第383話 部屋が狭いですね

 帰りの馬車の中、リラからこってり説教されました。


「本当信じられない。てっきりわかっていて行動していると思ってたのに!」

「いやあ」

「もう少し、危機感ってものを持ちなさいよ!」


 説教の果てに怒られてるんだけれど、私の身を心配してってのがわかるから、思わずへらっと口元が緩んでしまう。


 それを見られてまた怒られるというね。真面目に聞けってさ。いやあ、真面目に聞いてるんだけど。


「まったく。とりあえず、王都に戻ったら早急にヤバい家リストを渡すから、家の名だけでも覚えておいて」

「え? わざわざそんなリスト作るなんて」

「もう作ってあるの」

「あ、そうでしたか……」


 単純に、私に渡すだけなんだって。てか、そんなリスト、いつの間に作ったんだか。


 リラによると、ガルノバン、ギンゼールとの国交、交易に尽力したと思われた辺りから、攻撃は始まってたんだって。


 それでも、大抵の家はデュバルと手を組んだ方がメリットがあるって事で、色々な伝手を頼って手を組もうと躍起になっているそうな。


「でも、あんた自身が新しい相手と手を組むのを嫌ってるでしょう? だから、そういった家の中からも逆恨みして脱落していく家が少なくないの」

「えええええ」


 しょうがないじゃん。よく知らない相手となんて、手を組めないよ。人を見る目もないしさー。


 だから、大抵はシーラ様、サンド様関連で紹介を受ける人達とだけ、付き合ってたんだよね。それが裏目に出るとは。


「後は元々デュバルが気に食わないって家と、女が当主をやっているなんてって家が多いかなあ」

「理不尽」

「人の嫉妬や嫌悪なんて、理不尽なものよ」


 ぐう正論。でも、そんなにうちの敵はいるのか……


 正直、自分の性格が敵を作らないとは思っていない。逆に、敵を作りやすい性格かなあ。


 貴族にしては、付き合いは最低限だし、社交界にもろくに顔を出さない。あれで? と思われるかもしれないけれど、出てる人はもっと出てるのだ。


 社交界でおほほうふふとやっているより、現場に出たり国外に出たりしていた方が楽しいし。


 でも、それもまた、妬み嫉みの元になるんだろうなあ。


「ま、気にしないけどね!」

「あんたは……」


 リラに呆れられた。だってさ、考えてみれば私の敵になったところで、私自身に何か出来る人って少ないのよ。


「今のところ、王家との繋がりも出来てるし、それなりに他の家との繋がりも保ってるもの」

「まあ、力ずくであんたをどうこう出来る人なんて、この世には存在しないでしょうし。心配するだけ無駄だったか……」


 そこ、言い方。否定は出来ないけれど、言い方!




 帰りは行きよりスピードを上げた。ユーインとヴィル様も三輪バギーに乗り慣れたみたいだし。


 ただ、街道はあんまりいい道ではないから、偶に跳ねてたそうだけど。


 街道は、メインは石敷でそこから外れるのはただ草が生えていないだけの土の道。あぜ道みたいな感じ? そりゃ跳ねるわな。


 それでも身体能力が高い二人だからか、跳ねるバギーを押さえ込んで猛スピードで走る事が可能。


 馬車? カストルが車輪の下に結界を敷いてるから、問題なく走行出来ますよ。振動は重力制御装置で吸収してるし。いやあ、快適快適。


 行きの二倍速程度で飛ばした結果、夜遅くなったけれど出発した日付のうちに王都邸に戻ってきましたー。


 もう夜も遅いので、ヴィル様もここに泊まっていく。目と鼻の先に実家があるけどな!


 リラが携帯通信でルチルスさんにおおよその到着時間を伝えておいたからか、メイド達が色々準備してくれていた。


 まずはお風呂。うちのお風呂は各部屋にも付いているし、地下に大浴場もある。今回はそっち。


 汚れを落として大きな浴槽で足を伸ばして浸かる。あー、気持ちいい。


「極楽極楽」

「どこの爺さんだ」

「そこは婆さんって言おうよ」

「年寄り扱いは否定しないのね……」


 いやあ、だって前世と足したらそろそろ初老を十分越えてる年齢のはずだし。さすがにまだ前期高齢者には入らないけれど。


 肉体は若いけれど、考え方は古いのかもね。


 お風呂から上がると、軽食が用意されていた。もう夜も遅い時間帯だけれど、確かにお腹が空いている。お昼食べた後、ほぼノンストップで帰ってきたもんなあ。休憩もトイレ休憩くらいだったし。


 出されたサンドイッチをもぐもぐ食べながら、風呂上がりの体を冷やす。王都はデュバルより南にあるからか、春でも気温がちょっと高め。


 ここより南だった大公領より、気温が高いと感じるのは気のせいかな?


