第398話 いい方向に向かってると思ったのに

 王宮の裏事情の一端を聞いた後は、お茶とお菓子で一休み。


「あ、この茶菓子、シャーティの店のものですね」

「あら、ご存知?」

「ええ、王都にいた時はたまに買って食べていたんです」


 ほほう。コード卿、甘党なのか。


「シャーティの店は我が家も出資しているのよ。だから、デュバルには支店があるの」

「え!?」


 あれ? 食いつくのそこなんだ?


『コード卿は酒が飲めない代わりに、甘い物には目がないようです』


 いい事を聞いた。


「王都の店も、いつ行ってもいいように、上階の部屋は押さえてあるわ」

「あ! あの、特別客にのみ開放されるという、上階の部屋……」


 特別客っていうか、ペイロン、アスプザット、デュバルの人間だね。スポンサーなので、それなりに優遇されております。


「あ、あの、上階の部屋でのみ提供されるという、特別メニューがあると聞いたのですが……」


 特別メニュー? あったっけ? 大抵、その時期のお薦めを頼むからなあ。別のものを頼む時もあるけれど。


『その、お薦めが特別メニューです』


 え? そうなの?


『主様が提案した季節の果物をふんだんに使ったスイーツを、お薦めとして出しているようです。下の階のものとは盛りが違いますし』


 そうだったんだ……


「季節限定のお薦めメニューなら、あるけれど」

「それですそれです!」


 そんな、前のめりになるほどスイーツが好きかー。でも、ここはつけ込むべし。


「うちで働いてくれたら、王都に行った際には上階の部屋を使えるよう、シャーティに頼んでおくけれど」

「いいんですか!?」

「ええ、もちろん」


 うちで働いている主要メンバーは、全員私がいなくても上階の部屋を使えるよう、シャーティと交渉済みだ。


 商業地区に開いたデュバルの店を任せているレフェルアも、よく行くって言ってたな。ヤールシオールなんか、商談にも使ってるって話だよ。


 さて、コード卿の反応や如何に。


『悩んでいますねえ』


 本当だねえ。後もう一押しくらい?


「実は今度、デュバル支店限定のメニューを開発してもらおうかと――」

「行きます! デュバルで働きます!!」


 よっしゃ。でも、自分でやっておいてなんだけど、スイーツでその後の人生決めて、いいの?


『よろしいのではありませんか? ご実家は兄君が継がれてますし、コード卿は独身ですし』


 なるほど、身軽なら自分の意思一つでどこへでも行けるもんね。




 シャーティの店の、デュバル支店限定メニューは、本当に開発を依頼しようと思っていたから、嘘じゃない。


 ただ、もう少し先の事と思ってたんだよねえ。フロトマーロの港が出来上がって、あそこからフルーツを輸送出来るようになってからと思ってたんだ。


 トレスヴィラジの果樹園は、収穫にまだ時間がかかるし。あそこはいいの。半分趣味だから。


 季節のフルーツが使えないなら、定番メニューを支店限定のものにアレンジしてもらおうかな。


 何せコード卿を引き抜く鍵になったスイーツだ。手を抜かずに考えないと。


 心なしか、目の前のコード卿がウキウキだ。彼は今、オーピスへの引き継ぎ書類を確認している。


 カストルとオーピスも一緒に確認しているから、抜けはないでしょう。後は任せておけば問題なし。


 アーカー地区は、蓋を開けてみれば一番問題が少なかったかも。問題がないとは言わないけれど。




 引き継ぎ作業が残っているので、コード卿はそれが終わってからデュバルに来る事に決まった。


「作業が終わったら、迎えを寄越すわ」

「承知いたしました。では、作業が終了し次第、手紙を――」

「ああ、不要よ」

「え?」

「オーピスが連絡手段を持っているから」


 私の言葉に、彼女は無言で携帯型通信機をかざして見せた。通信機だって、わかってないね? コード卿。後でちゃんと研修をやるから、そこで知ってください。


 アーカー地区を後にして、デュバルへ帰る。次は飛び地かな。


「人がいる場所はネレイデスに任せておくからいいとして、問題は湿地帯かあ……」

「普通に考えたら、野生動物の宝庫ってイメージだけど」

「でも、魔獣の宝庫なんだよねえ」


 水トカゲは肉食だ。小動物はもちろん、大きな個体の場合、野生馬も食べると聞く。


 そんな水トカゲがうじゃうじゃいる湿地帯に、生物が近寄るかね?




