第391話 厄介さが違う

 リラが襲撃された事で伸び伸びになっていた視察を再開。次はティーフドン地区だね。


「書類上だと、特にこれといって特徴がない地区なんだけど」


 馬車の中で書類をめくる。今回も同行はユーイン。と、ティーフドン地区を預ける予定のネレイデス、エイオネ。リラは式の準備で忙しいから不参加。


 もうじきだもんなあ。あ、という事はコーニーの結婚式も近いんだ。出席する時のドレス、被らないようにしないと。


「特徴がないのなら、レラの好きに変えてしまえばいいのでは?」


 う、ユーインが大変嬉しい誘惑を。とはいえ、今は何も考えつかないんだよねー。




 ティーフドン地区……前ティーフドン男爵領は、言ってしまえばよくある田舎男爵領。


 主な産業は農業で、芋やカボチャを中心に作っている。小麦も作ってるけれど、出来はよくないみたい。


 三つの男爵領の中じゃ一番南側に位置しているとはいえ、南側に長く伸びる山脈があるからなあ。


 これのせいか、農作物の出来がいまいちなんですと。で、代々抱えた負債が大きく、一発逆転を狙って大公派に与した……と。


 三つの家の中では、一番領民に添った男爵家だったのかな。


 ティーフドン地区へは、デュバルからの直通の道がある。あるんだけど……


「見事に荒れてるわね……」

「手入れが必要だな」


 王都から伸びる街道ではないので、こうした領地と領地を繋ぐ道の手入れは領主の仕事となる。


 大抵は道が通っている領地同士でお金を出し合うんだけど、ティーフドン地区は既にデュバルの一部。我が家がお金を出す事になるな、こりゃ。


「もらった現金が目減りしていくうううう」

「レラの個人資産はまだあるんじゃなかったか?」

「あるけど、それとこれとは違うううううう」


 手元にあるお金って、魅力的なのよね。


『主様の個人資産は、これから増えていく一方ですよ。交易が始まれば、また増えるでしょう』


 鉄道会社も船会社も立ち上げたし、フロトマーロには新しい港を建設中だ。


 トレスヴィラジの果樹園も、収穫出来るようになるにはまだかかるけれど、出来がよければ収入源の一つになるでしょう。


 でも、それとこれは別。もらったお金がなくなっていくのって、お小遣いが減っていくのに似てるよ。


 必要なものは家で買ってもらえるけれど、小遣いは自分が好き勝手に使えるお金。それが目減りするのは辛い。


『では、道の手入れをやめますか?』


 やめません。何なら、デュバルまでの鉄道も敷くよ! 道も石敷とかではなく、アスファルトに近い素材を開発したい! てか、して!


『仰せのままに』


 こういう時、有能執事がいてくれて助かるわー。




 ティーフドン地区の旧領主館では、ここの代官が待っていた。


「お初にお目にかかります、侯爵閣下。旧ティーフドン男爵領代官、アラド・トルンド・ティツィードと申します」

「ごきげんよう、アラド卿」


 玄関先での挨拶を終えて、旧領主館に入ろうとしたその時、背後から何かが投げつけられた。これ、泥?


