第402話 物事には裏表があるよね

 日々仕事に勤しむ。おかしいな? 色々と丸投げしたはずなのに。


「だからでしょう?」


 王都邸の執務室にて、書類から目を上げる事もなく、私のぼやきにリラが返した。


「丸投げしたら、どうして仕事が増えるのよ?」

「丸投げしたから、報告書が増えてるの。後、あんたの決裁が必要な書類もね」


 おかしくね? 丸投げしたんだから、最後まで責任持とうよ。


「ネレイデス達はちゃんと責任を持って仕事をしてるわよ? ただ、最終責任者は何にしてもあんただから。それからは逃れられないって自覚したら?」


 何てこった。


 飛び地の川につける取水口の工事、その進捗やら結果やら。飛び地に関しては土壌改良も行っているので、そちらの報告書と決裁も回ってくる。


 飛び地の数が多いからか、書類の枚数も増えていくうううううう。


「そういや、飛び地の領民の健康状態はどうなってる?」

「報告書が上がってきてるわよ。そっちのまだあんたが見ていない箱の中」


 おっと、こんな箱が出来ていたのか。しかも、箱が山積みになってませんかねえ?


 呆然と手を付けていない書類が入った箱の山を眺めていたら、リラからお叱りが飛んできた。


「それ、午前中までに目を通して署名しておいてね」

「嘘お!?」

「嘘じゃありません。まだ、湿地帯に関する書類もこれから来るんだからね?」


 おおう……領主仕事は楽じゃない。




 一日の執務が終わる頃には、ぐったりする。おかしいな、体はほぼ動かしていないのに。


「その分、頭を動かしてるからね。ま、これも後先考えずにあれこれ思いついては動かして行くあんたの自業自得」

「おかしい……おかしいよ……」

「おかしくないわよ。この部屋に来る書類の数だけ、働いている人達がいるって事を忘れないようにね。もうちょっと落ち着くまで、新しい事を考えるのは禁止です」


 安心して、リラ。新しい事を考えつく余裕すらないよ……


 夕食までのつかの間の一時、居間でリラと休憩していた。ここ、カウチが置いてあるので寝そべる事が出来るんだよねー。


 自室で寝台に横になると、そのまま朝まで寝ちゃいそうだから、ここでダラダラしている。


 そうこうしているうちに、ユーインが帰ってきた。本当なら玄関ホールまで出迎えるべきなんだろうけれど、話し合って省略してる。


 だって、王都邸にいてもヌオーヴォ館にいても、領主の仕事をしているので結構忙しい。デュバルの当主は私だから。


 そんな忙しい人を、たかが出迎えの為にいちいち玄関ホールまで来させるのは忍びない、というのがユーインの意見。


 それに全力で乗っからせてもらいました。


 そのユーインが、帰ってきてまっすぐ居間まで来たようだ。


「あ、お帰りなさーい」

「お帰りなさいませ」

「今戻った」


 ユーインが王宮に行く際に着ているのは、近衛である金獅子騎士団の制服……に似ているけれど、色味が違う別物。


 デザインはほぼ同じで、配色が違う。赤地の部分が黒地で、飾りが金なのはそのまま。


 これ、制服を勝手に改造したものかと思ったら、ちゃんとある制服なんだって。


 王族が任意に指名する、専属護衛の制服……だそうな。専属って。金獅子の面目丸つぶれじゃね?


 そうは言っても、金獅子は内部で若い連中の造反を許してしまった過去がある。過去っていうか、ほんの少し前の話だ。


 なので、王太子殿下からの信頼が揺らいでいるのは確かなんだよねー。というか、金獅子達がそう考えているって当たりを突いた、殿下のごり押しな気もするけれど。


 結果、ユーインは騎士団に所属する事なく、王太子殿下の護衛として側にいる事になりましたとさ。


「レラ、これを」

「手紙? ……殿下から?」

「ああ。何でも、渡したいものがあるそうだ」


 渡したいもの? 嫌な予感しかしませんが? まさかまた面倒臭いものを押しつけようとか、してないよね?




