第379話 現場到着

 学院長が学院長でなくなるなんてー。ショックー。これからは学院長って呼べないじゃん。


「そんなに驚く事かしら?」

「王妃陛下、おそらくレラはこれから大公殿下の事を学院長と呼べない事にショックを受けているだけです」


 ヴィル様、さすがに付き合い長いだけあって、よくわかってらっしゃる……


「よくわからないわね。学院長を辞めても、ネードはネードでしょうに」


 そーですね。多分私以外に理解してくれる人はいないと思います。


「叔父上が学院長を務めていた背景には、あの大公派の存在があったんだ」


 忌々しそうに言うのは、王太子殿下。殿下は連中が大嫌いなんだよね。何せ、大公派はほんの少し前、ロア様をお腹のお子様ごと毒殺しようとしたから。


 あれか、公爵派を当のコアド公爵が嫌うのに、近いものがあるのかも。コアド公爵は産まれたばかりの姫君と、奥方様との時間を何より大事にしているから。それを邪魔する存在は、蛇蝎のごとく嫌ってるんだよね。


 それはともかく、学院長が学院長を務めていた事の裏に、大公派がいるってどういう事?


「学院長に就いている間は、王位継承権が停止されるんだ」


 私の疑問を見抜いたように、王太子殿下が教えてくれた。そういう法律があるんだって。知らなかった……


「これはあまり知られていない法律ですからね。レラが知らなくても不思議はないわ」


 にこりと笑う王妃様。この方も、既に孫が二人おられるんだよなあ。とてもそうは見えないけれど。




 レイゼクス大公領に出没する、襲撃者達を撃退せよ。それが今回私が請け負った仕事の内容。


 正直言うけど、侯爵のやる事じゃないよね? 王宮からの帰りの馬車の車内でこぼしたら、リラがちょっと驚いた様子を見せる。


「珍しくまともな事を言う」

「リラ、君の中の私は、一体どういう――」

「それに関してはこの前言いました」


 うぐ。そうでした。それにしても、酷くないかね? 私、一応君の雇い主でもあるんだけど?


「デュバルをブラック企業にしたいのなら、上司権限で私の発言を隠蔽しても構わないわよ?」

「無理ですごめんなさい」


 ただでさえ、仕事を増やして皆の負担が山積みになってるんだから、これ以上ブラック化なんてさせられない。


 速攻謝罪した私に、リラがふわりと笑う。


「そういうとこを、私は結構好きよ」


 もう! こういうたまにデレるところがリラの可愛いところなのよ!


 一人噛みしめていたら、リラがふと思いついたように口にした。


「それはそうと、策はあるの?」

「ああ、いつも通り結界で覆って催眠光線一発で終わらせるつもり」

「ゲリラ達も、まさかあっという間に制圧されるとは思わないでしょうね……」


 ゲリラ達に同情するつもりなんぞないよ。食えないのなら、自ら働け。人のものを盗んで生き残ろうというのなら、捕まって強制労働を課されても文句言うなっての。


 まー、彼等がどういう存在かは、捕まえてみればわかるでしょう。




 レイゼクス大公領は、オーゼリアの南端、西よりの土地だ。山がちな土地で、主な産業は林業なんだとか。


 ちなみに、もう少し東にいくと平原が多いゾクバル侯爵領となる。


 それにしても、林業が中心なら厄介な連中が山に棲み着くのは困るよなあ。


「だからあんたに依頼が来たんでしょう?」

「解せぬ。何度も言うけど、私デュバルの領主。余所の領地の事に首を突っ込む立場じゃないんですけどー」

「まあ、今回は王宮……というか、王家からの直接の依頼だから」


 まーねー。あの面子の中で「嫌ですやりたくありません」は言えない。いや、言うつもりもないけれど。


 気分的に、学院長がお困りなら助けるくらいはしてもいいと思ってるんだ。学院生だった時、お世話になってるから。特に寮の問題で。


 色々とね、目こぼしもされてたと思うのよ。本来なら、あれだけ学院内で魔法を使って怒られないのはおかしいもん。


 一応、建物を壊さない限りは許可されたけれどね。拡大解釈で私だけでなくコーニーにも当てはめて色々と使ってもらったし。


 そういう面があるから、今回は恩返しのいい機会かもしれない。


 王都からレイゼクス大公領まで、馬車だと大体十日から十二日。これ、デュバルからだとその倍くらいはかかる。


 ただ、今回出した馬車はデュバル特製のもの。おかげで飛ぶように走る走る。さすがにガルノバンの車ほどのスピードは出せないけれどねー。


 今回の大公領の件で同行するのは、ユーインとヴィル様、それと御者としてカストル。二人は試験的に導入している三輪バギーでの移動だ。


 オフロード仕様のぶっといタイヤで動く、大人の三輪車。魔力で動くので、高圧縮型魔力結晶も搭載しているけれど、まずは自分の魔力でどこまで移動出来るか試してみたいってさ。


