劣化型ではないので戦闘能力があるけれど、単身で乗り込むよりは数を揃えた方がいいだろうという意見があってだね。


 そして、本日魔の森中央の研究所へ戦闘メイド達を作りに行っていたカストルが帰ってくる。


 いつもと同じように、ヌオーヴォ館の執務室にて仕事中、彼は帰ってきた。


「ただいま戻りました」

「ああ、カストル、お帰……り……」


 カストルの背後には、大量のメイドのお仕着せを着た少女達と、従僕のお仕着せを着た青年達。


 待って。あれ、全部戦闘メイドアンド戦闘サーバント? メイドの方が数が多くね? じゃなくて。


「……男性型がいるのは、どうして?」

「はて、ポルックスから、戦闘サーバントも作る許可が下りたと聞きましたが……」


 ポルックスウウウウウウウウウ!


「てへ」


 てへじゃねえ!


 ポルックスの先走りで、戦闘サーバントまで出来上がってきました。いや、作ったものはしょうがない。どうせどこかで使うでしょう。


 それにしても、戦闘メイドが全て少女ってのは、どうなんだろうね?


「少し幼い見た目の方が、敵を騙しやすいかと」


 はっきり騙すとかゆーな。でもまあ、カストルの言にも一理ある。戦闘特化である以上、敵の目を騙す外見も大事かもね。


 にしても、今回も人数多いな!


「メイドは五十八人、従僕は三十一人です」


 全部で八十人越え! ネレイデスと同じくらいの人数?


 でも、元々は戦闘能力のないネレイデスを護衛するために作ったんだから、人数がとんとんくらいじゃ少ない……のか?


「護衛がいらない場所もありますから、この人数で回せるでしょう。足りなくなったら、また作りにいきます」


 そうね……そうしてください……何か、負けた気分。




 何に負けたのかよくわからない気分になったけれど、とりあえず戦闘メイドが出来上がってきたので、ネスティにフロトマーロへ向かってもらう事にした。


「じゃあ、よろしくね」

「お任せ下さい」


 ヘレネと同じ顔形なのに、やはり表情というかベースの性格のようなものが違うからか、まったく違って見える。いや、別個体なんだから当然かもしれないけれど。


 ヘレネは愛想のいい、可愛らしいタイプの子。ネスティは出来る女って感じ。クールビューティーというか。


 ネスティを送り出した後、ヌオーヴォ館の執務室でそんな事を口にしたら、リラが同意してきた。


「あの二人、メイクも変えてるものね」

「え? そうなの?」

「え……気付かなかったの?」


 気付いてませんでした。えー? 気付かなきゃ駄目ー?


「一度、ヤールシオール様に講義してもらいましょう」

「マジでー?」

「てか、今までメイクはどうしてたのよ?」

「ええと……メイド任せ?」


 答えたら、リラが大きな溜息を吐いた。幸せが逃げちゃうぞ?


「誰のせいだと思ってんの!?」


 えええええ。私のせい?




 結局、ヤールシオール他何人かと一緒にメイク講習を受ける事になりました。


 いや、メイクの世界も奥が深いわ。それに、ライン一本で印象って変わるんだねえ。口にしたら、またリラに溜息吐かれたけれど。


 とりあえず、次社交行事に出る時には、頑張ってみる。


「直近の行事は、エヴリラさんの結婚式ですわね」

「あ、そっか」

「う……」


 もう来月ですよ。時間が過ぎるのは早いねえ。なんだかんだやっていたら、あっという間だ。


「ご当主様のお衣装も、出来上がってるのでしょう? 今のうちに、化粧の色味だけでも決めておいた方がいいのではありませんこと?」


 備えあれば憂いなしって言うから、ヤールシオールの助言に従っておく事にしよう。


 ところで、リラ、顔色が悪いけれど、大丈夫かい?


