第397話 トラウマって、怖いよね
旧領主館を出て、コード卿の案内で元アーカー子爵領内を視察する。本当に、荒れ果ててるなあ。
「予算をギリギリまで使って、領民の食糧支援を優先しました。そのせいで、耕作地にまで手が回らず……」
「正しい選択ね。土地を回復させるのにも時間はかかるけれど、人は死んだら生き返らせる事は出来ないもの」
生きてこそ、だからね。私に叱責されなかった事に、コード卿はほっとしている様子だ。
てか、この状況で彼を叱責するような人間、いるの?
『官吏生活の中で、今回のように短期間の代官を務めた事が何度かあったようです。その際、今と同じような状況の中で領民の命を優先した結果、酷い叱責と罵倒を食らったケースが何回かありました』
おう、経験からだったのか。カストル、コード卿を叱責した貴族、調べておいてくれる?
『構いませんが……既に家が取り潰されたか個人が亡くなっているかしておりますよ?』
あ、そうなんだ……
南北に長い元アーカー子爵領……アーカー地区最後の視察先は、例の贅を尽くしたという代官屋敷だ。
「うわあ……」
「これは、また……」
私とリラが思わず声を上げて見上げる先には、悪趣味な邸がででんと建っている。
要素要素は素晴らしい出来なんだろうけれど、それをこう、ごちゃっと一緒にしてしまったせいで、何ともまとまりのない、派手なだけの建物になっているようだ。
「申し訳ありません……」
横に立つコード卿が、恥ずかしそうに謝罪してきた。
「いや、コード卿が悪い訳ではないんだから」
「本当に。それにしても……あの彫刻も、素晴らしい出来なのに、何という残念さ。ここまでゴテゴテにする必要、あったのかしら……」
リラも酷評だ。いや、盛るのが悪いとは言わない。でも、全部盛りは時と場合によるなって心底思うわー。
コード卿が管理していた鍵で中に入る。邸内には、家具などの調度品もそのままに残っているらしい。
「前職の代官は、アーカー子爵が没落したのに合わせて捕縛されました。この、玄関ホールでの事です」
「コード卿、その場にいたの?」
「ええ。捕縛の指揮を執ったのが私です。そのまま、ここの臨時代官になりました」
なるほどねえ。さすが有能官吏。ますます欲しくなっちゃったじゃないか。彼がうんと言う何か、ないかなあ?
『探しますか?』
お願い。ズルと言わば言え。こんだけ有能な人なら、うちに引き込みたい。
邸は四階建てで、玄関ホールからは見事なサーキュラー階段が二階へと伸びている。
まずは一階から見ていこう。
「ほこり臭くはないね」
「閣下が視察にいらっしゃると聞いて、領民に頼み掃除をしておいてもらったんです」
「ああ、それで……」
家具に掛ける埃よけの布もない。カーテンもしっかりまとめられて、窓の鎧戸は開けられていて、日の光が部屋に差し込んでいる。まるで今でも人が住んでいるようだ。
それにしても。
「外観があれだから、内観も期待はしていなかったけれど……」
「見事に装飾過多ね」
リラの言う通りだ。天井と言わず壁と言わず床と言わず、至る所に絵が描き込まれている。
さらにその上に、絵画が掛けられているからもうちぐはぐもいいところ。この邸を建てた前の代官、センスないな。
いくつか部屋を見て回った後、カストルが何やら手帳に書き付けている。
「家具はそこそこいい出来ですから、売却するのも手ですね」
「本当? なら、売っちゃいましょう。それを地区の復興に充てるわ」
「承知いたしました。では、すぐにヤールシオール様に連絡いたします」
「お願い」
カストルは一礼してから、連絡するためのその場を離れた。それにしても、ヤールシオールの商会って、本当に何でも扱ってるんだね……
一度、本人がこちらに来て現物を見たいというので、ヤールシオールのスケジュールを調整した後、来てもらう事になった。
見て回った代官邸には、調度品の他に絵画、彫刻などの美術品の他に、多くの宝飾品もあったという。
「じゃあ、それもヤールシオールに見てもらって。売れるようなら売っちゃいましょう」
「え?」
私の言葉に驚いたのは、コード卿のみ。リラもカストルも無言で頷いている。
「何か、驚かれるような事を言ったかしら?」
「いえ……宝飾品は、そのままお使いになるものとばかり……いえ、意匠が気に入らないのであれば、石を取り外して作り直せますし――」
「必要ないわ」
宝石に関しては、黒真珠はかなりの数ストックしてあるし、ダイヤはギンゼールの鉱山から順調に産出してるって聞く。
色の付いた宝石が欲しければ、その都度買うし。いや、産まれてこの方宝石を買った事はないけれど。この先、買う事もあるかもしれないし。
手持ちの色つきの石って、もらったものばっかりなんだよね……
コード卿の方は、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。だから、何がそんなに驚くポイントなのよ。
「コード卿。そのように侯爵様を見つめるのは、不躾ですよ」
「あ! し、失礼しました!」
リラの言葉に、我に返ったコード卿がまたしても綺麗なお辞儀で謝罪してくる。謝り慣れてないか? この人。
「この場ではいいけれど、公の場では気を付けた方がいいでしょうね」
ここはある意味私的な空間だから、咎めたりしないよー。と思って言ったんだけど、さらに驚愕の表情になってるんですが。
「……コード卿。差し支えなければ、今のあなたの反応の原因がどこにあるか、聞いてもいいかしら?」
「え? あ……」
リラの質問に、コード卿はあからさまに挙動不審になっている。本当に、何があったのよ?
