第399話 いらない場所から必要な場所へ

 映像で見る飛び地は、平和そのものだ。


「彼等は、川が氾濫する事を知らないの?」

「氾濫には慣れていますから、家や畑は高台になっているんです」


 あ、本当だ。これ、川が氾濫しなかったら、もっと耕作地が広がるんだろうね。


「治水をするにも、今からじゃ三日後までは間に合わないわよね……」

「まあ、魔法を使っても厳しいだろうね」


 リラが悔しそうだ。でも、こればかりはねー。まずは、どんな治水をするかを決めるところからになるし。


 その前に、今回の対策って必要なの?


「高台に人がいるって事は、今回も氾濫はしても被害は出ないって事?」

「いいえ。今回の雨は記録的豪雨です。これまでの氾濫より酷くなると予想されます。おそらく、高台の上まで水が来るでしょう」


 マジかー……


「雨をどうにかする事は出来ないの?」


 お、リラがアイデアを出した。


「お薦めしません。気象は色々なものと影響をし合っているものですから、ここで手を入れた事が、他地域に悪影響を与えないとも限りません」


 それって、ここの水害をなくしたはいいけれど、別の場所で水害、もしくは干害が起こるかもよ、って事? んじゃ駄目じゃん。リラもがっかりしてるよ。


 雨をやませる事は実質無理。堤防を作るのも、今からじゃ間に合わない。川の底を浚って、深くする工事も同様。


「なら、水そのものをどうにかするしかないね」

「どうにかって……どうするつもり?」

「そこはほら、便利な魔法を使って」


 魔法様々だね。




 カストルの計算では、三日後に堤防が決壊するという。なので、その手前の二日後、飛び地に来た。


 飛び地の中でも一番上流に近い場所の堤防からスゼーキア川を見ているんだけど、もう今にもあふれ出しそう。


 ごうごうと音を立てて流れる水は、堤防ギリギリまで来ていた。


「何とかもってるって感じだね」

「いつ決壊してもおかしくはないでしょう」


 本当にね。リラは留守番にしてよかった。


 本日の同行者はカストルとネレイデスから数人。彼女達が、お手伝いしてくれるんだって。


「んじゃ、やりますか」


 やる事は簡単。収納魔法に川の水を入れる事。ただねえ、今のところ収納魔法に液体をそのままはいれられないのよ。何でだろう?


 今度ニエールにでも、研究してもらおうか。それはともかく、今は目の前の川だよ。


 水を入れるなら樽……となりそうなところだけど、うちには有能執事がいる。


 薄くてうんと丈夫なビニールみたいな素材が欲しいなあと言ったら、わずか半日で作ってきたよ。


 十メーター四方のキューブ型に成形して、その中に水を入れていく。


 どうやって入れるかというと、川から直接水を吸い上げて。魔法を使う割には、こういうところが手作業っぽいっていうね……


 で、そのキューブに水をいれる作業を、ネレイデスがやってくれる。私は水の溜まったキューブを収納魔法に入れていくだけ。簡単なお仕事ですね。




 いやあ、スペクタクル。目の前で水の柱が何本も立ち上がり、それがキューブに吸い込まれていく。


 堤防の上でおかしな事をやっていれば、当然野次馬もやってくる訳で。カストルが彼等に何か言ったらしく、おとなしく帰って行ったのはよかった。


 ネレイデス達は二人一組で行動している。キューブに水を入れる係と、水で一杯になったキューブを移動し、新しいキューブを用意する係。


 キューブはビニールタイプだから、最初はしぼんでるのよ。それを水が入りやすいようにサポートするのも、キューブを用意する係の仕事らしい。


 水を入れるだけの方が楽なんじゃね? そう思ってたら、途中で交代してた。賢いなあ。


 そうやって水を入れたキューブは、あっという間に溜まっていく。それを端から収納していくのが、私のお仕事。


 まだまだ川の水量は減らない。キューブ、足りるかなあ?


