第392話 問題多すぎい
領主館の周囲に集まった領民を全て収容出来る場所がなかったので、庭先の空き地に穴を掘って、そこに全員を入れた。
当然、催眠光線で眠らせてある。
「それで? 誰がまとめ役なの?」
「……彼です」
アラド卿が指差す先には、年の頃五十がらみの男性が倒れている。
「カストル、彼を穴から引き上げて」
「承知いたしました」
こういう時、魔法って便利よね。ちなみに、催眠光線で眠らせた領民を穴に放り込んだのは、エイオネの魔法です。
穴から引き上げた男性は、名をハック・テズロスというそうだ。
「リュトの伯父に当たります」
「という事は、捕まった甥を助けにきたって訳? そんな事をするくらいなら、教育で貴族には手を出すなと教えておけばいいのに」
アラド卿は、何も言わずにうなだれている。まあ、彼に当たるのも筋違いだわな。
では、とりあえずハック氏とやらを起こしますか。
催眠光線は、基本掛けたら掛けっぱなし。強制的に寝かしつける為の術式だから、解除とか起床とかの対になるような術式は存在しない。
なので、起こすのは割と原始的。
「うわあああ!」
頭から水をぶっかけました。よし、起きたな。
「な、何だ? 貴様、何者だ!?」
「いや、それは私が言うべき言葉なんだけど?」
「女……?」
地べたに座らされて、ずぶ濡れにされても、こちらを睨む事は忘れない。
その場で立ち上がろうとして、カストルに阻まれた。
「こんな事をして、ただですむと思ってるのか!?」
「それも、私の言うべき事ね。新領主が来ている領主館を領民が農機具で武装して囲んで、ただですむと思ってるの?」
「我々には、抗議する権利がある!」
いや、ないでしょ。交渉する余地くらいならあったかもしれないけれど、最初からこうも喧嘩腰では、まとまる話もまとまらない。
「いい加減にしろ! ハック。お前、命が惜しくないのか!?」
「我々は、権力には屈しない!」
いい度胸だ。んじゃ、ちょっくら権力の怖さを実感してもらいましょうか。
幸い、私は面白い術式を知ってるからね。
こっそり魔法で権力に抗った際の、最悪のシナリオをハック氏の頭に直接たたき込んだ。
「あ? ……あがああああああ!」
「な、何だ? どうしたんだ?」
訝るアラド卿に、カストルが説明した。
「現在、彼は権力に抗った結果、自らが辿る最悪の道を疑似体験している最中です」
「ぎじ……たいけん?」
以前、子リスちゃんとこの入り婿オヤジを懲らしめる際に使った、恐怖を与える術式。あれを使っている。
以前は漠然とした「恐怖」のイメージを相手の精神に直接送り込む事しか出来なかったけれど、あれからさらに改良を重ね、特定イメージを送り込む事に成功。
何でこんな術式に需要があるのかわからなかったけれど、実は医療現場で求められていたそうだ。
もう先がない患者に、せめて幸せな光景を見せたいという、医療関係者と家族からの要望だったんだって。
最初は幻影魔法を使っていたんだけど、こちらの方がより「実感」しやすいから。
それはともかく、私の与える恐怖に、ハック氏はとうとう泣き叫び始めた。
「ゆ、許してくれ! 助けてくれええええええ……」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ姿に、アラド卿も何も言えない。
穴の中の連中も、ハック氏の声だけは聞こえるからか、意識が戻った連中が訝しんでいる。
「わ、私が悪かった! だから、仲間だけでも助けてくれえええええ!」
権力に逆らった結果、目の前で仲間が次々と殺されていく場面を見せられている最中です。かなりグロ仕様にしてるから、耐性ないときついよね。
どうやらハック氏、自分が攻撃されるより、仲間を甚振られる方が堪えるタイプのようだ。
自分より仲間が大事なんだね。そういう人は、嫌いじゃないよ。
あのままだと何も進められないので、とりあえず拘束付きとはいえ、穴の中に落とされた連中も全員引き上げた。
穴のあった跡、地べたのままの場所に座らされた彼等の一番前には、神妙な顔のハック氏がいる。
「……騒動は全て私がやった事。この首一つで、どうか他の者達の命だけは助けていただきたい」
土下座なんて言葉、こちらにはないはずなのに。見事に地面に頭をこすりつけるように下げる彼に、背後にいる仲間達が慌てふためく。
「ハックさん! 何でそんな!」
「やめてくださいよハックさん!」
「てめえ! ハックさんに何しやがった!?」
「やめろ!!」
背後で騒いでいた連中が、ハック氏の怒号で静まった。
「やめろ……私は……私達は、知らなかったんだ……権力というものの、恐ろしさを」
「ハックさん……」
先程までの恐怖イメージが、大分効いたらしい。でも、嘘は送ってないよ? 本当に、この場にいる連中、私の一存で全員裁判なしの極刑を申しつける事、出来るからね?
