第401話 工事は大変

 水トカゲ退治で疲れたので、王都の邸に帰ってお昼寝……と思ったけれど、空腹過ぎて眠れない。


「お腹が空きました」

「昼食の用意は出来ていますよ」


 ルチルスさんが女神に見える!


「エヴリラさんは、今日もアスプザットのお邸だそうです」

「もう、式が迫ってるからね」


 新領地だ飛び地だ湿地帯だと飛び回っている間にも、時間は刻々と流れている。


 リラの結婚式は六月。前世ならジューンブライドと言うところだ。




 昼食を食べた後にしっかりお昼寝して、起きたらもう夕方。時間が過ぎるのが早い。


 夕食までの間に、執務室に向かうとリラとカストルがいた。


「あれ? 帰ってたんだ?」

「少し前にね。そっちは水トカゲ退治、お疲れ様」

「お、おう……」


 いくら遠目だったとはいえ、あのうじゃうじゃいる姿は思い出したくない……


 それにしても、リラは式の準備で出かけてたんだから、帰ってそうそう仕事をしなくてもいいだろうに。


 本当、うちはワーカホリックが多すぎる。


「はいこれ」

「何これ?」

「湿地帯の開発計画」


 いつの間にそんなものを。


 現在、湿地帯には四つの川……メウロア川、ウイシナ川、ノアニ川、アニア川が流れ込んでいて、湿地帯で一つにまとまり、ツアネル川として海まで続いている。


 これを、新しく運河を作って水の流れを整え、湿地帯から水を抜こうって計画だ。


「湿地帯を囲うように流すんだ」

「堀の代わりにすればいいんじゃないかって」

「どこと戦争するつもりよ」


 堀って、普通は防御力を上げる為のものだからね。


「デュバルは狙われやすいから、いいんじゃない?」

「いやいやいや」


 直接武力で攻め込んでくる馬鹿は、さすがにいないでしょう。いても返り討ちにするし。


 そういう意味では、魔法での武装の方が防御力が上がるんじゃね?


「いや、あんたもどこと戦争するつもりよ」


 やる気はないけどさ。もしも攻め込まれたらって思って。


 にしても、運河かあ。あ。


「ヴェネチアみたいに運河の街にするのはどうよ?」

「は? あれはラグーンに作った街でしょ?」

「そうだけど」


 確か、ヴェネチアも敵から逃れる為に海の上に街を造ったんじゃなかったっけ。海の上っていうか、干潟と小さな島の上か。


「ネオポリスでは地下鉄を作って物流網を作ったけど、湿地帯は水があるんだから運河を張り巡らせるのも手じゃないかなって」

「まあ、景観を整えれば、観光客も呼べるかもね」


 それな。あとは、ヴェネチアのカーニヴァルのように、大きなお祭りが出来れば人寄せにいいかも。


 祭りの内容とかは、温泉街と差別化出来ればなおよし。


 その辺りを二人に伝えると、リラから提案があった。


「じゃあ、もういっその事ヴェネチアのカーニヴァルみたいに、仮面で仮装してのお祭りにしちゃえば? 貸衣装や仮面も用意してさ」

「おお!」


 なるほど! 仮装なら、庶民が貴族の格好をしてもいいんだし、逆もまたしかり。


「なら、街並みもそれに合わせて最初からデザインしておこう」

「祭りの為の広場は大事よね」

「人々が休憩出来る場所も必要でしょう」

「ランドマークになる建物が欲しいなあ」


 あー、こうやって色々考えている時が一番楽しいー。




 散々アイデアを出し合った結果、街の外観はヴェネチアをパク……モデルにさせてもらった。


 いいんだよ! これが地球のイタリアにある都市だってわかるのは、地球からの転生者だけなんだから!


 あ、アンドン陛下が見たら、大笑いしそうだね。まあいっか。笑いものにするようなら、あの人だけ出禁にすればいいし。


 偽物ヴェネチアなら、名前もそれにちなんだものにしようかと。で、ついた名前がネオヴェネチア。まんまやん。


「サンマルコ寺院はどうしよう?」

「デザインそのままで、聖堂を誘致しちゃえば?」

「入れ物をこちらで用意すれば、喜んで来るでしょう」

「んじゃ、まんまのデザインで。カストル、出来る?」

「お任せを」

「橋と路地と運河と……ついでにガラス工房も作ろうか」

「あれはムラーノ島じゃないの?」

「いいじゃん、ヴェネチアングラスっていうくらいだし」

「まあ、今更だわね」


 そういう事。細かいところなどは、適当に作っちゃえばいいや。それにしても、カストルに残されている前世のあれこれに関する記憶って、凄くない?


「全て前の主のものなのですが」

「いや、こんな細部まで覚えてるって普通じゃないよ?」

「記憶力がとてもいい……と聞いた事があります」


 いや、記憶力がいいとかのレベルじゃなくない?


