第403話 使い切っちゃった

 感謝状を出した七つの家。それらは全てスゼーキア流域の家だ。つまり、本来なら今年水害が出た可能性が高い領地を持つ家って事。


 もちろん、スゼーキア川流域には他にもいくつもの領地がある。上流にも、下流にも。


 水害が出るほどではなくとも、川が増水する年は水難事故が多発していたそうな。渡し船が転覆したり、橋が流されたり。


 そうした事が、今年は一件も報告されていないらしい。もちろん、うちの飛び地で増水した水を全てくみ取ったからだ。


「で、今年に限って水害や水難事故が起きない原因を探らない家はまずアウト、探った結果我が家の飛び地での対策が原因だったとわからなかった家もアウト、探り当てた結果、我が家に感謝状を出す程度の気遣いも出来なかった家はさらにアウト」


 指折り数えるようにして、アウトな面を上げていく。リラが私の言葉を聞きながら、手元の書類に目を落とした。


「そうして篩いにかけられた結果、残ったのがこの七つの家って訳ね」

「これらの家とは、ある意味安心して付き合えるって事だからね。他の流域の家とは、距離を置くべきだと私も思う」


 出来る事、やるべき事をやらない領主は、信用ならん。


 別に配下の人間が動いてもいいんだよ。最終的に、一番上の領主がうちへ感謝状を出すって判断をするのなら。


 感謝状なんて、たかが手紙一通だ。謝礼を出す訳じゃないから、金がもの凄くかかる訳じゃない。


 感謝状を出したら、費用を請求されるかも、なんて考えるのは愚の骨頂。貴族が他家にそんな事をすれば、恩の押し売りとして請求した側の評判が落ちる。貴族って、評判が落ちると大変な事になるからね。


「これ、他の水害が起こる飛び地の周辺でも、同じような事になるのかしら?」

「なるんじゃない? 殿下は『篩いにかけられた』って仰ってたし」


 多分、感謝状が王宮に届くのも見越しての発言だよね、あれ。


 うちに直接届けるよりは、誰かわからないけれどこれこれこういう事があったんで、該当する家があるようなら、どうかこの感謝の気持ちをお伝えください、って内容だったもん。


 一度王宮を通すと、それが相手の家の功績になりやすい。確実になるとは言わないけれど、まあやった事を王家に知ってもらいやすいってくらいかな。


 今回で言えば、私は自領となった飛び地の水害を未然に防いだだけでなく、スゼーキア川流域の水害をも未然に防いだ事になる。


 何せ、水が溢れたり堤防を壊したりする前に、水そのものを減らした訳だから。


 これが自領の分だけ堤防を強化したり、高くしたりってしていたら、別の場所で洪水が起こっていたかもね。それらも丸っとひっくるめて対策した訳だ。


 そりゃあ、調べて対策の内容がわかったら、感謝の意を示してお近づきになっておこうかなって思っても、不思議はない。


 七つの家が揃いも揃って同じように王宮に感謝状を送った辺りにちょっと裏を感じるけれど、それは七つの家が手を組んでいると思えば納得出来る。


 別に、同じ川の流域に領地を持っているから、やばい時には手を組もうよっていう集まりが出来ても、いいと思うんだ。水害は本当に厄介だから。


 ただ、スゼーキア川に関しては、この先水害は起こりにくくなるだろうね。うちで増水した分の水を全て取水するから。


 他の飛び地に流れる川の流域も、似たようなものかなー。だからといって、感謝状を出そうが出すまいがうちは関知しない。


 ただ、持ちつ持たれつが出来る家は歓迎するよ? いくらなんでも、デュバルだけで立っていられる訳でもないんだから。




 湿地帯の工事が始まった。ちょうどこれから王都周辺は暑くなる時期。あのまま湿地帯に水トカゲがいないまま放置していたら、虫の害が酷くなってたかもね。


 水トカゲがいる間は、虫の卵も彼等の餌に含まれるそうなので、増えようがなかったんだってさ。


「湿地帯の水を抜いちゃえば、虫の害も増えないでしょ」

「運河を張り巡らせますから、そこに産卵されると――」

「駆虫しましょう! 分室に、駆虫用の術式を作るよう、指示を出す!」


 虫が増えるのは許しません。




「という訳でニエール! 運河で虫が発生しない術式作って!」


 翌日、早速デュバルにある研究所分室へと通信を繋げる。画面の中のニエールは、怪訝な顔だ。


『いきなり何ー? その術式』

「運河を作るのよ! でも、そこに虫の卵があると大量発生するから、孵化する前に卵を殺す!」

『うん、よくわからん』


 何でわからないんだよう! 蚊とか大量発生されたら、衛生的にもよくないんだからね! 疫病とか流行したらどうするのさ!