 投げつけられた泥は、結界に阻まれて私達まで届かない。


「閣下! ご無事ですか!?」

「ええ、見ての通り。汚れ一つ付いていないわ」


 今日は薄いブルーの外出着だから、泥なんか付けられたら大変。


「放せ! 放せよ!!」


 アラド卿と話していたら、先程泥が投げられたと思しき場所から、カストルに首根っこを掴まれた若者が出てきた。


「リュト! お前、何て事を……」

「へん! ここは俺達の土地だ! 余所者なんかいらねえんだよ!! ……あが!」


 あ、カストルによって締め落とされたよ。それにしても……


「アラド卿、もしかして、ティーフドン地区って……」

「それについては、中でご説明いたします……」


 そーですね。




 カストルが締め落としたリュトという名の農民は、鍵の掛かる部屋に押し込めておいた。結界も張ったので、多分抜け出せないでしょう。


 そのまま全員で執務室へ向かう。やっぱり、旧男爵領は代官同士、横の繋がりがあるな。


「まずは、領民がとんだ粗相をしました事、お詫び申し上げます」

「あなたが謝る事……ではあるわね。今の代官はあなただったわ。いいでしょう。謝罪は受け入れます」


 代官って、責任者だからね。下の者がやらかすと、一番上の責任者が責任を取らされるってやつだ。


「それで? どうして彼はあんな行動に出たのかしら?」

「……ティーフドン男爵家の事は、ご存知でしょうか?」

「あまり知らないの」


 調べる必要性も感じなかったしね。私が知っておくべき事なら、カストルが助言してきたでしょうし。


「ティーフドン男爵家は、よく言えば鷹揚。悪く言えば無関心の家です」


 ほほう。


 アラド卿によると、一定の税さえ払えば領地内では何をしてもいい。そう領民を放置していたのがティーフドン男爵家なのだそうだ。


 こう聞くと領民に優しい領主なのか? と思うけれど、無関心という言葉が示す通り、領地に興味がなかった家だったんだって。


 そうした男爵家のやり方で、領民がどうなったかというと。


「今領民をまとめている家が、独自に教育をつけ、完全に領内で全てが回るようになっています。もちろん、代官の私が口を差し挟む余地もなく……」


 それはそれで、あなたの力量不足が問われるよ? 王宮から派遣された代官なんだから、大なたを振るってでも領地を変えないといけなかったのでは?


 ……もしかして、ここって最初からうちに組み込むつもりだったのかなあ、王宮は。


 ちらりと、隣に座るユーインを見る。


「どうかしたか?」

「殿下は、最初からここを私に渡すつもりでいらしたの?」

「さあ、それはどうだろう……」


 私は、すっかりその考えが正しいと思い込んでるよ。何せ殿下はあの王妃様の息子。こっちが逆らえないように仕組んできても不思議はない。


 もー、ちょっと殿下への不信感が増えてますよー。どうにかしてよー。


 ちょっと怒りが表に出始めている私を余所に、ユーインがアラド卿に問いただした。


「アラド卿。代官に逆らう領民は、全体のどれくらいの割合だ?」

「……全員です」

「え?」


 全員って……聞いたユーインも驚いているよ。


「先程も申し上げましたが、領民をまとめている家がありまして。その者の言葉以外、聞き入れないのです」

「あなたの言葉でも、駄目なの?」

「ええ」


 これは……


 正直、ノティル地区は面倒だったけれど、ここはあそこ以上に面倒そうだなあ。


『主様、いっそ、領民を全員追い出してはどうでしょう?』


 どういう事?


『この程度の狭い土地であるならば、人形や強制労働者達に農作業をさせても十分間に合います。領民はいらないのでは?』


 極端だなあ。それは、最後の手段って思っておこうか。


 どのみち、領主に逆らう領民には暗い未来しかない。でも、男爵領とはいえ一領地の領民全てを追放となると、大変なんじゃないかなあ。


 従わないなら、やるけど。あら、ここでも独裁者ムーブだわ。


 ふははは。従うのならそれなり優遇もするが、従わない者にまで甘い顔はしないのだよ。




 面倒だけど、一度その領民をまとめている奴を呼び出してお話し合いかなあ。


 と思っていたら、領主館の外が騒がしい。何だろう?


「失礼します、主様。領主館の外を、農機具を持った領民が囲んでいます」


 はあ?


「何て事を……」


 立ち上がったアラド卿は、顔が真っ青だよ。倒れる前に座りなさい。


 無言でエイオネが強制的に、アラド卿をソファに座らせた。君、さっきアラド卿の膝裏に一発入れてたよね? 彼の足、大丈夫?


「カストル、彼等の要求は何?」

「捕まえた若造を解放しろ、と叫んでいます」

「ふうん。私が来ている事は、わかっていてやっているのよね?」

「そのようですね。女の領主はいらないとも叫んでいますから」

「録画、出来てる?」

「手抜かりはございません」


 笑い合う私達は、きっと悪い顔をしていた事だろう。

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