第404話 動く時は一気に動く

 水害地域から汲み上げた水は、フロトマーロに持って行ってため池を作る。農業用水としてなら、十分使えるから。


 で、当然その辺りをフロトマーロと交渉しないといけない訳よ。


「行かなきゃ駄目かな?」

「今回はネスティを行かせましょう。交渉事は、彼女が得意です」


 うん、暗に「あんたは交渉事が苦手だから」って言われた気分。いや、カストルはこういう口調じゃないけれど。


「心外ですね。主様は交渉に長けていると私は思っておりますよ」

「……本当に?」

「ええ。最後には圧倒的魔法の力で相手をねじ伏せられるのですし」

「それ、交渉って言わないから!」


 ただの脅迫じゃん!




 それはともかく、ネスティにはフロトマーロ側とお話し合いをしてきてもらいたい。


「承知いたしました。ため池とフルーツの栽培開始。この二点でよろしいですか?」

「うん。それでいいと思う」

「主様、ついでにフロトマーロ内に街道を整備する事を提案したいと思います」


 お、ネスティが自ら提案とは。


「その心は」

「フルーツを栽培しても、港までの輸送路が不安定では問題があるかと。後々水を売りに周辺国へ向かうのでしたら、そちらへの街道も整備しておいた方がいいと愚考いたします」


 ふむ、一理ある。


 うちは余所の家と違って、移動陣をバカスカ使い放題使っている家だ。そろそろ双方向は使えませんって建前も、崩れそうなほど。


 だからといって、あのバカ高い使用料を毎回支払えるのなんて、王侯貴族でもごく一部だけだとは思うけれど。


 ともかく、使えるものは何でも使う主義だけれど、表向き街道を整備しておくのはいい手だ。


 港やその周辺の土地を買った事で、やっかみや妬み嫉みを受けかねない。今も、あるかもしれないし。


 そういった感情を逸らす為にも、自分達の利益追求だけでなく、社会貢献もしていますよーと見せつけるのはいい手だ。


 特に街道なんて、生活に直結するものだしね。


「わかった。じゃあ、それも一緒に交渉してきて」

「承知いたしました」


 やー、こういう時任せられる人材がいるって、素敵よね。




 他の大陸や島へ、フルーツを探しに行く旅に出るネレイデス達。彼女達用に、小型のクルーザーを用意した……らしい。


「いつの間に……」

「ネレイデス達を行かせるのに、クルーズ船を使うのはコスト的にどうかと思いまして」


 よりコストが低い船をわざわざ造った……と。それもどうなんだ? まあいいけれど。


「ネスティがフロトマーロへ向かうのも、これと同型の船を使います」

「そうなの?」

「今回、彼女一人での行動ですから」


 え。護衛すら付けないんかい。


「必要ありませんよ。ネスティは我々と同程度の戦闘能力がありますから」


 そうだった。ヘレネとネスティは劣化版じゃないんだっけ……


 あれ? って事は。


「カストル、ネレイデスって、戦闘能力はあるの?」

「ありませんよ。魔法はごく初歩的なものは使えますが、攻撃系ではありませんね」

「……フルーツ探しに出す時に、護衛がいた方がよくない?」

「では、かねてから話題に上がっていた戦闘メイド、作りますか?」


 う……そうくるか。でもなー、戦闘能力のないネレイデスが厄介事に巻き込まれたら大変だし。


「よし、わかった。戦闘メイドの制作、許可します」

「ありがとうございます」


 何故、カストルに礼を言われるんだろうね?




 現在、カストルは私の側で色々と補佐的な仕事をしている。ポルックスは主にデュバル領で私が気付かない部分を補ってくれている。


 ヘレネは基本船の上。彼女はその能力で複数の船の船長を務めている。最初は接客をまとめる担当だったんだけど、全体を見るなら船長の任に就けた方がいいというリラからの提案を受けて、船長に就任した。


 ネスティはポルックス同様デュバル領にいる事が多く、今ではジルベイラが担っていた事務方トップの地位にいる。


 で、彼女に地位を追われた形のジルベイラは何をしているかというと……


「結婚!?」

『はい。レラ様の許可が頂きたく……』

「いや、許可とか必要? あ、一応雇用主だから報告はしてほしいけれど……って、今受けてるか。ともかく、おめでとう! 相手はゼードニヴァン子爵よね?」

『はい!』


 通信画面の中のジルベイラは、綺麗な笑顔を見せた。おお、あの仕事の鬼のジルベイラが……感慨深いのう。


 ジルベイラはペイロン伯爵家の分家とはいえ、男爵家の娘。子爵位を持つゼードニヴァン子爵とは釣り合いも取れていい。


 年齢はちょっと離れてるかな? まあ、一応貴族同士の結婚だから、ちょっと離れていても問題ないない。


 何より、ジルベイラがこんなに喜んでいるんだから、いっか。


 式は十月を予定していて、それまでに子爵はジルベイラの実家ゲーアン家への挨拶も済ませなくてはならない。


『ペイロンとデュバルの間に列車が通るようになりましたから、実家へ行くのも楽です』

「あれ? もう出来たんだっけ?」

『ええ。デュバルとペイロン、アスプザットを結ぶ路線は優先的に工事したと聞いていますが……』


 そういや、そんな指示を出したような気がする。ともかく、めでたい話だ。




 そんなめでたい話の後に、何故か不思議な話が舞い込んできた。


「ロイド兄ちゃんが、うちに来る?」

『ええ。私も聞いて驚きました』


 通信の相手はジルベイラ。昨日、彼女の結婚を祝福したばかりなんですが。


 何でも、ロイド兄ちゃんの実家、ペイロン伯爵家分家筆頭のクインレット子爵家から直接ジルベイラに連絡が入ったんだって。


 理由は、人材交流。


「って事は、うちからも誰か出すって事?」

『今のところ、候補に挙がっているのはシズナニルさんとキーセアさんです』


 あの二人か。地味だけど堅実な仕事をこなす二人は、デュバル領でしっかり自分達の地位を築いているらしい。


 たまにリラとは通信で連絡を取ってるそうだよ。私は? ねえ私は?


 まあ、忙しくあちこち飛び回っているから、捕まらないってのは、あるんだろうね……


 とりあえず、本人達に確認して、行ってもいいって事になったら、ロイド兄ちゃんと入れ替わりで二人をペイロンに送ろうか。


「あの二人は家族が一緒だけど、家族もペイロンに?」

『いえ、先日も申しました通り、列車で片道一時間掛からず行けますから。ペイロンに行くと言っても、通いで問題ありませんよ』


 通勤列車が爆誕するのか。でもまあ、今なら利用者が少ないから確実に座れるもんね。辛くはないかも。


 通勤ラッシュは、人の心を壊すよ……


『レラ様? どうかなさいましたか?』

「あ? ああ、何でもないの。ええと、シズナニルとキーセアの両名が行ってもいいって言ったら、話を進めて」

『承知いたしました』


 にしてもロイド兄ちゃんがうちにねえ。


 兄ちゃんの家、クインレット家はペイロン伯爵家の分家筆頭で、当然ロイド兄ちゃんはその跡を継ぐ。あの人、嫡男だから。


 一時はけじめとかなんとか言って、私との距離を取ろうとしていたけれど、そんな事させるかっての。ロイド兄ちゃんはロイド兄ちゃんだし、私は私だ。


 とはいえ、クインレット家はペイロンの名に恥じない脳筋の家。その跡継ぎが、デュバルで何をするつもりなんだろうね?




 カストルが、魔の森中央の研究所へ向かった。理由は、戦闘メイドを作る為。今度はどんな子達を作ってくるんだろう?


 カストルが不在の間、ポルックスが代理で私の側にいる。


「主様ー、僕達みたいな男性型も、もう少し欲しいと思わないー?」

「んー? うーん、今はいいかな」


 何せデュバルは働く女性が多い。どうしても、女性の姿をしている方が、彼女達とのやり取りがスムーズにいくんだよね。


 各会社や店に入っているムーサイやネレイデスがいい例だ。


 ただなあ、対外的な交渉の場では、男性の方がスムーズに行くのも、確かなんだよねえ。


「お飾り的な存在として、ネレイデスの下に付ける?」

「なら、戦闘メイドならぬ戦闘サーバントはどう?」

「それ、ただの護衛じゃないのかね?」

「ちっちっち、わかってないなあ主様」


 ポルックスは、顔の前で人差し指を横に振る。どうでもいいけど、イラッとくる顔と仕草だね。殴っていい?


「殴っちゃ駄目ですう。護衛でいいっていうのなら、戦闘メイドだっていらないじゃない。女性騎士でいいんだから。普段は使用人、その実凄腕の戦闘職ってのがいいんじゃない」

「……そうなの?」

「私に振らないで」


 気配を消していたリラに問いかけると、何だか嫌そうな顔で返された。酷くね?


「という訳で、カストルに連絡して男性型も作らせましょー!」

「それはまた今度ね」

「えええええ」


 不満そうにすんな。戦闘メイドの運用だって、どうなるかまだわからないのに。

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