 風呂上がりだからバスローブ姿でいたんだけど、その場にユーインとヴィル様まで来た。向こうもバスローブ姿だよ。


「ちょっとー、女子二人があられもない格好でいるんだから、少しは遠慮してくださいねー。そんな前をはだけて、色気ダダ漏れで大変ですよー」

「誰だ? 女子って」

「私は別にいいだろう」


 ヴィル様、あなたの目の前にいる私達の事ですよ。それとユーイン、ここにはリラもいるって事、忘れないように。


 見てご覧なさい、目のやり場に困って真っ赤になってるじゃないの。


「まったく。もうじき結婚する二人だからいいですけどー」

「ペイロンではもっと肌を出す格好もしていただろうが」


 そうだっけ? ……ああ、水遊びしていた時、濡れたからってパンツ一丁になる事、多かったっけ。私は私で着ていた薄手の服が濡れて透けていやんな事になってなあ。


 でもあれ、私が十歳くらいの頃までの話だったはず……


「アスプザット、今の話はどういう事だ? 事と次第によっては――」

「はいはいそこまでー。子供の頃の話だから。それより、明日って王宮行かないと駄目ですか?」


 強引に話題を変えてみる。ヴィル様は軽い溜息を吐いて答えてくれた。


「急いだ方がいいだろう。一応王宮には事のあらましは伝えてあるが。相手が小王国群とはいえ一国だ。それに、アーカー子爵家の事もある」


 そういえば、そんな奴もいましたね。そのまま放っておいたら、また悪い事をするだろうから、王宮にしっかり罰してもらおう。


 国内貴族だし、大公家に弓引くような真似をしたんだから、まず間違いなく家は取り潰される。アーカー子爵本人が極刑を食らうかどうかは、王宮の判断待ちかな。


 大公領を荒らしたとはいえ、被害があったのは平民だけ。そこを突いて、難癖つけてくる連中もいるかもしれない。


 貴族……大公家そのものが被害を受けなかったのだから、いいだろうとか言いそう。


 でも、貴族って舐められたら終わりなところ、あるんだよねえ。どこのマフィアだよって気がしないでもないけれど。


 弱みを見せるとそこに群がってくる連中は、いる。うちだって、ペイロンとアスプザットの後見がなければ、あっという間に身ぐるみ剥がされていたかもしれない。


 まあ、襲撃してきたら全力で反撃しますが。


 とりあえず、明日は王宮行きかあ。




 明けて翌日。朝食の後に着替えと化粧などで大変な思いをして、今馬車の中。


「王宮は目の前なのにいいいい」

「だからといって、貴族が歩いて王宮に行くのはあり得ません」


 面倒臭いいいいいい。


 今日はユーイン、ヴィル様も馬車に同乗している。二人の着替えは、ユーインはうちにあるからいいとして、ヴィル様の分が問題だったんだよねー。


 まあ、そこはご近所。アスプザット邸から届けてもらったさー。朝方にな。


 すぐ側にある王宮へと到着し、今回は車宿りで馬車を下りる。お、今回は王妃様の隠れ家じゃないんだ。よかった。


 と思ってたのにいい。


「何で王太子殿下の執務室に国王陛下と王妃様と学院長がいるんですかー?」

「あら、息子の執務室だもの。私達がいても不思議はないわよ?」

「それにしても、狭いなここ」

「部屋の大きさに比べて、人数が多いからですよ。文句があるならご自分の執務室へお帰り下さい、父上、母上」


 わー。王太子殿下がご両親に対してぞんざいな扱いだー。


「お二人とも、殿下が本気で怒る前にやめておきなさい」


 学院長は学院長を辞めても学院長だね。もはや何を言っているのかわからなくなってきたわ。




 王太子殿下の執務室にいるのは、王太子殿下、学院長、国王陛下、王妃様。それと留守番組だったイエル卿。


 それにユーインとヴィル様、リラ、私。総勢九人か。確かに、ちょっと手狭かも。


「さて、あらましはヴィルの通信で聞いたが、詳しい話を聞かせてもらおうか」


 こういう時の報告役は、ヴィル様と決まっている。なので、私はおとなしくしてた。


「大公領を荒らしていたのは、小王国群の一つラーノワー王国に雇われた盗賊達でした。オーゼリアの盗賊と、小王国群を渡り歩いていた者達の混合ですね」

「まあ」

「ラーノワー……新興国か」


 ヴィル様の報告に、王妃様が眉をひそめ、国王陛下は何かを思い出したように呟く。


「また、ペイロンで販売中の魔道具が、盗賊達に流れていました」

「何ですって?」


 おおっと、王妃様が柳眉を逆立てたよ。可愛い系とはいえ、美人が怒ると迫力あるなー。


「流したのは、アーカー子爵です。彼は盗賊討伐本部の情報を金で買い取り、盗賊達に流していました」

「ほう。あの子爵か。命知らずな」


 わー、学院長がブラック学院長になってるー。


「それと、両者を結んでいたのがベクルーザ商会の生き残りでした」


 この一言に、国王陛下、王妃様、王太子殿下がびしりと固まった。そんな中、学院長がゆっくりとした声で確認してくる。


「……その、ベクルーザ商会というのは、例の?」

「ええ。王太子妃殿下の毒殺未遂や、金獅子の若手達の反乱に関わっていた商会です」


 あ、今度は学院長まで固まっちゃった。と思ったら、何やら片眼鏡を押さえて地の底から響くような低い声で笑い出す。おおう、ホラーだよ。


「そうか。金獅子の者達を誑かし、王太子妃殿下を亡き者にしようとしただけでなく、我が領まで荒らすとは。許すまじ」


 いや、学院長。ベクルーザ商会自体はもう解体してますから! 生き残りはうちで死ぬまでこき使いますから!


 だから怒りを押さえてえええええ!

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