第387話 厄介な一家
元は四つの領地だったからか、総合するとうちの三分の二くらいの広さがある。しかも、ほぼ平地。トレスヴィラジとは大違いだ。
あっちはあっちで、海に面していたから欲しかったんだけどー。
「無理に一つにまとめるより、それぞれ旧領のまま、まとめていこうかな」
「では、ネレイデスは四人選んでおきますね」
「うん。あ、護衛もゼードニヴァン子爵に頼んで選んでもらって」
「ああ、見せる為に必要ですね」
「そう」
カストルと、視察の為の下準備をしていく。といっても、ネレイデスを選んだり、彼女達の護衛を選んだりするだけなんだけど。
基本、ネレイデスは戦闘特化ではなくとも、戦闘そのものは出来る……らしい。少なくとも、自衛手段はあるんだって。
ただ、女が一人で代官として領地に行くと、いらない面倒を引き起こす可能性があるからね。
それなら最初から男性型を送れよって? 新しく作るのが面倒だからやだー。能力に差がないのなら、男女どちらでもいいじゃなーい。
「視察に行くのは、私とリラ、カストル、それと選出したネレイデスでいいかな」
「護衛はどうなさいますか?」
「今回の視察ではいらないわ。面倒ごとが起こっても、対処可能だし」
ええ、これまでに色々と現場で鍛えられてきたからね!
仕事を任せる相手は、性別ではなく能力で選ぶべし。デュバルでは大分浸透した考え方だと思っていたけれど、そうではない土地もまだあるようだ。
「はあ? 女が代官? 冗談言っちゃいけないよ。こっちはそんな遊びに構っている程暇じゃな、ぎゃ!」
「こっちも暇じゃないのよ。新領主に逆らうような奴は、うちの領地には不要です」
電撃一発、文句を言ってくる旧ノティル男爵家に仕えていた役人を解雇した。おお、何か独裁者っぽいな。
背後に控えるリラの口から小さく「あちゃー」って聞こえたけど、気にしない。
それを見ていた王宮から派遣された代官は、平身低頭である。
「侯爵閣下! 部下が大変な無礼を働き、申し訳ございません」
「大丈夫よ、代官。あなたの罪ではないとわかっているから」
罪は前男爵にあり。それと、今さっき暴言を吐いた当人だね。
旧ノティル領の代官を務めているのは、王宮から派遣された目の前のトレヴァン卿。出身はチェムダ子爵家で三男だった為、王宮の官吏になったそう。
しかも、王妃様にその才能を認められてっていうんだから、大したものだ。仕事の功績により、騎士爵位を与えられたって点も、評価出来る。
その有能代官でも、この旧ノティル領を治めるのは大変だったという。
「お恥ずかしながら、旧領主の置き土産が頑固でして」
応接間に通されそうになったから、彼の執務室へ案内してもらった。今日の私はお客様ではなく、視察に来た新領主なのだから。
執務室に入るなり、先程の謝罪とこの領地の面倒さを口にした。
「ああ、さっきみたいな連中?」
「ええ」
何で解雇しないんだろう? 私の疑問が顔に出たのか、トレヴァン卿が苦い顔をする。
「彼等は地元の名士に連なる人間なんです。下手に解雇などすれば、領内の仕事が回らなくなるほどに」
「そうなの?」
「はい」
ちらりと、背後に立つカストルに目をやる。
『影響の度合い等、調べますか?』
お願い。厄介なら、早急に排除する方向で。
『承知いたしました』
領地を私物化するような名士なんて、うちにはいらないからね。
とりあえず、仕事の引き継ぎはまた今度から始めるとして、今回の目的である視察を開始。これは、トレヴァン卿に事前に通達済みだ。
「領地内を視察なさるという事でしたから、私がご案内いたします」
「あら、代官自ら?」
「ええ。その……厄介な土地もありますから」
それは、さっき潰した暴言野郎に関わる事かな?
