第380話 ちゃっちゃとやっちゃおう

 あれから、上官に案内されて村の中へ。警備が厳重だなあ。通りがかる村人達の顔には、疲労の色が濃く出ている。


 襲撃者に対する恐怖と、村に常駐する軍に対する精神的圧力。それらが疲労の主な原因ってところかな。


『それに加えて、将来への不安ですね』


 あー。襲撃されて食料とか家畜とか略奪されてるんだっけか。あと人も。そりゃあ不安にもなるわな。


 そんな不穏な空気の中、上官は村の奥へ奥へと向かって行く。


「あちらが、村長の家です。現在、我々が接収しています」


 村長の家は、代々領主に任命されてこの村を治める、いわば村限定の代官のようなもの。という事は、村長の家は代官邸も同然。


 私邸と言うより公邸という面が強いので、こういう時には接収されても村長は文句を言わないらしい。言えないの間違いかな?


 村の奥にある村長の邸は、それなり周囲よりは大きい建物だ。もっとも、王都の貴族の邸を見慣れている身にとっては、ちょっと大きめの庶民の家程度なんだけど。


 で、何故その接収された村長の家へ向かっているかと言えば。


「あちらに、司令官がいらっしゃいます」


 どうやら、これから会うのはその司令官らしい。




 村長の家に入り、玄関ホール向かって左の部屋に通される。ここは、客人を通す部屋らしい。


「こちらで、お待ちください」


 ちなみに、見張り役の兵士は他の兵士に連れられて、どこかへ行ったっぽい。少なくとも、村の奥へ向かった時は視界から消えていた。


 部屋に入り、私とリラはソファに、ユーインとヴィル様は私達の後ろに立っている。カストルは、更にその後ろ。


 いやいやいや、立ち位置おかしくね? ユーインもヴィル様も、そこは従者や護衛が立つ位置ですよ。


 あれか? 今回二人は私達の護衛のつもりとか? 十分戦力と考えているんだけどなあ。


 そんな事を考えていたら、扉をノックする音が。こちらの言葉を待たずに、扉は開かれた。


 さっきの上官と、その後ろに見知らぬ男性。あれが、司令官かな?


 司令官は一度私達をぐるりと見渡すと、その場でかかとを鳴らし、敬礼をする。


「失礼。王国軍南方司令部第二師団所属、第八連隊隊長ラーソン子爵です。現在、盗賊討伐本部の司令官を拝命しております。閣下がいらっしゃると王都から連絡はありましたが、こうもお早いとは思わず、不手際が生じました。心より、お詫び申しあげます」


 上官の人と一緒に見せる敬礼は、とても綺麗だ。なるほど。隊長達の想定以上の速度でここまで来たから、周知徹底がなされていなかった訳か。


 でもなー。馬車の横にでっかくうちの紋章、入れてあったんだけど。


 馬車に紋章を入れられるのは、爵位を持つ貴族のみ。つまり、どんな紋章であろうとも、その馬車は貴族の家のものであり、乗っているのは爵位持ちの貴族だって事。


 こんな基本的な事、子供でも知ってると思ったんだけどなあ。


「こちらはデュバル女侯爵閣下です。後ろに控えるのは閣下の御夫君でフェゾガン侯爵家のユーイン卿。その隣は王太子殿下の側近であるゾーセノット伯爵。私は伯爵の婚約者のユルヴィル伯爵家の娘です」


 おっと、リラが珍しく硬い声で司令官に全員分の名前と身分を伝える。あー、上司の顔が青くなった。


 貴族は私一人だけだと思った? そんな訳ないじゃなーい。最悪、私一人をどうにかすれば何とかなると、司令官を呼んできたのかなあ?


 だとしたら、計算違いもいいところだよ?


 リラは一段声のトーンを落として続ける。


「それで? 先程の兵士の処分はどうなりますか?」

「先程の兵士?」


 司令官が訝しげな顔をする後ろで、上官がいきなり頭を下げた。


「どうか! 寛大なご処置を!!」

「一体、何がどうしたというのだ?」


 一人、司令官だけが訳がわからないって顔をしているね。上官、君、先程の事を報告していないな?




 その後、リラから事の次第を聞いた司令官は、真っ青になっていた。


「今すぐそいつを呼んでこい!!」


 下手すると、このまま私達が南方司令部に駆け込んじゃうもんねー。南方司令部って、確かゾクバル侯爵とは懇意なんだよなあ。


 そして、ゾクバル侯爵って、国軍の偉いさんでもありました。いや、本当に最近まで知らなかったのよ……


 確か、元帥の一人だったかな? それもあって、レズヌンドには国軍ではなくゾクバル侯爵の私兵が詰めていたんだってさ。ここに来る前、シーラ様に聞いてきた。


 そんなところに、王家派閥でも序列が上になり、ゾクバル侯爵との仲も良好な私が「門前払いを食ったんですうう」って泣きついたら、どうなるだろうね? 元帥直々に、南方司令部をガサ入れするかもー。


 で、不正なんかが見つかった日には、あら大変。こういう時のガサ入れって、どんな小さな不正も見逃さないそうだね。どこも大きな組織になると、日常的に細かな不正が行われ、それは見逃される傾向にあるっていうけど。


 司令官はそれがわかったから、やらかした兵士をすぐに呼びにやったんだ。上官、君はそこら辺の計算が甘いよ。結構いい年なのにねえ。多分、三十代半ばくらいじゃないかなあ。


 その上官が、例の兵士を伴ってやってきた。お、左頬を腫らしてるね。上官に殴られたのか、別の誰かか。


「申し訳ございません!! この通り、こちらで処分をしておきましたので――」

「まさか、その頬が処分の結果とか、言わないわよね?」


 あ、上官と司令官が、絶望の表情を浮かべている。わかっていないのは、兵士本人だな。


 あれ、殴られた事も不服に感じてるでしょう? そういうの、表に出るよー?