「一応、必要と思われる数の二倍を用意しております」

「さすが有能執事ー」

「お褒めにあずかり、光栄です」


 カストルの嬉しそうな笑顔は珍しい。


 川の水は茶色く濁っている。それを詰めたキューブの水も、やっぱり濁ってるねえ。


 そんなキューブを、せっせと収納魔法に入れていく。収納バッグとは違い、自分用の収納魔法は容量を大きく作ってある。


 何せ、使い切れないくらいの魔力量ですからあ? この位の川の水、全て収納しても多分限界には達しないわよー。


「ところで主様。この水、どこで廃棄なさるんですか?」

「え? 廃棄なんてしないよ?」

「え?」


 何言ってんの? いつ廃棄するって言った? カストルは、これまた珍しく困惑気味だ。


 黙っている事に意味はないから、早々に答えましょう。


「水が足りないところ、あるでしょ?」

「まさか、小王国群に?」

「というか、フロトマーロに。港の土地を快く売ってくれたし、港建設の許可も出してくれたから、お礼に水をプレゼントー」

「そういう事でしたか」


 これから先、うちで豪雨被害に遭いそうな土地の水は、先回りしてこうやって回収、その後にフロトマーロに運んでため池でも作れば、農業用水として利用出来るでしょう。


 さすがに、浄水していない水を飲めなんて事は言わないよ。飲み水はぜひともデュバルが販売するトレスヴィラジのおいしい水をどうぞ。




 全て終わった時には、夜中になっていた。川の水位も大分下がり、流れも落ち着いている。


 さすがのネレイデス達にも疲労が見えた。表情には出ていないんだけど、何だかぐったりしてるよ。当たり前か。お疲れ様。


 キューブは一辺十メートルという巨大さで、一個一千立方メートルの水が入る。


 ネレイデス達が力を合わせて水を入れまくった結果、キューブの数が六百を越えていた。凄い。


「これが原因で水不足になるとか、ないよね?」

「ありません。ご安心を」


 よかった。


 この先、常に川を監視し、水量が上がった時点で水を吸い上げれば、この地に水害は起こらない。水害が起こらなければ、耕作地を広げる事が出来る。


 また、吸い上げた水はフロトマーロに持っていってため池に入れれば、無駄もない。


「では、この地を任せるネレイデスには、特に川の水量に注目するよう伝えておきます」

「お願いね」


 今回ばかりは考えを読んだ事、注意するのはやめておこう。




 ヌオーヴォ館に戻り、夜食を食べてシャワーを浴びてからベッドへ飛び込んだ。そのまま意識を失うように寝て、起きたら翌日の昼。


「遅いお目覚めね」


 身支度を終えて食堂に行ったら、リラがいた。彼女は早めの昼食だって。


「川、大変だったってね」

「いやあ、大変だったのはネレイデス達かなあ」

「それにしても、よくあんな手を思いついたもんだわ。水を吸い上げるだなんて」


 リラが呆れてるのか感心しているのか、よくわからない調子で言ってきた。


 いやあ、あれも前世の記憶のおかげだよ。


「日本って水害も多かったでしょう? で、降った雨水を一時溜め込んでおいて、後で放出するって施設、あちこちに作られたじゃない?」

「ああ、地下神殿とか」


 うん、そうね。行った事はないんだけど。


 あそこまで大規模なものでなくとも、氾濫しやすい川の地下に雨水を逃がす工夫をしているところとかもあったし。


「でも、あれは一時的に地下に水を溜めるんであって、大きな水入れに水を入れるのは違うんじゃないの?」

「いやだって、そのまま後日川に放流するくらいなら、水不足に悩んでいるところに運べばいいかなーって」

「ああ、フロトマーロ。ため池でも作るの?」


 リラは話が早くていいなあ。


「そう。農業用水として活用すれば、育てられる作物の種類も増えると思わない?」

「水だけの問題じゃないとは思うけれど……まあ、土壌改良とかは、平気でやりそうだもんね、あんたは」


 ええ、やりますが何か? フロトマーロで南国フルーツ栽培計画、諦めた訳じゃないんだからね。

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