第396話 随時募集中です
目の前の事に集中……といっても、やるのは指示出しが殆どなんですが。
「んじゃあ、湿地帯以外の飛び地には食料と日用雑貨の支援だね。あ、住んでる家はどんな感じ?」
「掘っ立て小屋がいいところですね」
「飛び地の殆どは冬でも雪は降らない地域だけど、寒くない訳じゃないからなあ。んじゃ、簡易宿泊所と移動公共浴場の手配もお願い」
「承知いたしました」
簡易宿泊所は魔の森でお世話になってる箱形のテントもどきで、水回り完備の優れもの。
移動公共浴場は、給排水設備がない場所での入浴用にと、簡易宿泊所を発展させて作った施設。
食べ物すらギリギリの状態では、衛生環境も期待出来ないしね。落ち着いたら風呂付きの戸建てにしてもいいし、しっかりした公共浴場を建ててもいい。まずはこれで様子見かな。
あとは土地に合わせた開発をしないといけないんだけど……
「カストル、ネレイデスで手の空いてる子達、いる?」
「いますよ」
「んじゃあ、一人一つずつ、飛び地の調査をお願い。視察は後で行くけれど、その前に情報がほしいから」
「承知いたしました。手配しておきます」
「よろしく」
んじゃ、これで飛び地の事はひとまず終了。後は情報が上がってきてから、対策を考えようか。
という訳で、伸ばし伸ばしになっていた元アーカー子爵領の視察に行きましょー。
元アーカー子爵領は、元男爵領三つのさらに西側。つまり、三つの元男爵領のどこかを通り抜けないと、元子爵領には辿り着けない訳だ。
「王都からの街道って、この辺りまでは伸びてないのかな……」
「元々、この四つの領地は一つだったそうだから、南側から元アーカー子爵領への街道が通っている程度ね」
事前に情報を頭に入れてきたのか、馬車に同乗しているリラがすらすら答えた。同じく同乗しているネレイデスのオーピスは黙ったままだ。
元は一つだったのか……ん? でも、三つの男爵家も子爵家も、血のつながりはないよね?
「元は伯爵領だったんだけど、王宮でへまをやって取り潰されてるらしいわ。で、その後領地を五つに分割して五つの男爵家を興したの。そのうちの二つがくっついて、アーカー子爵領になったそうよ」
なるほどー。で、また四つくっついてうちの領地になった……と。
元伯爵領だっていうのなら、それなりの広さにはなるね。
「元アーカー子爵領は、東側のどこをとっても三つの元男爵領に接している、南北に細長い土地ね。二つに分割されていた時も細長かったけれど、それが二つ合わさった訳だから、さらに長くなったみたい」
そういえば、地図で見た元アーカー子爵領は細長かった。
で、その元アーカー子爵領、これといった特産品が見当たらない。これはまあ、元三男爵領も同じだから、いいんだけど。
特産品は、なければ作ればいいんですよ。幸い、陶器の需要が高まっているそうだから、その工場を建ててもいいし。
他のデュバル特産品の工場を建てるのもあり。
後は、ちょっと試してみたい事もあるんだよねー。これが成功すれば、飛び地での栽培も目指せそう。
デュバルから西側の新領地までの道は、さすがにまだ出来ていない。とはいえ、馬車はデュバル特製の振動が車内に響かない設計のものだし、何より悪路も御者のカストルが魔法で通りやすくしている。
だから、予定より早く到着したんだけど……
「これは酷い」
思わずそう口から飛び出すほど、元アーカー子爵領の領主館は荒れていた。これ、昨日今日の荒れ方じゃないね?