『うん? 何? ……うん……うんそう。……そうなの?』


 何をごそごそ言い合ってるんだ? 画面からフレームアウトしている所に、人がいるらしい。その人とやり取りをしているっぽいんだけど。


 ややして、ニエールがこちらに向き直った。


『レラー、何とかなりそうよー』

「マジで!?」

『要は、虫の卵が孵る温度にならなきゃいいんでしょ? 運河の水温を上げるか下げるかすれば大丈夫っぽい』

「じゃあ下げる術式で!」


 温度を上げると、蒸し暑くなりそう。王都付近って、デュバルよりも南に位置しているせいか、気温が高いんだよね。


 しかも、作る街はヴェネチアの偽物だ。水路を張り巡らせるんだから、そこの水温を上げたら街全体が蒸し風呂になるわい。


 とりあえず、無事に発注出来たからいいや。後は出来上がりを待つのみ。




 湿地帯は、運河が張り巡らされた「水の都」に大変身する。


「こちらが、工事の計画です」


 カストルが王都邸執務室の中央で、空間に投影した動画はアニメーション風の絵で湿地帯の工事をどう進めるかを表すものだ。


 まず、当初の予定通り湿地帯に流れ込む川を一箇所でまとめ、湿地帯の周囲に仮で作る運河に流し、海まで続くツアネル川へ接続する。


 これにより、湿地帯全体の水を抜くのだ。


 水を抜いた後は、建物の土台と運河の基礎を作っていく。この辺り、本家ヴェネチアとは大分違うね。大体、あっちは海でこっちは内陸だ。


「今なら地下道を作る事も可能ですが」

「作っておきましょう。上下水道用の地下道もほしいし」

「承知いたしました」


 地下道は運河の更に下、底から二十メートルは下に作る。運河の水がしみ出さないように、しっかり作らないとね。


「それと、ニエールから害虫駆除用の魔道具の設計図が届いているから、運河に設置するのを忘れないように」


 今朝、移動陣で送られてきた魔道具は、見た目普通のタイルのようだ。中央に高圧縮型魔力結晶がはまっていなければ、魔道具と思わなかったかも。


「これ、一定範囲の水温を一挙に氷点下近くまで下げるんだっけ?」

「うん」


 リラが興味津々にタイル……じゃなくて魔道具を見ている。魔道具は発動すると、一定時間経過と共に自動で動き続ける。魔力結晶の魔力が切れない限りは。


 この高圧縮型魔力結晶、魔力の充填はカストルが魔の森の中央研究所へ持っていって行っている。


 そうする事で、魔の森に集まる魔力を少なくし、氾濫の頻度を下げる、もしくは氾濫を起こさないようにする効果がある……らしい。


 まあ、こっちとしては多くのエネルギーをただで手に入れられるし、氾濫も少なくなるかなくなるかするんだから、大変ありがたい事だわ。




 湿地帯の工事が始まった。まずは川の流れを整え、水浸しの土地から水を抜く事。


 普通なら、これだけで年単位の時間が掛かりそうなものだけれど、人形遣いと人形達を大量投入する事で、わずか一月程度で終えるという。


「魔法万歳」

「何? いきなり」


 王都邸の執務室で思わず呟いたら、リラに訝しがられた。いやだって、万歳と言いたくもなるでしょうよ。


 工事で一番かかるのは人件費。それがかなり安く抑えられる上に、工期まで短縮出来るんだよ? 魔法様々だよ。


 飛び地の代官選出はカストルに任せているし、そろそろ湿地から出来るネオヴェネチアの代官も決めておかないとなー。


「ネレイデスで、ネオヴェネチアを任せる事が出来る子、いる?」


 誰がいいかはわからないので、素直にカストルに聞いてみた。


「難しいですね。出来れば、ヘレネかネスティ、もしくは彼女達と同等の能力を持った者でないと」


 うーむ。ヘレネもネスティも既に仕事を持っているんだよね。


 ヘレネは船会社と協力して、各船舶の船長及び接客の総括を。ネスティは現在ジルベイラが抜けている穴を埋める形で、うちの事務方トップの仕事を。


 どっちも抜けられると困るんだよなあ。


「でしたら、これを機に私共と同じ能力を持つ弟か妹を作るのはどうでしょう?」

「また新しい子? うーん……」


 必要……かなあ。いっそコード卿に任せるとか? サポートにネレイデスの子達を付ければ何とか。


「とりあえず、保留で。コード卿に任せられるようなら、彼に任せます。無理なようなら、その時に新しい子を作りましょう。それまで、決して手を出さないように。いいですね?」

「承知いたしました」


 無許可で作った前科があるからね。ここはビシッと言っておかないと。


「それと、誰がトップに就くにしても、補佐をするネレイデスを選出しておいて。ムーサイは、もう手が空いてる子、いないんだよね?」

「今のところ、各会社と国外の工事現場監督に出しておりますので」


 そーなんだよねー。あっという間にムーサイを使い切っちゃったから、ネレイデス制作に踏み切ったんだし。


 うちは万年人手不足だしなあ。

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