「どう思う?」

「見たものを写真のように記憶するって人がいるっていうから、そういうタイプの人だったんじゃない?」


 なるほど。ある意味、特殊な能力の人だったのかもね。


 まあ、おかげでこちらは助かってるからいいけどー。




 ヴェネチア風を目指すと決まった為、工事がさらに難しく面倒なものになった。


 当初の予定なら、堀のように川に水を避けさせて、水を抜いた土地に普通に街を造るってものだったのに。


 仮の川に水を避けさせておいて、水を抜いた土地に建物の土台と運河を張り巡らせるんだから。手間が掛かるわな。


「えー、大変な内容になったけれど、よろしく」

「承知いたしました。主様の望まれる形に、必ず仕上げてご覧にいれます」


 う、うん、お願いね。


 それにしても、カストルにあれこれ頼み込む事が多くなってるなあ。


「今更? まあ、自覚を持ったのはいい事だと思っておきましょうか……」

「どういう反応?」

「あんたのそれ、今まではジルベイラ様に集中していたのよ? 少しは反省しなさい」


 ごめんなさい、ジルベイラ。それと、リラも敬称間違えてるよ。ジルベイラ本人ににっこり笑って訂正されちゃうぞ?


 湿地帯の工事は、準備が整い次第取りかかるそうだ。工事には、人形遣いと大量の人形を投入するという。


「犯罪者達は使わないんだ?」

「あれらを日光の下に出すなど、もったいないというものです」


 えー、それはどっちの意味だろう? 多分、日の光に当てる必要などない、死ぬまで地下で働けって方?


 カストルがいい笑顔を向けてきたから、そういう事なんだろうね。


「ネオヴェネチアの代官は、ネレイデスから選出しておきます。工事の監督なども、その者にやらせましょう」


 おお、丸投げ出来るー。完成が楽しみですね。




 西側の新領地、飛び地、湿地帯。それぞれ復興その他に動き出した。


 飛び地の方は、個別の視察は後回しにしている。各飛び地を管轄するネレイデス達が調査して報告書を上げてくれてるからね。


「土地が荒れてるところも多いね」


 報告書には、農作物に影響が大きいと書いてある。私のぼやきに、カストルがいい笑顔を返してきた。


「水トカゲが役に立ちます」


 う、うん、そうか……あれが役に立つなら、それはそれでいいのかも?


 農業はデュバル本領……あれこれ付け足しの領地が増えたので、元からある領地はこう呼ばれるようになった……でもやっているから、そこから食料を運べば問題ないんだけどね。


 どうしても土地が農作業に向かず、広さがなくて牧畜も厳しい場合は、工場を建てる事になった。


 何の工場かは、それぞれ。大量生産用の陶器だったり、魔道具の下請けだったり。商会で扱っている品の部品工場なんかも建てるらしいよ。


 それと、一番南に位置する飛び地では、花の生産に舵を切った。王都からはちょっと離れているけれど、鉄道を通す予定だし、必要ならトラックも作るし。問題ないでしょ。


 王都では、常に切り花の需要があるからね。後、貴族の邸宅や富裕の邸などでは、庭に植える花の苗や種、球根の需要もある。


 場所柄小王国群に近いせいで気候が暖かく、通年を通して花を育てやすいからね。


「という訳で、飛び地にも鉄道を通します。輸送力は大事」

「では、鉄道会社に申しつけて、工事を最優先で行わせるようにしましょう」

「そういえば、他の鉄道敷設の方はどうなってるの?」

「順調ですよ。ですが、あまり早めに仕上げないように調整しています」


 何でそんな事を?


「困った話ですが、街道の上に高架橋を作るのはいいんですが、そこから自領までの線路分は費用を領主に負担していただいております」


 そうね。全てじゃないけれど、領地内に鉄道を走らせようと思ったら、うちにお金を払って線路を敷いてもらう必要がある。


 あまりに早く工事を終えると、金額に文句を言ってくる連中が出たんだとか。何だそれ。


「短期間に出来る工事なら、簡単なのだろう、ならば高額な費用を出す必要はない……だそうです」

「そんな事を言ったやつのところの線路、全部引っ剥がしてきなさい」

「ご安心を。既に撤去済みです」


 さすがだ。撤去もあっという間に終わらせたので、相手が泡吹いたそうな。何でそうなるんだろうねー? 私わかんなーい。


 ともかく、文句を言ってきた奴の領地からは、敷いた線路を全て撤去、街道の上に作った高架線の駅も潰したって。グッジョブ。


 文句を言ってきた連中は、更に文句を言ってきたそうだけど、全部シャットアウトしてるって。


 うるさい連中には、鉄道の恩恵はくれてやらない。

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