第388話 趣味全振り
初っぱなから面倒を引き当ててしまった、自分の引きの強さ? 弱さ? が憎い。
「まったく、問題はあるだろうって思ってたけどさあ、まさかあんななのだとは」
「さすがに、あれを予想しろっていうのは無理よねえ」
リラでさえこれだもん。
あの面倒な一家フェガー家は、カストルの調べによると違法なあれこれで儲けていたらしい。
で、その金を使って旧男爵領の土地を買いあさっていた……と。ろくでもない奴らだったな。
問題は、その違法の中に人身売買が含まれていた事。
「また!?」
「またといいますか、以前主様が捕縛に協力した人身売買組織がありましたよね? あれです」
え? セブニア夫人の前夫、えーと名前は……
「ノルイン男爵ですね」
「ああ、そうそう。それそれ」
「あんた、また名前を忘れたわね?」
いや、覚えておく必要ない名前じゃない……
カストルによると、四代前のフェガー家が儲けたのは違法な賭け事で、これにより旧ノティル男爵領内にあった商家が全滅したそうな。
殲滅した商家の財産は、全てフェガー家の手に渡っている。それを元手にして、犯罪に手を染めて儲けつつ、今の当主がノルイン男爵が立ち上げた人身売買組織に加担した。
「……追放は温かったかな?」
どうしても、自分が手を下すものではないのに処刑とかは言い渡したくないんだよなあ。甘いとは、自分でも思ってる。
私の漏らした言葉に、カストルが淡々と返した。
「デュバル領なら、貧民への対策も万全……とまではいきませんが、他の領より手厚いですが、逆に他の領ではそんな対策はありませんので」
「野垂れ死にがほぼ確定って事ね」
リラの言う通りかも。一瞬で終わる処刑より、飢え死にとかの方が厳しいね。
でも、奴らはそれだけの事をしていたのだから、同情はしない。実際、旧ノティル男爵領で出た餓死者は、彼等フェガー家の搾取が原因なのだから。
ノティル地区の視察から帰り、一日お休みを入れて、本日は旧ブナーバル男爵領……ブナーバル地区の視察だ。
ちなみに、ネレイデスのアウトノエはノティル地区に置いてきている。トレヴァン卿から引き継ぎを受ける為だ。
ゼードニヴァン子爵が選んでくれた護衛達も昨日領を出ているので、今頃ノティル地区の旧領主館でアウトノエと合流している事だろう。
で、本日の私達の視察なのですが。
「どうしてユーインもいるの?」
「私がいると、駄目なのか?」
そんな悲しそうな顔をしなくても。いや、王宮での仕事はどうなのかって気になって。だって、王太子殿下の護衛でしょ? あなた。
「殿下には、休みを頂いてきた」
「そうなの?」
「殿下も、面倒な領地をレラに押しつけたことを後ろめたくお思いのようだ」
……そーかなー? 何か、ユーインの休みを認めたのも、旦那と一緒なら面倒ごとが減るだろう? とか思ってそうなんだが。
いやいや、この考えは不敬だね。きっと、多分、おそらく、厚意からのお休みなんだよ。そう、信じよう。
ユーインが一緒だから……という訳ではないけれど、本日リラは同行せず。シーラ様から、呼び出しが掛かっちゃったからね。
「多分、結婚式のあれこれだろうなあ」
花嫁は色々と大変なのだ。私の時も、何度も行われる仮縫い、ヘッドドレス選び、祝賀会で饗する食事のあれこれ、デザート決め。
基本はばあちゃんが決めてくれるんだけど、細かいところで私の意見も反映させましょうと言われてですね。
まあ、そういう名目で今後こういった催しの際にどう動くべきかを教えてくれたんだと思う。結婚式って、そういう面もあるから。
私の時同様、リラも実母は既にいない。その分、シーラ様とお義姉様が張り切っているのだけれど。
お義姉様も、結婚してから初めて自分であれこれ決める大がかりな催し物だからね。気合いが違うわ。
ちなみに、うちからもリラの結婚式の為に最上級の蜘蛛絹を提供している。アルがね、最近進化を遂げたらしいんだ。
白い姿と青い目は変わらないんだけど、糸の質が格段にアップしてるってさ。カストルもちょっと驚いていたくらい。
で、その糸で蜘蛛絹を織ってもらいましたー。アルへ渡す魔物は自分で狩りたかったんだけど、カストルが代わりに用意してくれたよ。
魔の森に行ってる暇、私にはないってさ……
ブナーバル地区は、ノティル地区のちょうど南側に位置している。三つ並んでるんだよね、旧男爵領って。
で、その西側に細長く伸びていたのが旧アーカー子爵領。三つの旧男爵領はほぼ同じ面積だけど、旧子爵領はちょっと大きめ。
「ほぼ同じって事は、昨日と同じくらいの時間で回れるって事かなあ?」