一旦落ち着いてから話した方がいい、という事になり、旧領主館に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、主様」
「ただいま、オーピス。お茶って、淹れられるかしら?」
「問題ありません」
ネレイデスは、今ひとつ感情表現が苦手なんだよねえ。でも、仕事は出来るから助かる。
私とリラ、コード卿、カストルは、旧領主館の客間に入った。すぐに、オーピスがティーワゴンを押して入ってくる。
「え……そんなもの、どこにあったんだ?」
「これは持ち込みました」
「は?」
あれ? ネレイデスって、収納魔法も使えるんだ?
『一通り仕込んでおります』
あ、そう。この場合、ネレイデスが優秀なのか、先んじて教えておいたカストルが有能なのか。両方かな。
ソファには、私とリラが並んで座り、対面にコード卿。カストルはオーピスから受け取ったティーワゴンでお茶を淹れている。
「さて、では話してもらいましょうか」
「重ね重ね、不躾な態度を取り、申し訳ございません……」
「謝罪が聞きたいのではないのよ? コード卿。あなたの過去をほじくり返すようで申し訳ないけれど、何か原因があるのなら、今後の参考にさせてほしいの」
似たような事でトラウマ刺激したら、大変だからさー。コード卿はもううちにもらうものと決めてるし。
言いよどんでいたコード卿は、それでもぽつぽつと喋り始めた。よかった、自白魔法を使う前で。
「実は……以前にも王宮管理の土地を、貴族の当主に渡す仕事をした事があります」
そうだってね。その時の貴族が、あまりにも酷かったのかな?
「私自身、子爵家の出で、貴族がどういうものかは知っているつもりでした。ですが……」
「そんなに態度が悪かったの? その貴族」
私の言葉に、コード卿は無言で頷く。
「西にある、王家の離宮をご存知ですか?」
「いいえ。知らないわ」
重要な施設なのかな?
『王家が夏に過ごす為の離宮です。ここしばらくは使われていないと聞いています』
あ、そうなんだ。
「西の離宮は老朽化が酷く、十年近く前まで放置されていた離宮です。そこを、ある貴族が全面的に請け負って、修復する事になりました。その褒美として、王家直轄の土地が与えられたのです」
待って。言っちゃなんだけど、たかが離宮の改修工事をした程度で、土地をもらう? おかしくない?
「その話、本当ですか? にわかには信じられないのだけれど」
あ、リラもそう思ったんだ。
王侯貴族にとって、土地ってかなり重要なものだ。今回の飛び地だって、本当ならこんな簡単にほいほい私に渡すのはおかしいくらい。いくら問題抱えている土地とはいえど……ね。
それを、離宮を、しかも夏にしか使われず、長年放置されていたものを修繕するから土地をあげる、なんて……
リラの質問に、コード卿は首を縦に振る。
「本当の事です。これは、王宮内部にその貴族に与する勢力がいまして、その結果のようなものでした。陛下も、勢力に抗いきれずに許可を出すしかなく……その代わり、その貴族が欲しがっていたのとは違う土地を渡したんです」
「で、その土地を渡す仕事を、コード卿が請け負った……と?」
「ええ」
狙っていた土地ではないから、その貴族はコード卿に当たり散らしたのか。性格悪ー。
「ちなみに、その貴族の名前って、聞いてもいいかしら?」
「……ビルブローザ侯爵です」
んんん? それって、貴族派のトップの家の名前じゃない?
「ビルブローザ侯爵って、そんな事をする人なの? とてもそうは見えなかったけれど……」
「閣下が仰っているのは、現ビルブローザ侯爵ですね。その方ではなく、先代ビルブローザ侯爵です」
……それって、確か白団長を使って、魔の森を焼こうとしたじいさんじゃなかったっけ?
こんなところでもその名前を聞くとは!
土地の受け渡し場所には、爺さん本人が来たそうな。で、コード卿に散々文句を付け、領民を罵倒し、領主館に残っていた家具や美術品、彫刻などはもちろん、それらについていた宝飾品も全て自分の懐に入れたんだって。
さすが因業爺。やる事がえげつない。
で、コード卿はその時の事がトラウマで、今の今まで来た……と。
「ちなみにだけど、あなたにきつく当たった貴族って、ビルブローザの爺さんだけ?」
「ちょっと。口が悪いわよ」
あ、いけね。でも、言ってしまった言葉は取り消せないしー。
コード卿も、気付いてないからセーフだ。
「いえ……それが……」
うん、他にもいたんだね。そして、そんな貴族共に王家は直轄地を与えなきゃいけなかったんだ……
「仕事では尊敬出来る人でも、立場が下の人間には信じられない程雑な対応をする者は、いくらでもいるのよ」
リラが何やら達観しています。そして、コード卿の目がキラキラと輝いている!
駄目よ? この子はもうじき結婚する子なんだから!
『……どちらかと言えば、惚れた腫れたではなく人間として共感出来ると感じたのではありませんか?』
まー、そうでしょうねー。
でも、これでコード卿のトラウマは理解出来た。後、やっぱり王宮って伏魔殿だわ。
いくら綺麗にしても、すぐに悪い連中が蔓延る。
『権力に酔って、変質するのでしょう。残念な話です』
変質するというより、隠し続けてきた本質が出てきただけなんじゃないの? 中には隠してない人もいるけどさ。
ビルブローザの爺さんとか、その代表例じゃない?
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