視察はうちの馬車で移動。カストルはいつも通り御者席に。同乗しているのは、私とリラとトレヴァン氏、それとこの旧ノティル男爵領……新領地になったから、単にノティル地区としておこうか。そこを治める予定のネレイデス、アウトノエのみ同行。
残る三人のネレイデス……イアイラ、エイオネ、オーピスは旧ノティル男爵領領主館にてお留守番。
一応、自衛の為なら大抵の事はしていいと言い置いてきた。死ななきゃOK。
リラに「いいの?」って聞かれたけれど、新領主が来たってのに、あんな暴言を平気で吐くような連中がいる場所だよ? 自衛は大事。
まずは領主館に近い地区から。
「この辺りは、綺麗に整備されてるわね」
「前男爵も、自分の目に触れる場所は整えたようです……」
ああ、そういう……早くも、私とリラの目が遠くなっております。
領主館から遠ざかるにつれ、何だか周囲が寂れてきている。
「農地も、放棄されている場所が目立つわね」
ちゃんと手を入れれば、きっと収穫があるだろうに。
「あれは、放棄されているんじゃありません。作り手がいないんです」
「どういう事?」
「あの土地は、先程閣下に暴言を吐いた男、彼の本家が買い占めた土地なんです」
待って。何かややこしい話が出て来たぞ?
貴族の領地って、基本全ての土地が領主の物って事になっている。そこを栄えさせるも凋落させるも領主の腕次第。
ただ、土地を売っちゃいけないって法はない。
「旧ノティル男爵家は、相当財政が傾いていたらしく、領地を切り売りしていました」
「その相手が、フェガー家です」
これが、厄介な家とトレヴァン卿が言っていた家って事だね。
フェガー家。ノティル男爵領で幅を利かせている家で、元は領内で唯一の商家だったそうだ。
それが四代前にいきなり金持ちになり、それ以降、その金にものを言わせて男爵領内の土地を買い占め続けていたそうだ。
買う方も買う方だけど、売る方も売る方だわな。
「……普通、領地持ちの貴族なら、プライドにかけて土地は売らないわよね」
リラがぼそっと呟く。
そうなんだよー。領主の強みの一つに「土地を持っている」ってのがあるから、領主は最後の最後になるまで土地だけは売らないんだ。
「……旧ノティル男爵は、四代前から土地を売り続けていたって事?」
「正確には、三代前からですね。最初は端の方を少しだけだったんですが、前の男爵から大胆に土地を売るようになりまして」
あー……これはあれか。大公派に与したから、学院長が王位に就けば土地だの地位などはいくらでも手に入ると思って、田舎の土地なんぞ売り払ってしまえって動いた結果かな。
馬鹿だわー。
「それで、フェガー家が持っている土地って、どのくらい?」
「全領地の約四分の三です……」
「そんなに?」
また豪快に買い占めたなあ。
「……ところで、そのフェガー家って、どんな家?」
「……一言で言ってしまえば、金に汚い家ですね。買い占めた土地も、小作人を安い賃金で働かせています」
搾取タイプか。なら、遠慮はいらないね。もっと領民に寄り添った家なら残したけれど、そうでないならうちには必要ない。
何せ領主っていうのは、領地内の司法権を持っている。だからある程度、やりたい放題に出来るのさー。
通りに面した耕作地は、半分は手が入れられているけれど、もう半分は放棄状態だ。
「あの土地も、働く小作人が食べていけなくなって逃げ、あのように放置されているんです」
「ふうん。ちなみに、逃げた小作人達は今どこにいるの?」
「わかりません。おそらく、周囲の領地に逃げ込んでいるとは思いますが……」
ここの周囲って、うち以外だと旧ブナーバル男爵領か、旧アーカー子爵領だ。こことどっこいの気がするよ?
それを言えば、トレヴァン卿も苦い顔で頷く。
「逃げた彼等が生きていればいいのですが……」
そうなるよね……
旧ノティル男爵領でも、南に行くほど農地が豊かになっていく。ただ、働いている人達の表情は暗いね。
「ああ、思いっきり搾取されてますって顔してる……」
リラ、もうちょっとオブラートに包もうよ。いや、私もしょっちゅうストレートに言ってるけどさ。
今はトレヴァン卿も一緒にいるから。
「私は! 代官として失格です!!」
「いや、落ち着いて! 一時的な代官じゃこれをどうにかするの、無理だから!」
領主っていう、強力な存在がないとフェガー家みたいなのはどうにか出来ないでしょう。
あれ? もしかして、それもあってこの領地、うちにきたの?