 イエル卿も行きたいって言っていたそうだけど、さすがに側近が三人も王太子殿下の側を離れるのはまずいって事で、彼だけ王宮に居残りだ。当然、コーニーも。


 話を聞いた彼女は、自分だけでも行きたいって拗ねてたけどね。さすがに婚約者放り出して大公領に行くのは駄目でしょう。


「あんたがそれ言う?」

「え? 何で?」

「いや、今まで散々ユーイン様を放置してあちこち行ってるじゃない」


 そう? でも、国外に行くときは一緒だよ? 国内で移動する時だって、王都と領の往復くらいなら、一緒にいない時もあるけれど。


 それを言ったら、リラが首を傾げていた。


「あれ? そんなもんだっけ? フロトマーロの時はいなくなかった?」

「あれは私が連れて行かなかったんじゃなくて、殿下の視察に同行していたからじゃない」


 別に、ユーインを連れていきたくなくて、あの時期にフロトマーロに行った訳じゃないよ? 確かに、側にいないなら、領内でおとなしくしておく必要、なくない? とは思ったけど。




 途中の野外で一泊。取り出した移動用宿泊施設を見て、ユーインもヴィル様も驚いていた。そういえば、二人がこれを見るのは初めてか。


 トリヨンサークに持っていったやつは、前の簡易宿泊所だったし。


「こんなに進んでいたのか……」

「これは凄い。野営が楽になる」


 うん、ヴィル様はともかく、ユーインは着眼点が軍人だよ。


「維持にかなりの魔力を必要とするから、軍には向かないんじゃないかなー?」

「そうか」

「まあ、これだけ至れり尽くせりでは、魔力消費も高くなるだろうよ……」


 何と言われようとも、私は私が快適に過ごす為なら、どんな技術も魔力コストも惜しまないよ。


 一日の終わりに、ユーインとヴィル様に三輪バギーの乗り心地を聞いてみる。


「馬より振動は少ない」

「癖があるから最初は戸惑うが、慣れれば移動は楽だな」


 なかなか好感触の様子。あの三輪バギー、リヴァン君用の三輪車を作っておいて思いついたなんて、口が裂けても言えないな。




 余裕を持って到着したレイゼクス大公領は、確かに山が多いという印象。領都はこぢんまりとしていて、派手さはない。


 でも、各家々には花が植えられていて、通りには街路樹。綺麗な街だなあ。


「で、厄介な連中が出るのは、ここからさらに南の村々ですね」

「被害に遭っているのは、農作物や家畜、それと……」

「人? 誘拐までやってるんですか? この連中」


 若い娘さんを何人か、攫っているという。うん、これだけで私の中の許さんメーターが振り切れた。


 襲撃者共は、全員許さん。とっ捕まえたら、地下の工事現場で潰れるまで働かせてやる。


『受け入れ準備は整えてあります』


 ありがとう、カストル。有能な執事がいてくれて助かるよ。




 午前中に到着した領都を出て、襲撃されているという村へ向かう。途中から、何やら物々しい雰囲気になってるんだけど。


「止まれ!!」


 あ、馬車が停められた。止めたのは……兵士?


「何者だ!? 怪しいものに乗って。ここはレイゼクス大公殿下の領地と知っての事か!?」


 いや、あんたこそ馬車に描かれたうちの紋章、わからないの? 貴族の紋章を見て理解出来ない奴を、見張りに立てちゃ駄目でしょう。


 とはいえ、バギーに乗る関係から、ユーインとヴィル様はペイロン製のツナギを着ているから、見慣れない人には怪しい人間に見えたかも。それに、馬じゃなく三輪バギーだし。


 これ、魔道エンジンを搭載しているから、音が静かでいいんだけどなあ。


「所属と階級は?」

「は?」


 不機嫌そうなユーインに問われた兵士は、間の抜けた声を出している。まさか、不審者と思って止めた連中にこんな事を聞かれるとは思わなかったんだろうね。


「所属と階級を聞いている。軍にいる以上、言えないはずがないな?」

「き、貴様に言う必要は――」

「何をしている!?」


 おっと、兵士の後ろから、別の兵士が。多分、ユーインに食ってかかった兵士の上司……上官だな。身につけている装備が違う。


 上官の方は、馬車の紋章に気付いたらしい。


「これは……デュバル侯爵家の方ですか?」

「そうだ。車内にいるのがデュバル女侯爵。私はその夫だ。こちらは王太子殿下の側付であるゾーセノット伯爵」


 ユーインの言葉に、上官だけでなく兵士も真っ青になってる。うん、貴族相手にやらかしちゃったら、最悪首が飛ぶからね。物理的に。 

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