「こちらが、湿地帯の映像です」


 アーカー地区から帰った翌日、ヌオーヴォ館の執務室で、リラとカストルと共に現在の湿地帯の様子を映像で見る。


「うげえ……」

「凄いね……」


 中空に魔法で創り出したスクリーン、その中には所狭しとうごめく水トカゲの姿。見た目はオオサンショウウオだから、好きな人にはいいかも?


 だが、私は嫌い。あのぬめっとした外観が嫌。


「あれだけの数がいて、餌とかどうしてるのかしら?」


 見た感じ、植物はそれなりに育っているけれど、鳥一羽見当たらない。草の陰に小動物でもいるのかな?


 でも、そんな小さな動物だけで、あの数の水トカゲが棲息出来る?


 私の疑問に答えたのは、カストルだ。


「川魚を主な餌としているようです。何せ四つの川が流れ込んでいますから」


 ああ、なるほど。魚は思いつかなかったわ。


 湿地帯に流れ込んでいる四つの川はかなり大きくて、船の移動にも使われるほど。そこには魚や淡水で生きる貝やカニ、小型のエビなんかも多く棲息しているんだって。


「湿地帯から水トカゲが川にあふれ出す事はなかったの?」

「あっても、数が少なければ川の漁師が討伐しますよ」


 そっか。さすがに人を食う大きさの個体はいないそうなので、川船から網で捕らえた後、銛で突いて始末するそうな。


「んじゃあ、こっちも網と銛を使って始末する?」

「効率悪そー」


 リラの提案もいいけれど、どうせなら一発で終わらせたい。


 水トカゲには雷撃が効くけれど、水の中だとなあ。


「どこまで影響が出るか、わからないし」


 純水とは言い難い湿地の水は、よく電気を通しそうだ。


「リモートで、ここから雷撃を飛ばしますか?」

「え? 出来るの?」

「出来ます」


 驚く私とリラの前で、カストルは当たり前の事だと言わんばかりに頷く。


 それは楽だなあ。水トカゲを見なくて済むし。うーん……でも。


「いや、一応その場には行きましょう。行きたくないけど。もの凄く行きたくないけれど!」

「そこまで?」

「そこまでだよ!」


 だって、あのぬめっとしたのを見なきゃいけないんだよ!? やじゃん!


「それと、雷撃を使う以上、周囲に影響が出ないようにしたいんだけど」

「でしたら、湿地帯を囲むように結界を張りましょう。水トカゲの逃亡防止と、雷撃の漏れ防止の為に」


 そっか。結界一つで防げるんだった。


 水トカゲを一掃した後の事は、またその時考えるとして。今は水トカゲ討伐を優先かな。




 スケジュールをやりくりし、湿地帯へ向かうのは水トカゲの討伐方法を決めた日からさらに十三日後。


 でも、その前に更なる緊急事態が飛び込んできた。


「主様。緊急事態です」

「何事?」

「飛び地の一つが、水没します」

「はい?」


 どういう事? 思わず、リラと顔を見合わせる。


「まずはこちらをご覧下さい」


 カストルが取り出したのは、小さめの地図。どこの地図だ?


「西にある飛び地の一つです。この街が、水没の危機にあります」

「大きな川が、街の中を通ってるね……上流で雨が降った?」

「ええ。それも、記録的な豪雨です」


 そんな言い回し、この世界でも聞く事になるとはなー。


 それはともかく、その上流に降っている記録的豪雨は、これから雨脚を強くしていくそうだ。


「計算によりますと、このスゼーキア川は四、五年に一度の割合で氾濫するようです」

「オリンピックか。今まで、領主は川に堤防を作らなかったの?」

「前領主は不正を働き家が取り潰し。そこから王領になりましたが、半年ほどなので水害の記録がきちんと共有されていなかったのではないかと」


 おおう。


「どれぐらいで、川が氾濫しそう?」

「今のままですと、三日が限度かと」


 もうすぐじゃん!

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