「デュバル女侯爵閣下、お待ちしておりました」
「あなたが、王宮から派遣された代官かしら?」
「はい。コード・サイムート・カトガンと申します」
「そう。それで……」
私の視線に気付いたのか、コード卿が綺麗な九十度のお辞儀をした。
「申し訳ございません! 至らぬばかりに、閣下がご到着までに修繕が間に合わず」
「いえ、いいのよ、それは。それよりも、コード卿がそう言うって事は、元からこうだったのね?」
「はい……」
うん、ここまでに見た領地も、大分荒れたもんなあ。こりゃ、今までの男爵領の比じゃないくらい、ここは大変な土地なのかもー。
アーカー子爵領旧領主館には、アーカー子爵家が潰されるまでの帳簿がちゃんと残っていた。
現在、それを精査しているのはオーピスだ。何か問題があれば、逐次報告するように言ってある。
その報告が、今のところまだない。という事は、帳簿に怪しいところはないんだな。
「で? この領主館の荒れようはどういう事?」
「その、領民から聞き取りした程度の話なのですが……」
そう言い置いて、コード卿が話し出した内容はまあ酷かった。元アーカー子爵、この領地に一度も来た事がないらしい。
ずっと代官を置いたまま、放置していたそうな。そんな領地、他にもありましたね? あそこは領民達が自立しかけてたけれど。
ここはそんな事もなく、代官がやりたい放題にしていたらしい。
「王都の子爵に一定の金を送っておけば、いくらでも誤魔化せると思ったのでしょう。領主館はご覧の有様ですが、西の端に作られた代官屋敷はそれはもう立派なものですよ」
「じゃあ、何故そちらを使わなかったの? 王宮から派遣された代官でしょう? あなた」
「……」
無言だ。多分だけど、やりたい放題で領民を搾取し続けていた前の代官と同じに見られたくなかったんじゃないかな。誰にといえば、領民に。
「主様、精査終わりました。コード卿は大変有能な方かと存じます。この短期間に、ここまで領民の命を繋いだのは、卿の尽力の賜かと」
「そうなの?」
そこまでやばかったのか、この土地。いや、他の領地でも餓死者は出ていたんだから、ここもそうだって話なんだろうけれど。
それを、目の前にいる代官が一人で立て直そうとしていた訳か……よし。
「コード卿、よかったらうちで働かない?」
「は……え?」
「デュバルは有能な人材を随時募集しています。いかが?」
「え……いや、その……」
即決で断らないって事は、少しは脈ありなのかな? 旧男爵領の代官達はスカウトする気にならなかったんだよね。
なのに、コード卿はスカウトしようと思った。何故なんだろう?
『コード卿の、王家に対する忠誠心の揺らぎを感じ取ったのではありませんか?』
忠誠心の揺らぎ?
『はい。コード卿は三十代半ば。学院卒業後すぐに王宮に勤めたと考えれば、十五年は経っているでしょう。その間、王宮では色々と醜い部分も見てきたのではないでしょうか。そんな中、辺境と呼んで差し支えないこの地に来て、領民達の生活に触れた。王家の力が行き届かない事を、肌身で感じたのではないでしょうか』
それで、王家も万能ではない、だから忠誠心が揺らいでいる?
『万能は求めていないでしょうが、彼が求める民への対応には足りていなかったのではないかと』
なるほどねえ。ある意味、勝手に王家に期待をして、それが裏切られたように感じてるのかな?
なら、その隙につけ込んじゃえ。
「実は、王太子殿下からたくさん飛び地を頂戴する事になったの。このままだと、管理が大変なのよ」
「はあ」
「短期間とはいえ、この大変な土地を管理していたコード卿なら、いくつかの飛び地を任せられると思うのだけど。どうかしら?」
「それは……」
「正直、大変な土地が多くてね……このままでは、領民の生活にも支障が出そうで」
「何ですって?」
お、食いついた?
「ここも統治するのは困難な土地でしょうけれど、他にもそういった土地はたくさんあるのよ」
「存じております。閣下、いただいたという飛び地の場所を、お教え願えますか?」
「ええ、もちろん」
カストルに目配せすると、彼が前に見せてくれた大きな地図を収納魔法から取り出した。
「これは……王宮は何を考えているんだ……」
あら、地図を見ただけで、飛び地がどんな場所か、わかるんだ。
「こんな場所ばかり……嫌がらせか?」
あ、コード卿の目から見て、そう思える場所ばっかりなんだ。
「難しい土地ばかりとは聞いているの。でも、それも含めて殿下からの期待の表れだと思っているわ」
嘘でーす。賠償金をふんだくりたくて条件を受け入れましたー。でも、ここは美談風にしておいた方がいいと、私の本能が叫んでいる!
コード卿はしばらく地図を睨んでいたけれど、一度顔を上げて溜息を吐いた。
「……ありがたいお言葉なのですが、少し考えさせていただいて、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
人生を左右する選択だからね。よーく考えて答えを出してね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます