第390話 頭か尻尾か

 とりあえず、式の準備は滞りなく進んでいるという。


「襲撃も……あれは襲撃と言っていいのかしらね? ともかく、昨日の事も打ち合わせの後だったし、何の支障もありませんよ」

「後はエヴリラさんのドレスが出来上がるのを待つくらいかしら?」

「それと、襲撃の黒幕を引きずり出すのも、お忘れなく」


 絶対許さん。拳を握って決意を新たにしていたら、シーラ様から待ったがかかった。


「レラ。気持ちはわかるけれど、黒耀騎士団の仕事の邪魔をしては駄目よ? もちろん、鉄槌を下す余地があれば、全力でいくけれど」

「ですよねー」


 知ってる。シーラ様も、静かに怒ってらっしゃるのを。いくら実害はなかったとはいえ、リラとお義姉様が一緒に乗っている馬車を襲撃されたんだから、当然だ。


 これ、シーラ様お一人の時なら、ここまでじゃなかったかも。そういう人なのよ、シーラ様って。




 カストルの調べは早かった。


「どうやら、残党が残っていたようですね」

「残党? どこの?」

「前ノティル男爵のものです」


 はい? いたの? そんなの。


「詳しくは男爵の弟の息子ですね。伯父と共に甘い汁を啜っていた一人です。その頃の事が忘れられないのか、デュバルに対する逆恨みを場末の酒場で喚き散らしていたようですね」


 カストルによれば、潰された三つの男爵家のうち、ノティル家が一番王都に思い入れがあったそうな。


 しかも、土地をあのフェガー一家に売ってそれなりに現金を手にしていた。それを一族内でそれなりに分配していたそうな。


 で、今回は男爵の甥が財産の残りを使って、うちの馬車を襲撃するごろつき共を雇ったらしい。


「自分達が政争に負けて潰されたのを、逆恨みするのはまだいいとして、今頃王都内を走る馬車に襲撃してくるとか。頭沸いてんのか」

「実際、沸いてなければ現政権をひっくり返そうなんて連中に加担しないでしょ」


 リラに冷静に突っ込まれてしまった。


 とりあえず、相手がわかったんだから後は騎士団に任せるかな。


「表向きは、そうですね」

「……裏があるの?」

「鉄道敷設やガルノバン、ギンゼール、トリヨンサークとの交易に関して、不満を持っている層がいます。その者達が、裏から手を貸したようです」


 えええええええ。


「以前言われた、敵対する家ね」

「エヴリラ様が仰る通りです。今回裏から手を貸したのはウォード伯爵、アノンニーゼ伯爵、ダウエシェバン伯爵の三家です。ちなみに、三つとも王家派閥の家になります」


 カストルの最後の一言が、重くのしかかってきた。リラが心配そうにこちらを見ている。


「……その情報、シーラ様には」

「まだお伝えしておりません。まずは主様にご報告をと思いまして」


 それもそうか。カストルは我が家というより、私の血筋に忠誠を誓っている。それは派閥への忠誠でもないし、当然アスプザットへの忠誠でもない。


「黒耀騎士団は、彼等まで辿り着ける?」

「自力では難しいでしょう。誘導しますか?」


 騎士団が王家派閥の三つの家を見つけられるよう、何かするという事か。でも、それをやらなければおそらく三家はこれからも王家派閥に居続ける。


「……誘導して。それと、騎士団が見つけるまで、この事は誰にも伝えないように」

「承知いたしました」

「リラも、言わないでね?」

「言えないわよ、こんな事」


 そうだよね。同じ派閥内の家から襲撃を受けただなんて。


「でも、王家派閥の家なら、余所よりデュバルやアスプザットに手を出したらどうなるか、知っているはずなんじゃない?」


 それもそうだ。なのに、彼等はリラの乗る馬車を襲撃した。中に誰が乗っていようとも、うちの紋章がついた馬車を。


 しかも、中にはアスプザット侯爵夫人であるシーラ様と一緒に、ユルヴィル伯爵夫人であるお義姉様もいた。


「……誰でもよかったの?」


 そんな訳ないか。


「いえ、おそらくそうだと思われます」

「ええええ!?」


 私とリラの声が揃った。


「誰でもいいから襲撃って……それ、どうなのよ?」

「男爵家の残党はともかく、三家の目的は嫌がらせです」

「嫌がらせ?」

「はい。最初から、彼等は襲撃がうまくいくとは思っていなかったようです。今回の襲撃により、エヴリラ様の婚礼が失敗に終わればよし、そうでなくとも襲撃を受けた事で嫌な思いをすればいいという程度ですね」