この場にいる者達だけでなく、一族郎党処刑って事もあり得る。そのくらい、権力って怖いものなのよ。
背後の連中を押さえられたと思ったのか、ハック氏が私に向き直った。
「あんた……いや、あなた様が、新しい領主様でいらっしゃいますね?」
「ええ、そうよ」
何故か、私の答えにハック氏の後ろにいた連中が驚く。何で?
『女性だからでしょう』
何か、権利云々と近代的な事を抜かす割には、男女平等とかの概念が抜け落ちてるね。
どうにもちぐはぐな気はするけれど、彼からは前世の記憶を感じる。本人なのか、それとも誰か入れ知恵した人間がいるのか。
後者かな。だとすれば、このちぐはぐさにも納得出来る。
ハック氏は、先程同様額を地面にこすりつけて懇願した。
「どうか、後ろにいる者達には寛大な処置を。罪は私一人で背負います」
「ハックさん!」
「そんな事、言わないでくださいよ!!」
「俺達だって!」
集団自決でもしたいのかな? 止めないけど、やるなら別の場所でやってね。
その後、ハック氏含む何人かを領民代表として、アラド卿が立会人となりお話し合いスタート。
相手側は、ハック氏以外まだ納得いっていないって様子。でも、ハック氏がおとなしくしているから、それに従うだけだっていうのが、顔に出てるよ。
いや、凄い反抗精神だな。これも、教育の賜なのかしら。
『おそらくは。この地区でのテズロス家による教育は、四十年以上になります』
そんなに!? って事は、老齢の人以外はハック氏の家の教育を受けている訳か。なかなか根深い。
話し合いの席で、主に彼等に通達をしているのはエイオネ。彼女はこの後、アラド氏から引き継ぎを受けてティーフドン地区の代官になるからね。
そういえば、「地区」としているんだから、代官はおかしいか。地区長と名前を改めておきましょう。
結果、こちらからは一定の税を徴収する事、基本彼等がやる事に口だしはしないが、土地に関する事、農作物や畜産に関わる事、特産品などに関わる事などは勝手に行動せず地区長に申請する事。
また、こちらから特定の農産物、畜産物、または新たな開墾等を行う場合には、彼等に逐次通達を出す事。その際には、労働力の提供などを要請する場合がある事。
「無論、労働力を提供した場合は、適正な賃金を支払います」
何故か、エイオネのこの一言に、向こうの代表達がざわついた。えー? 働いたら賃金をもらうのは、当たり前なんじゃないのー?
『領主相手の場合、労働で税の一部を納める形態もあります』
ああ、なるほど。でも、税は現金で徴収したいので、賃金は別途支給します。
諸々の話し合いの結果は、きちんと文書にまとめて後ほど領民全員に回覧。承諾の署名を入れてもらう事にした。
契約ごとって、目に見える形にする事が大事よね。口約束だけじゃあ、心許ない。
何かね、話し合いが終わった後の代表達の顔が、狐につままれたようでちょっと笑える。
もっと無理難題を押しつけられるとでも思ったのかな。領民は大事にしないと。これからこの領を盛り立ててもらうんだから。
とはいえ、徒党を組んで旧領主館を襲撃した罪は罪。それを言ったら、ハック氏は神妙な顔になった。
「慎んで、罰を受けます」
さすがに、もう他の代表達はあれこれ言わない。ここまでの話し合いで、自分達の立場を自覚したのかも。
この短期間にそれが出来るって……ハック氏の教育、凄いな。
「罰として、今回の襲撃に関わった者には全て、無償労働を科します。あなたの甥にもよ」
「え……そんな事で許されるのですか?」
ハック氏、驚いてるね。首でも切られると思った? やだなあ、やるにしてもカストルに預けて工事現場での重労働だよー。さすがにそれは言わないけれど。
「何? 不満でも?」
「い、いえ! ご厚情、感謝します……」
まあ、普通なら一族郎党縛り首だからなあ。一定期間の無償労働で終わるなら、安いもんだ。
「あと、外にいる者達やあなたの甥にも、きちんと言い聞かせておいてね。次はないよ?」
「それは……はい」
よし、これで領民の問題は片付いたな。後の事は、全てエイオネに任せた。
「承知いたしました。主様のご期待に添えるよう、全力を尽くします」
「えーと、適度に力は抜いてね?」
エイオネが全力を尽くすと、ティーフドン地区が焼け野原になる気がする……気のせいなら、それでいいんだけどさ。
さあて、残る視察先は元アーカー子爵領、現アーカー地区のみか。これまでの視察を考えると、あそこも何か問題が出て来そうな気がするんだけど……
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