第389話 見過ごしません!

 馬の牧場も見ていきましたとも。今すぐ売れそうな馬が何と五十頭以上! どんだけ金掛けたんだ!


「これだけ広大な牧場なら、確かに相当な金額を使っているだろうな」


 呆れた様子でユーインが呟く。


 百歩譲って馬を育てるのはいい。売れば高額商品になるからね。そう、馬って高いのよ。


 でも、それを己の趣味の為だけに育成するって。前ブナーバル男爵が桁外れの金持ちならいいよ? でも、そうじゃない。


 男爵位相応の収入……よりも低かったってさ。じゃあ、馬に掛ける金はどこからってなるよね?


 前ブナーバル男爵、違法賭博場を開いて、そこで儲けてたらしい……そこに、大公派の中心人物であったヒューヤード侯爵が来ていたんだってさ。


 ちなみにその賭博場、フェガー家も出入りしていたそうな。ここでも出てくるのか、フェガー一家。


 違法賭博場は、この辺りでそれなり好評だったそうで、ブナーバル男爵はそこそこ稼げたそうだけど、そこでの稼ぎも、全部牧場に突っ込んだんだとか。趣味に走ると、こうなるのかねえ……


 ともかく、先祖代々の美術品には手が付けられないからって、犯罪に走るその心理がわからん。金がないなら諦めるか、それこそ己の身を削って稼げよ。魔の森での魔物狩りとかさ。


 それはともかく、ブナーバル地区に関しては、穏便に引き継ぎが終わりそうだ。


 地区内の視察を終えて旧領主館に戻り、執務室で一息。そこでこれからの事をあれこれと話す。


 次の代官が同行していたイアイラと知って、ビュトシス卿が眉をひそめた。


「閣下の決定に口を挟む権限はありませんが、領民の中には次の代官が女性と知って、侮る者も出てくるかもしれません」

「その時は、護衛に蹴散らしてもらいましょう。その為に兵士を付けるのだもの」


 蹴散らした後は、うちの領からはとっとと出て行ってもらいましょうかね。女だというだけで領主の代行を務める代官を侮るような奴は、うちの領にはいらないから。




 ブナーバル地区の視察は概ね良好で終わった。ネオポリスに戻り、ヌオーヴォ館でミレーラを呼び出す。


「お呼びですか?」


 ほどなく来た彼女に、ブナーバル領の事を伝えた。


「え!? という事は、その牧場を私に任せてもらえるんですか!?」

「ええ。それと、王都で競馬場を作る計画が立っているの。いつ頃出来上がるかはわからないけれど、いつでも馬を出せるよう、調教をお願いね」

「お任せ下さい!」


 正直、馬の事はさっぱりなので、専門家に任せた方がいいと思うんだ。ミレーラは昔から体を動かす方が得意で、将来は馬に関わる仕事がしたかったそうだから。


 なのに家の都合で嫁に行かされ、相手の都合で返されたんだから堪らない。まあ、その結果うちに来て、大好きな馬に関わる仕事に就けるんだから、結果オーライと思ってもらおう。




 残る地区は二つ。旧ティーフドン男爵領と、旧アーカー子爵領だ。戻って早々、執務室でカストルと相談中。


「順当にティーフドン地区から行くかなあ。あ、ブナーバル地区とデュバルとの間に、直通の道を作らないと」

「そちらはお任せください。道もそうですが、鉄道も通した方がいいでしょうし」

「そうねえ。物資や人の行き来が多くなるなら、必要でしょうね」


 あの四つの領地は、最初の敷設計画に入っていない場所だ。重要な土地じゃないから、こっちから営業……営業? をかけた事はないし、向こうからも頼まれた事はない。


 今となっては全部私の領地だから、道を作ろうが鉄道を通そうが私の自由だ。


 という訳で、手を入れられる場所には大々的に手を入れないとねえ。


「主様。悪い顔になっていますよ」

「おっといけない。……そういえば、リラはまだ帰らないの?」

「ええ。式の準備が長引いているのかもしれませんね」

「連絡は、入ってる?」

「いいえ」


 ……おかしいね。リラは前世の記憶があるからか、連絡はまめにする方だ。特に今は携帯通信機を渡してあるし。


 とはいえ、式の準備ならアスプザット邸でやっているだろうから、危険はないはず。何せ目と鼻の先だし。


 それに、あそこは腕の立つ人間が多い。普通のメイドと思ってたら、戦闘メイドだったりするのだよ。


 ……うちも、取り入れようかな?