 手紙には、都合のいい時に王太子執務室まで来てほしいとあったので、早速翌日ユーインとリラと一緒に行く事にした。


「どうして私まで?」

「だって、ヴィル様いるし。もうじき式じゃない? 婚約者との仲を深めておくのもいいんじゃないかと」

「……私の場合、あんたやコーネシア様と違って、完全に政略なんですが? それに文句を言う気はないからいいんだけどねえ」


 むー。それでも、もうちっと仲良しになれんもんかねえ。


 いや、リラを仕事漬けにして、婚約者との交流の時間を奪った私が言う事じゃないんですけど!


 王宮に到着すると、ユーインと一緒に王太子殿下の執務室へ。この流れは、以前にもあったなあ。


 執務室前は、以前見た時同様やはり人で溢れていた。扉も閉められない状態とか。


 人をかき分けるようにして進むと、やっと執務室に入れたよ。


「ああ、来たか」

「おはようございます、王太子殿下」

「おはよう。少し待て」


 殿下がヴィル様に何か小声で伝えると、ヴィル様が室内にいた人達をやんわりと部屋の外へと誘導している。人払いってやつ?


 たくさんいた人をほぼ外に出し、扉を閉めるといつもの面子だけが残っていた。


「レラ、遮音結界を張っておいてくれ」

「了解です」


 ヴィル様に言われて、その場で遮音結界を張る。王宮って、魔法が使えないようにガチガチにあれこれ仕掛けられているんだけれど、場所によっては限定的に使える術式がある。


 各王族の執務室での遮音結界は、その一つ。


 結界を張った後、促されて室内の一角にあるソファセットに腰を下ろす。


「まずは飛び地の開発に着手出来た事、嬉しく思うぞ」

「恐れ入ります」


 何せ、王宮ですら持て余した土地だからねえ。そりゃあ色々ありましたよ。その愚痴、ここで言っていいのかな?


「本日、渡したいものはそれに関している。これを」


 殿下の言葉に合わせて、ヴィル様が脇から銀のトレーに乗った手紙をトレーごとローテーブルの上に置く。


「これは?」

「宛名はないが、全て侯爵宛のものだ。一度開封したのは、中身を確かめる為。悪く思うなよ?」


 宛名がないのに、私宛? しかも、殿下の元に届いたの?


 首を傾げながら、封が開けられた手紙を取り出して中を読む。これ……


「感謝状……ですか?」

「ああ、それら全て、飛び地の周辺に領地を持つ者達からだ」


 なるほど、それで。


 誰かはわからないが、自領を水害から救ってくれた者がいる、その者に礼を、という内容だ。


 ただ、言葉の端々に私がやったってわかっているような文言があるね。まあ、特に隠してないからわかる人にはわかるのか。


「ちなみに、手紙を送ってこなかった家も、当然ある。いい篩いになったな」


 うちの水害対策で恩恵を受けたにも関わらず、感謝状の一枚も書いてこないような恩知らずは捨て置けって事ですね、わかりました。


 ただし、今回のようにきちんと礼をしてきた家とは、お付き合い開始を考えておかないとね。




 手紙は全てもらい、とっとと王宮から帰ってきた。昼食までいて、一緒に食べていけばいいのにと殿下に言われたけれど、王都邸でだらっとしたまま食べる方が楽ですう。


 手紙は、リラとカストルに預けておく。名前をしっかり記録して、社交界などで会う事があったら、挨拶しておかないとね。


 手紙を書いてきた家は、男爵家が三つ、子爵家が二つ、伯爵家が二つ。飛び地の周辺、もっと多くの家があるんだけどねー。まーいっかー。


「川は繋がってるから、飛び地で溢れるって事は、他でも溢れる可能性があるって事よね。デュバルでやった水害対策のおかげで、他の地域でも水が溢れなかったからこその感謝状かあ」


 リラがちょっと感動している。なるほど、そう考えると、もう一つの可能性も出てくるなあ。


「それもあるけれど、飛び地で決壊して溢れれば、他の土地では水が溢れないって事も、あるんじゃない?」

「うわ。今回感謝状を書いてこなかったところは、『余計な事をしやがって』とでも思ってるのかな?」

「かもね」


 単純に、「あんたんとこで水害対策を勝手にやったんだから、うちが感謝するいわれはありません」って事だけじゃないのかも。


 まあ、この先うちの領地で水害なんて出させませんけどー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る