 志が低いな。いや、襲撃に志しが高いも低いもないけれど。


「結果、アスプザット侯爵夫人の激怒を招いた訳ですが、彼等もこれは計算違いだったでしょうね」


 そう、シーラ様は襲撃されたらそれを瑕疵とみなしてリラを切り捨てるような人ではない。


 逆に、襲撃犯を執拗に追い詰める方だ。何せシーラ様はペイロンの女。身内は決して見捨てないし、弱い存在を護る為なら悪鬼にだってなるよ。


 この場合の弱い存在は、戦闘能力を持たない存在って事。リラもお義姉様もその範疇に入る。


 王家派閥にいて、それなりアスプザット家とも付き合いがあっただろうに、そんな事もわからないんだろうか。


「彼等は本当の意味でペイロンを理解していません。理解していれば、決して直接的な手は出さないでしょう。貴族なら、いくらでも攻撃のしようはある訳ですし」


 社交界とかな! 本当、あそこは魔窟だよ。ほんのちょっと失敗しただけで、表向きは心配する素振りを見せながら、しっかり周囲に失敗を知らしめるとか、悪魔の所業だと思うわ。


 正直、ああいう搦め手は苦手なんだよなあ。なので、カストルやリラにしっかり顔を覚えておいてもらって、後でちくちく攻撃しておく。


 たまに、こっそり魔法で反撃しておく事もあるけどねー。




 襲撃から数日後。黒耀騎士団はカストルが残した証拠から、真犯人まで辿り着いた。


 で、本日はアスプザット邸でその結果をシーラ様、お義姉様と一緒に聞いている。もちろん、リラも同席していた。


 邸の客間は、何だか緊張した空気が漂っている。


「では、本当の黒幕はこの三家だと?」

「はい。その……申し上げにくいのですが、どの家も王家派閥の家です。こちらとしては、法に照らして処罰をと思っておりますが……」

「お気遣い、感謝します。そちらでの処罰は、少しの間待っていてくださる?」

「……承知いたしました」


 報告を持ってきたの、黒耀騎士団の副団長だってさ。そんな人が、顔を青くさせてるよ。


 黒耀騎士団の副団長が帰ってから、一挙に客間の温度が下がる。おおう、シーラ様の怒りが振り切れてる。


「ふ、ふふふ」


 怖い。リラとお義姉様も怖いのか、お互いに手を握り合っている。そこ、私も混ぜてほしい。


「考え足らずな家には、しっかりと教えてあげないとね。まずはお手紙を書かなきゃ駄目かしら。ああ、サンドにも署名してもらいましょう」


 お手紙攻撃! しかも、これは三家以外の家に出すものだ。この三家が何をしたかを、微に入り細にわたって書くやつ。


 これにより、三家は派閥内でのお付き合いってやつが出来なくなる。でも、それはまだ手ぬるい。


「今年の狩猟祭、この三家の参加はありません。いいですね、あなた達」

「も、もちろんです」

「逆らいません……」

「えー、その辺り事は、私は関わっていないのでー」


 本音です。てかリラ、思いっきり逆らわないとか言わないの。今のシーラ様なら聞き逃してくれるとは思うけれど。


 にしても、狩猟祭参加がなしかー。それって実質派閥からの追放処分なんだよねー。


 うちも祖父や実父の代では参加していなかったけれど、招待はされていたんだって。


 あの三家の場合、招待自体がなくなるって事だからね……


 にしても、同じ文面を派閥内の家全てに送るとなると、大変よね。


「シーラ様、タイプライター、使いますか?」

「ありがとう、レラ。我が家でも、あれは導入済みなのよ。便利よねえ」


 あ、もうお使いだったんですね。よかった。全部手書きとなったら、大変だもん。


 事務仕事の手間を省くという意味では、やっぱりコピー機は欲しいよなあ。あれがあるとないとじゃ大違いだから。




 襲撃を直接指示した前ノティル男爵家の残党は、全員強制労働と相成りました。カストルがにっこにこだよ。今度はどこの工事現場で働かせるつもりなのかなあ。


 残党の裏側にいたウォード伯爵家、アノンニーゼ伯爵家、ダウエシェバン伯爵家は、揃って現当主が隠居、それぞれ弟、従兄弟、叔父に爵位を譲った。


 これで三家はアスプザット、デュバル、ユルヴィルの追求から逃れた形になる。当主自ら禊ぎをしたという事になるから。


 まあ、体のいいトカゲの尻尾切りな気はするけどね。隠居させられるなら、最初からそんなのを当主に就けるなと言いたい。


「いや、尻尾って……この場合、頭のすげ替えって言った方がいいんじゃないの?」


 リラのツッコミに納得。確かに、家という本体を残す為に、当主という頭を取り替えた訳か。そりゃ尻尾切りとは違うわな。


 それでも、今年の狩猟祭に三家は招待されない。これはけじめだからだ、とはシーラ様の言。


 来年以降どうなるかは、各家の頑張り次第だってさ。軽い嫉妬からの悪戯が、高く付いたねえ。


 喧嘩を売る時は、ちゃんと相手を見ないと。見る目が曇ってたら、意味ないかもしれないけどさー。

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