「メイド専用に、新シリーズを作りますか?」

「ええと……もうちょっと待って」


 ヤバい。カストルの提案にもの凄くぐらついた。だって、戦闘メイドだよ? ちょっと見たいじゃない。


 太股にナイフとか小柄とか仕込んでたりしたら、楽しそう。


 そんな事を考えていたら、執務室の扉を激しく叩く音が。


「何事です?」


 扉を開けたカストルに、飛び込んできた人物がぶつかる。ルチルスさん?


「ロ、ローレルさん! エヴリラさんが乗った馬車が襲われたって!!」


 リラが、どうしたって?




 慌てるルチルスさんを落ち着かせて話を聞いたところ、本日リラは式を挙げる予定の聖堂に打ち合わせに行っていたそうだ。


 そこでの打ち合わせが思いのほか長引いて、気付けば大分遅い時間になっていたという。


 連絡を入れるより、早く帰った方がいい。そう判断したリラは馬車で帰路を急いでいたそう。


 その馬車に、突っ込んできた他の馬車があった。


「どこの馬車?」

「ちょっとくたびれた箱馬車で、紋章はなし」

「貸し馬車の類いですね」


 リラの返答に、カストルが補足する。うん、襲われたにしては、落ち着いてるよね。


 本日の移動に使っていたのはうちの馬車で、当然魔道具をフル活用してガードはバッチリ。


 しかも、式の打ち合わせという事で、同乗していたのはシーラ様とお義姉様。


 お義姉様はともかく、シーラ様が乗った馬車を襲って犯人が無事でいるとは思えない。


 案の定、魔法一発で昏倒させ、そのまま黒耀騎士団の詰め所へ放り込んできたってさ。


 で、そのまま黒耀騎士団にて事情説明をしていた為、帰宅が更に遅れてしまった……と。


 帰宅が遅れているのをやきもきしながら待っていたルチルスさんの元に、リラの乗った馬車が襲われたって報告だけが黒耀騎士団から来て、慌てた彼女が執務室に駆け込んできたって訳だ。


 慌てすぎて、私の呼び方が学生時代のものに戻ったくらい。


「さすがに黒耀騎士団で携帯通信機を出していいものかどうか、迷っちゃって……」

「出さなくて正解。下手したらユーインを通じて売ってくれってうるさかったと思うから」


 とはいえ、そんな状況になったら殿下に泣きつきますけどー。普段便利に使われてるんだから、たまには助けてくれてもいいよね? VIVA権力。


 襲撃犯人達の事は、黒耀騎士団が調べている最中……というか、これから調査に入るという。


「まあ、ほんとうに数時間前に起こった事だもの。全部これからでしょう」

「でも、急がないと真犯人を逃がす事になるかも」


 リラは暢気だなあ。急がないと、真犯人が証拠隠滅しちゃうかもしれないじゃない。


「調べますか?」


 カストルが笑顔でそんな事を聞いてきた。今ほど、彼の笑顔を胡散臭く感じる事もない。


「……どうする? こっちは実質被害なしよ?」

「とはいえ、リラとシーラ様、お義姉様が乗っている馬車が襲撃された訳だしー。ここはやはり、悪い連中は叩いておきましょう。という訳で、カストル、お願い」

「承知いたしました」


 綺麗な一礼を残して、カストルが執務室を後にする。


「いいの? あれ。有能は有能だけど、やり過ぎるところもあるじゃない?」

「いいんじゃない? だって、悪いのはリラ達を襲わせた奴らなんだから」


 それだけじゃない。リラ達が乗っていて、襲撃あった馬車にはうちの紋章が入っていた。


 つまり、デュバル侯爵家に対する敵対行動である。見過ごせません。




 襲撃のあった翌日、デュバル王都邸にシーラ様とお義姉様がやってきた。


「レラには謝らなくてはね」


 客間に通してすぐ、困り顔のシーラ様にそんな事を言われては、黙っていられない。


「シーラ様のせいじゃありません。全て襲撃者とその後ろにいる連中が悪いんです!」

「それでも、エヴリラさんに怖い思いをさせたのは確かだもの」

「いえ、私は大丈夫です」


 ここでリラからの応援が!


「正直、あの襲撃よりもこの人と一緒に行動している方が、余程怖い目に遭いますし」


 違った。ただの愚痴だよ。


「リラ酷い」

「酷くないわよ。真実じゃない」


 私達のやり取りを聞いていたシーラ様が、笑い声を漏らした。


「本当に引きずっていないようで、安心したわ」

「本当に。二人の仲も確認出来ましたし」


 待ってお義姉様。二人の仲ってどういう事? リラの酷さを実感してもらえませんかねえ!?


「レラ。ペイロンでのやり方で人を振り回しては駄目よ? 余所で育ったお嬢さんには、ペイロン流は通じないのだから」


 私の訴えは、シーラ様によって完全に封じられてしまった……

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