第385話 また厄介なものを
学院長の領地を荒らしていた連中を捕まえた分の報奨、渡すから王宮においでーと言われた日の四日後。
仕度をしてリラと一緒に王宮へ。そういえば、最近王宮に連れて行く時に文句言わなくなったね。
「一応、秘書って肩書きが付いたからね……」
「何故そこで諦めたような目をするのよ?」
「実際諸々を諦めたからよ」
解せぬ。
王宮に到着すると、案内されたのは何故か謁見の間。あれ? 公式なものだったの? 今日の呼び出しって。
「そりゃあ、報奨を与えるんだから、公式の場になるでしょうよ。今日着ているのも、そういう場に出る装いでしょう?」
「そういえば」
仰々しいのでは? とは思ったんだよねー。最近王宮に行く時は最低限の身だしなみだけで行ってたから。
公式の場になると、ドレスコードが厳しくなる。ドレスの型や手袋、時間帯や場所によっては帽子を着用しなきゃいけない事もあるし、髪飾りを質素に抑えないといけない時もある。
午前中の時間帯、謁見の間に入るには、肌を出すのは最低限というルールがあるので、薄手の生地の長袖ドレスを着用。
首元まで詰まったデザインなのは、この時間帯だからこそ。夜だとデコルテを出して袖を付けず、ロンググローブ着用になるんだけどねー。
ドレスの色はラベンダーブルーをベースに、所々白を入れている。ラベンダーより濃いラベンダーブルーにしているのは、髪の色が白に近いから。この髪色、意外と着る色を選ぶんだよね……
髪はアップにして、黒真珠のコームを付けるだけ。腕輪や指輪は魔道具のもののみ。首元が詰まっているので、ネックレスはしなくて問題なし。
王宮では、身を守る為の魔道具を持ち込む事は許されている。それで王族に攻撃を仕掛けたらどうなるんだよって意見もあるけれど、王宮って、攻撃術式を無効化する術式がこれでもかと盛り込まれてるんだよねえ。
一応、自白魔法は攻撃魔法に含まれないから、頼まれたベースで使ってるけれど。
それはともかく。出迎えに来た侍従に案内されて到着した謁見の間の扉は、まだ開かれない。これは勝手に開けちゃいけないものだから、中から開けられるのをここで待つ。
リラはここまで。秘書で侍女とはいえ、中に入れるのは私だけになるから。こういう時、王侯貴族って面倒だよなあって思うよ、本当。
そうこうしているうちに、扉が内側から侍従二人の手によって開けられた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
小声でリラに言えば、向こうも小声で返してくれた。その後、綺麗なお辞儀で送ってくれる。
開かれた扉の向こうには、奥に続く玉座まで道が空けられていた。この空気、何度経験しても慣れないなあ。
レッドカーペットが敷かれる中、一人で玉座の足下まで行かなくてはならない。
陞爵の儀の際に、こうした場での行動は習った。玉座の手前、指定された場所で止まり、膝を突く。これは、男性も女性も同じ。だからこそ、足の下にはふっかふかの絨毯が敷かれているのだ。
既に両陛下は玉座にいらっしゃる。
「これより、先の大公領における盗賊被害の報奨を――」
司会役の内務大臣の声が響く中、顔を上げてはいけない。基本、こういう場では陛下からの声が掛からない限り、立ち上がるのも顔を上げるのもしてはいけない事。
それにしても、功績の読み上げ、長くない? 内務大臣も、お疲れ様です。
「以上の功績を鑑み、デュバル女侯爵タフェリナ・ローレル・レラには、旧ノティル男爵領、旧ブナーバル男爵領、旧ティーフドン男爵領、並びに旧アーカー子爵領を与える事とする」
え?
その後、どうやって王太子殿下の執務室に来たのか、正直覚えていない。
「だって、謁見の間で聞いた事が聞いた事なので」
「いや……本当に、まったく考えつかなかったのか?」
殿下、何でそこで可哀想なものを見る目でこっちを見るんですか。あ、リラまで呆れたように溜息を吐いてる!