「いえ、ノティル地区へは直通の道がありましたが、本日向かうブナーバル地区へは直通の道がありませんので、ノティル地区かティーフドン地区を経由する必要があります。その分、時間はかかるかと」
本日同行しているネレイデスは、ブナーバル地区を任せる予定のイアイラ。何もネレイデスを全員連れて行く必要はないんだって、昨日わかったからさ……これからは、担当する子達だけを連れていけばいいや。
カストルは前回と同じく御者を、ユーインは当然私の隣。
そのユーインは、車内で何やら書類を眺めている。
「ユーイン、それ、何?」
「これから行くブナーバル地区の産業の事を調べている」
カストルがざっとまとめてくれたやつかな? 私も目を通したけれど、これって産業はないんだよねえ。
ただ、ブナーバル地区では馬の育成が盛んだったみたい。売り物……というよりは、前ブナーバル男爵の趣味だね。乗馬と馬の交配が趣味だったらしい。
より乗馬に向いた馬を生み出すのに心血を注いでいたらしく、前ノティル男爵とはまた違う意味で、領地の事を考えていない領主だったらしいよ。
とはいえ、このタイミングで馬かあ。ここは一つ、ミレーラに任せて競馬用の足の速い馬を育ててもらおうかな。
ブナーバル地区の代官は、トレヴァン卿同様王宮から派遣された人物だ。
「お待ちしておりました、デュバル女侯爵閣下。王宮から旧ブナーバル男爵領の代官を仰せつかりました、ビュトシス・ツアド・クアドスです」
「ごきげんよう、ビュトシス卿。早速なのだけれど、ブナーバル地区の事を聞いてもいいかしら?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
玄関先で挨拶を交わし、通された場所は旧ブナーバル男爵領領主館の執務室。
もしかして、トレヴァン卿と何かやり取りとか、してる?
ちらりとビュトシス卿を見ると、苦笑している。
「実は、旧ノティル男爵領の代官であるトレヴァンとは、旧知の仲でして」
「それでなのね」
やはり私が応接室よりも執務室を望む事を、トレヴァン卿から聞いたという。話が早くて助かるよ。
「ブナーバルには、フェガーのような厄介な家はありません。ただ……」
「ただ?」
「前男爵が、持てる財の殆どを馬に費やしておりまして……」
おうふ。でも、金額で示される程度には、財産はあったはずよね? それを問いただすと、ビュトシス卿の顔が曇った。
「あれは、男爵として最低限体面を保つ為に持っていた金のようです。後は、先祖が集めた美術品についた金額ですね」
美術品については、まだ売却していないそうだ。私が美術品のままで欲しがる場合を想定して、鑑定額だけを王宮に出しているという。
うん、仕事が出来るね、ビュトシス卿。
代官としてのビュトシス卿の仕事を阻害するような家はここにはいないらしく、彼が代官に着任してからはそれなり領内もうまく回っているらしい。
「ですが、荒れた土地を復興させるには時間がかかりまして……」
「ああ、大丈夫よ。それはこちらでやるから。それよりも、邪魔が入らないというのはいいわね」
「そうですね。そこは、トレヴァンにも散々うらやましがられました」
でしょうねー。あのフェガー家を考えると、トレヴァン卿の胃が心配だわ。あとで回復魔法を掛けてあげようかな。
『それでしたら、アウトノエが使えますので、彼女に任せましょう』
そうなの? ネレイデス、有能だなあ。
ブナーバル地区は、まさしく復興の最中といった様子。ノティル地区とはえらい差だ。
「ですが、まだ荒れた土地が多くて」
「それでも、領民の顔に笑顔が浮かんでるわ」
希望がある生活って、大事だよ。そんなところも、ノティル地区とは違うねえ。
丘にさしかかった辺りで、ビュトシス卿の顔が曇った。
「あの向こうが、前男爵が所有していた馬の牧場です」
ああ、例の。前男爵が心血を注いだ馬達がいる場所かあ。まあ、馬に罪はないし。ミレーラに任せておけば問題ないかも。
丘をぐるりと回って見えてきたのは、広大な牧場だ。そこに、何頭もの馬がいる。
広いなー。正直、今まで見てきたどの農地よりも広いよ。そこを、悠々と走ったり歩いたりしている馬。ストレスなさそう。
「確認だけど、あそこにいる馬って、売り物じゃないのよね?」
「ええ。前男爵が自身の趣味だけで育てている馬です」
アホかああああああああ! 趣味の馬に掛ける金があるなら、領民の為に使いなさいよ!!
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