「本番が近いと思うと、緊張して……」

「ああ、マリッジブルーみたいな」

「何ですの? そのまりっじ……っというのは」


 いけね。ここにはヤールシオールもいたんだった。ええと、確か……


「式を前にして、花嫁が憂鬱になる症状……かな」

「ああ……わかりますわ」


 ヤールシオールは、私の説明を聞いてうんうんと頷いている。そういえば、忘れそうになるけれど、彼女は結婚経験者だった。


「ヤールシオールも、式前に憂鬱になったの?」

「そうですわね。思えば、あの時に結婚自体をとりやめておくべきでしたわ。色々と見えていましたのに……!」


 お、おう。拳をギリギリ握りしめる彼女は、思い出し怒りをしているらしい。これ、吐き出させた方がいいかな?


「ヤールシオール様、そこのところを詳しく」

「エヴリラさん、そろそろ私への敬称も改めた方が……まあ、今言う事ではありませんでしたわね。いいでしょう! 一応の経験者として、私の体験談をお話ししますわ!」


 ヤールシオールの宣言に、わーと言って手を叩いているリラ。


 いや、失礼な言い方になるけれど、ヤールシオールは結婚に失敗した人だよ? いいの?


「ご当主様、ご心配なく。人は失敗談からも学ぶ生き物ですわ」

「へあ!?」


 え? 待って? また口から考えが漏れ出てた?


 慌てて口を押さえた私を見て、ヤールシオールが笑う。


「そのくらい、私でもお考えが読めましてよ」


 おおう、申し訳ない……




 ヤールシオールの体験談は、そりゃもう凄かった。


 旦那になる人の娼館通いだけが、離婚の原因じゃなさそうだ。


「いくら母親が式の準備万端調えるとはいえ、実際に結婚するのは私ですよ? 花嫁となる者の意見は尊重されるものなんです。なのに、あの姑ときたら!」


 ヤールシオールのところは、嫁姑問題もあったってさ。地獄じゃね?


「表向きは私の意見も取り入れるように見せかけて、『やはりあれでは駄目だったわ。ほら、我が家の家格的に……ね』と薄笑いを浮かべるんですのよ! 何が家格ですか! 爵位が下の我が家からの援助がなければ、明日食べるパンすら心配しないといけないような貧乏伯爵家が!!」


 話しているうちに、エキサイトしてきた。これは、止めた方がいい? リラを見ると、こちらも興奮していて、とても意見が聞ける状態ではない。


「式の費用も我が家が出す事になっていましたから、なるべく予算内に納めようと忠告しましたのに。それをことごとく家格がー家格がーと高いものに変えていくあの浅ましさ! 家格なんて、とっくの昔に落ちていますのにね。挙げ句の果てに、嫡男がアレですわ。今頃あの家、凋落の一途でしてよ」


 最後はせせら笑って終わりだ。いや、色々ありましたな。


 とはいえ、リラに今の話は当てはまらんね。何せ、結婚相手はあのヴィル様だし、姑になるのはシーラ様だ。


 話し終えたヤールシオールは何やらすっきりした表情をしている。


「とまあ、私の結婚は最初から破綻が見えてましたのよ。エヴリラさんの場合は、そんな事はないでしょう?」

「ええ……まあ……」


 あれ? 歯切れが悪いなあ。何か心配事?