「カストル。彼がやった事を文書にまとめて」

「承知いたしました」

「閣下?」


 司令官が、訝しんで声を掛けてきた。何する気? って顔に書いてあるー。


「これから、ゾクバル侯爵宛に、文書を送ります。もちろん、内容は今回の件です」


 意味がわかったのは司令官と上官だけで、兵士はきょとんとした顔だ。おーい、王国軍、色々と教育が足りていないんじゃないかね?


「そこの兵士君には、私の文書を持ってゾクバル侯爵の元へ行ってもらいましょう」

「か、閣下! それは! その!」

「後は、ゾクバル侯爵にお任せします」


 はっはっは。一介の兵士のせいで、南方司令部にガサ入れ決定だー。


「あ、ちなみにこの文書の事は通信でゾクバル侯爵にお伝えしておきますね。誰からの文書を、誰が持っていくか、きちんと、お話しておきます」


 便利よね、通信機。もちろん、ゾクバル侯爵家にもありますとも。お高くても、あの家は買える資金があるから。




 青い顔の司令官と上官に送り出され、兵士は村を後にした。さすがに徒歩で行かせるもあれだから、馬を使うのは許可した。


 首を傾げながら走り去ったけれど、ゾクバル侯爵の元に通されたら、どんな罰が待っている事やら。


 これに懲りたら、貴族は敵に回すんじゃないぞー?


「あ、通信でゾクバル侯爵に連絡入れなきゃ」

「それは私の方でやっておく。携帯型で、繋がるか?」

「大丈夫ですよ。お願いしますね、ヴィル様」


 和やかな私達とは違い、司令官と上官は真っ青な顔で固まったままだ。


 とりあえず面倒な連絡はヴィル様がやってくれるし、さっさと襲撃者達を捕縛しに行こうかな。


「襲撃者がいる場所って、わかる?」

「お任せ下さい」


 本当は司令官達に尋ねた方がいいんだけど、固まっちゃってるからね。カストルに聞くと、既に居場所は把握済みなんだとか。


 さすが、出来る執事は違う。


 結果にほくほくする私の隣で、リラがボソッと呟く。


「居場所がわかっているなら、捕縛までやってしまえばいいのに」

「主様からのご命令がありませんから」

「こっちも待てが出来るようになったんだ……」


 リラ、もしかしてカストル達の事も、待てが出来ない犬扱いだったの?




 何とか再起動した司令官達は、私達がすぐに捕縛に向かうと聞くと、案内役を買って出た。


「そのくらいはさせていただきませんと!」

「あ、いりません」


 あっさり断ったら、何だか凄く傷ついた顔をしてる。いや、今更こちらに媚びを売ってきても、ゾクバル侯爵に口利きとかしないからね?


 ちなみに、ヴィル様から連絡を受けたゾクバル侯爵、ガサ入れにやる気満々になってたって。「絶対不正を見つけ出してやる!」って嬉しそうに言ってたそうな。


 どんだけだよ、王国軍。まあ、これで綱紀粛正になるのならいいのかもね。


 カストルに任せて馬車を走らせていると、ある山の麓に到着した。今回はバギーはお休みで、四人とも馬車に乗っている。バギーは私の収納魔法の中だ。


 あの村に置いておいて、悪戯されたら嫌だし。その場で暴れちゃうぞ?


 なので、王国軍の為にも収納魔法に入れておいたって訳。


 馬車から下りて、山を見上げる。ああ、いるね。


「面倒だから、ここから催眠光線使ってもいいですか?」

「いいんじゃないか? 手間が省ける」


 ですよねー。実利を重んじるのは、ペイロン流だ。ユーイン、そこで不機嫌にならない。ヴィル様との間が阿吽の呼吸なのは、付き合いが長いからだよ。幼馴染みだし。


 まずは探索魔法で検出した人間の周囲に結界を張り、その中に催眠光線をぶち込む。これでおしまい。


「眠った連中、どうやって運びだそうか」


 そっちの方が骨が折れるかも。


「それでしたら、私にお任せを」


 カストルが言うが早いか、さっと手を振っただけで山のあちこちから人が湧き出た。いや、浮かび上がったのか。


 それらが空中を滑るようにこちらに集まってくる。結構いたねえ。


「……全部で七十八人!? 多くない!?」


 リラが数えてくれたみたい。いや、本当に多いな。これ全部、本当に小王国群の流民なの?


 まーいっかー。自白魔法使えば一発でわかるでしょう。

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