「あの三つの男爵領と、今回のアーカー子爵領、どれも行き先が決まっていなかっただろうが」
「知りませんよ、そんな王宮側の事情なんて」
「知っておけ。隣り合う領の事だろうが」
王太子殿下が厳しい。その土地の持ち主が誰か、領地の主は誰か、調べようと思えば簡単に調べられるそうだ。
「さすがに平民には難しいが、侯爵位にあるのならすぐに調べられる。この機会に、周囲の領地を有しているのが誰か、しっかり把握しておけ」
いらない宿題を出された……
うちの西側にある三つの旧男爵領。あれは、大公派に与していたという結果、三つまとめて取り潰された家だ。
その前に、ふざけた息子達をうちの面接に送り込んだ家でもあるけどな!
で、その潰された男爵領のさらに西にあるのが、アーカー子爵領。隣り合った領地の領主だから、昔から付き合いがあったんだって。
仲の良かった家が潰された、その原因は大公家だ、なら大公家に嫌がらせをしよう、という単純な考えで盗賊騒動に手を貸したっていうんだから、アーカー子爵家はあのままでも、遠からず没落してただろうね。考え甘過ぎ。
んで、今回そのアーカー子爵領までおまけについてきたものだから、うちの領地が広がってしまった。
「今でさえ、管理が大変なのにいいいい」
「仕方ないだろう? あの辺りを任せられる家は、侯爵以外にいないのだから」
「そんな事を言われても」
出来るんだからやれよ? ってか。まあ、確かに王家としては、そう言わざるを得ないんだろうけれど。
「アスプザットの飛び地とか、ヴィル様に押しつけるとか手はあるじゃないですか」
「レラ、さらっと私に押しつけるとか言うんじゃない」
そういえば、ここは王太子殿下の執務室。ヴィル様もいるんだった。
「侯爵が嘆く理由はよくわからんが、実際あの土地にも暮らす民がいるのだ。今は王宮から派遣した代官が見ているけれど、しっかりした領主は必要だろう?」
「王領にすればいいじゃないですか」
「それだと、王家が土地欲しさに貴族の家を潰していると言われかねん」
まったく、ろくでもない事を言う連中は後を絶たないね!
でも、あの三家……いや、四家は王家に刃向かった家なんだから、潰されても文句は言えないだろうに。
「それでも文句を言ってくる連中は、それなりにいるのだよ」
「王族も大変ですね」
心から言ったのに、何故か殿下達に笑われる不思議。酷くね?
ひとしきり笑って落ち着いたのか、殿下が話を再開した。
「ともかく、あの四家はろくに領地に手を入れていなかったようでな。餓死者が出る寸前の領もある。侯爵なら、そうした領もうまく治められるだろう?」
「……うちも、ほんの数年前はそういう状態だったんですが?」
忘れてもらっては困る。デュバルも、長年領民が苦しんだ土地だ。
なのに、王太子殿下は「なおさらだ」という。
「その土地を見事復活させたのは、侯爵の手腕だろう? なら、この四つの哀れな領地もその手腕で復活させてやってくれ」
簡単に言ってくれるなあ、もう。
とはいえ、「報奨としてやる」と言われたものを「いりません」とは言えない。それこそ、王家の顔に泥を塗るようなものだから。
あーあ。これでまた仕事が増えるなあ。
『ネレイデスを作っておいて、正解でしたね』
ええ、そうですね。その通りなんだけど、なんかムカつくわ。それと、こういう場で念話をしてくるんじゃありません。空気読みなさい空気。
『失礼いたしました』
はー……あ! そうだ。
「殿下、一つ提案があります」
「何だ? 領地返上なら聞かんぞ?」
「違いますよ。競馬、国主導でやりませんか?」
「けいば?」
「馬を走らせて、競争させるんです。賭けもやります。貴族なら、手持ちの馬くらいありますよね? それを競わせるんです」
「馬を走らせて競わせる……当然、足の速い馬が勝ちという事だな?」
「そうです。賭け方に色々組み合わせを作ると、さらに面白い事になるのではありませんか?」
「詳しく聞こうか」
ふっふっふ、乗ってきたね。賭け事って、大抵胴元が一番得をするように出来ている。
この場合、国が胴元になれば、国が一番儲けられるって事。
まあ、赤字にならなければ……だけどね。
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