「何です? 不安があるなら、今のうちに吐き出しておきなさいな。後で大きな問題になったら、それこそ困りますわよ?」

「ええと……私やアスプザットの方々、ウィンヴィル様ご本人に関する事ではないのですが……」


 って事は、周囲の人間? 私じゃないよね? 思わず無言のまま人差し指で自分を指してみると、リラが緩く笑った。


「あんたじゃないわよ。……覚えてるかな。狩猟祭で、私に食ってかかってきた人がいたの」

「ああ、あの不躾な人? 確か、未だに実家から婚家に戻っていないんじゃなかったっけ?」

「戻れませんでしょう。私は聞いただけですけれど、あんな恥をさらしては、婚家も実家も持て余して当然ですわ」


 ですよねー。既婚者なのにも関わらず、これから結婚する独身者の邪魔をしようとしたんだもの。


 それも、自分が憧れている男性が結婚するなんて嫌だから。そんな身勝手な理由で。そりゃ旦那も呆れるよね。


「つまり、リラは周囲から自分がヴィル様に似合っていない、と思われるのが嫌なの?」

「嫌というか……政略とはいえ、このまま結婚していいのか、ちょっと迷っちゃって……」


 なるほどね。多分だけど、これが恋愛結婚だったとしても、リラは悩んだんじゃないかな。問題は、ヴィル様の方にないから。


 根本原因は、リラの自信のなさ。自己評価が低いって言うのかな。ただ、周囲がいくら言っても、この手の問題って解決しないし。


 どうしたものかと悩んでいたら、ヤールシオールがばっさり切り捨てた。


「何を迷う必要がありますの? エヴリラさんが仰ったように、あなたの結婚は政略でしてよ? あなたという駒を、デュバルから切り離さない為に」

「え?」


 あれ? リラがびっくりしてる。ヤールシオールは構わず続けた。


「お相手があのウィンヴィル卿になったのはちょっと驚きましたけれど。それでも、余所に嫁がれては困るから、あの方なんでしょうね。ともかく、アスプザットもユルヴィルも、もちろんデュバルも、あなたをご当主様の側に置いておく事には大賛成ですわ」


 ありがたいんだけど、そうなの? 知らなかったわ。リラを窺うと、こっちもわかってなかったらしい。頭の上に、一杯クエスチョンマークが浮かんでいるのが幻視出来る。


「え……待って、ユルヴィルとアスプザットの繋がりを強化する為……じゃないんですか?」

「必要ございません。現在のユルヴィル家当主はご当主様の兄君ですし、その夫人はあのコーシェジールですのよ? デュバルとの繋がりが強固な以上、アスプザットとの繋がりも強固と思って間違いございません」


 確かにね。私自身がアスプザットとの繋がりが深い。何せ今代の当主夫妻は子供の頃からお世話になっている人達だし、次代の当主夫婦は私から見ると幼馴染みと友達のカップルだ。


 連絡もまめに取っているので、この関係が切れる事は私の代ではないでしょう。次代も……まあうちに子供が生まれれば、今度は子供も含めた付き合いが始まるだけだ。


「エヴリラさん、納得いっていませんわね?」

「はい……」

「あなたはご当主様の側に、なくてはならない人なんです。これは、ご当主様ご自身だけでなく、デュバルの執務に関わる人間全ての総意ですよ」

「え? そうなの?」


 いや、これはさすがに驚くでしょう。リラは確かに私の側にいてくれないと困る人材だけど、周囲もそう思ってたなんて。


 私の反応に、ヤールシオールが溜息を吐いた。


「こういう方ですから、あなたが側にいないと駄目なんですのよ。おわかりいただけまして?」

「ああ……はい、何となく」


 待って! そこ、何で二人だけでわかるような会話をしてるの!?


「つまり、私はこの人と他人との橋渡し役という事ですよね?」

「その通り。さすがはエヴリラさんですね」

「ああ……何か納得出来ました。そういう事なら、確かに私がうってつけなんだ……」

「ウィンヴィル様も、あのご年齢にお立場ですから、いつまでも独身という訳には参りません。何より、周囲がうるさいでしょうから。だからこそ、あなたという存在は貴重なのですよ」

「ウィンヴィル様の仕事を邪魔せず、かつ国にとっても重要なデュバルの中枢で当主と他人との橋渡しが出来る……ああ、凄い納得した」


 ねえ、待って。どうして一人で納得した顔をしてるの? リラ。私、全然納得出来ないんですけど!?


「色々わかってすっきりしました! ありがとうございます、ヤールシオール様」

「まあ、私、大した事はしておりませんよ? それと、そろそろ敬称を――」

「考えたのですが、デュバルにとってロエナ商会はかなり重要な商会ですよね?」

「え? ええ。自分で言うのもなんですが、領には貢献していると自負しておりますわ」

「その商会を束ねる会頭なのですから、やはり敬称は必要かと」


 リラの言葉に、ヤールシオールは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。でも、すぐににやりと笑った。


「さすがですわね、エヴリラさん。そういう事でしたら、もう何も申しませんわ」

「ありがとうございます」


 何故か二人だけでうふふおほほと笑い合っている。


 私一人置いてけぼりなんですけど。

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