そんな事を考えながら馬車に揺られていると、領内をぐるっと一回りして領主館に戻っていた。
『主様。何やら不快なものが領主館の前におります』
不快なもの?
『話題に上がっていた、フェガー家当主のようです』
よっしゃ! 飛んで火に入る夏の虫。向こうから来てくれるなんて、助かるわー。
馬車を降りると、でっぷり太った五十代くらいの男性が立っている。何やらお怒りのようだ。
「代官! 何だあの女共は! 儂が中に入るのを邪魔しおったぞ!」
「リャムシモカ・フェガー。何度も言っているが、ここは領主館であり、現在は代官である私の職場だ。貴様が軽々に出入りしていい場所ではない!」
「ふん! 領主など、とうにいなくなったではないか。ここの土地の半分以上は儂のものだ! 実質、儂が領主のようなものではないか!」
はい、不敬ー。てか、これは反逆罪の方かな?
領主というのは、王家から認められて初めて領主を名乗れるのだよ。ただ土地を持っているからといって領主だと認められていたら、各商家はあちこちの土地を買い占めるに決まってるだろうに。
このおっさん、その辺りを理解してないな?
「そんな馬鹿な話が通用するか。それで? 今日は何をしに来たんだ?」
「おお、それよ! うちの分家の息子が、何やら酷い目に遭ったって言うじゃねえか。どうなってんだ!? ああ!?」
もしかして、このおっさんがここに来た理由は、あの暴言男の敵討ち?
おっさんの言葉に、トレヴァン卿は怯まない。
「奴はふさわしい目にあっただけの事。取り立てて騒ぐ事ではない」
「だから、そりゃどういう……うん? 代官には珍しく女連れとは。ほほう? なかなか見目のいい女ではないか」
あん? 私の事であれリラの事であれ、失礼にも程があるぞ? あ、アウトノエの事でも失礼だわ。
「フェガー! 言葉に気を付けろ! この方は――」
「よし、儂が面倒を見てやろう。何、我が家は金があるからな。王都並の贅沢をさせてやるぞ? む? 少々胸が足りんがまあいい」
はい、不敬ー。今度は私に対してだな? つか、胸がどうしたって?
ぶっとい指がついた手を私に伸ばしてきたから、トレヴァン卿が前に出て庇う。そんな事、しなくていいのに。
魔法で吹っ飛ばそうと思ったら、先にカストルが目にもとまらぬ早業で投げ飛ばした。
「え」
「やだ、あいつってああいうのも出来るんだ……」
「まったく、我が主に薄汚い手を伸ばそうなど、万死に値します」
カストルの動きにか、それとも投げ飛ばされたフェガーにか、トレヴァン卿は驚き、リラはカストルの武術に驚き、カストルは投げ飛ばしたフェガーを見下ろしている。
えーと、とりあえずそれ、生きてる?
新領主に対して不敬を働いた咎で、フェガー家は家財一切を没収し、一族郎党デュバル領から追放とした。
家財には当然、連中が買い集めた領内の土地もあるので、これにて土地の取り上げ完了。
「ずるい手だとは思うけれど、こっちから仕掛けた訳じゃないしね」
「はっはっは、奴らの自滅だね!」
捕縛や追放には人手がいるので、ゼードニヴァン子爵に頼んでうちの警備隊を派遣してもらった。
問題は、どこに追放するか、だったんだけど。カストルが提案してきた。
「旧アーカー子爵領の西側に追放しましょう」
「そこ、誰の領地だっけ?」
「ブット子爵家ですね」
ブット子爵? 聞き覚えがないな……
「……覚えてらっしゃらないんですね」
「何が?」
「いえ、何でもありません。そちらでよろしければ、手続きをしますが」
「うん、いいや。あ、でも相手に迷惑がかかるかも」
「大丈夫でしょう」
何故、そう言い切れるのやら。
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ちなみに、ブット子爵は以前レラの実父がレラの婚約者として連れてきた男性の実家です。
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