第378話 新たな依頼
チェリは王都のアスプザット邸で出産したという。元気な男の子だって!
「都合がいい時に、お祝いに行きたいのですが!」
通信で鼻息荒く伝えると、画面のシーラ様が苦笑している。
『彼女に聞いてみるわね。今のところ体調に問題はないから、すぐに会えると思うけれど』
母子ともに健康だそうな。
オーゼリアでの出産は、直後に回復魔法を使えるので、産後に大変な思いをする事が少ない。もちろん、回復魔法を使える家に限るけれど。
王都は回復魔法を使える魔法士が多いから、一般の家庭でも支払えるお値段で依頼出来るそうな。地方になると、そこの領主の考え方次第なところがある。
ちなみに、デュバルは妊娠出産育児に関してのバックアップは惜しまないから、産婆と回復魔法が使える魔法士はワンセットで使えるよう、制度を作った。
私が領主になる前に比べると、領内の衛生環境も大分整ったし、今では乳幼児の死亡率がぐんと下がっている。とはいえ、統計を取り始めてまだ十年も経っていないけれど。
このまま右肩上がりで人口が増えるといいなあ。
チェリの出産祝いは、割とすぐに日程が決まった。それを伝えてくれるシーラ様の様子が、何だか変。
「どうかしましたか? ……まさか、チェリと赤ちゃんに何か――」
『いえ、二人には何もないの。ただ……』
「ただ?」
『どうせすぐそちらにも連絡が行くでしょう。レラ、王宮からの呼び出しがかかります』
えー? 私、何かやったっけー?
相手がシーラ様だからか、つい顔に「嫌だなあ」と出てしまったらしい。
『悪い話ではないわ。……多分』
「多分!?」
多分って何多分って。シーラ様、そこで目をそらさないでください!
シーラ様からそんな話を聞いた日の夜、ユーインが一通の手紙を持って帰ってきた。
「殿下からだ」
「えー?」
「領地の為になる話だと思う……多分」
「多分!?」
また!? もう、誰も彼もどうしてこう。
とりあえず、王太子殿下からだっていう手紙を開けてみた。うん、王宮への招待の手紙だね。招待っていうか、呼び出し?
「今度は何をやらされるの?」
「やらされるというか……ともかく、行けばわかると、思う」
ユーインにしては歯切れが悪い。呼び出しの内容、知ってるな?
その夜一晩かけて聞き出そうとしたんだけど、結局聞き出せなかった。悔しい。
チェリとロクス様の長男、リヴァンシイン・ジスト君は、ベビーベッドですやすやと寝ている。
「かーわーいいー」
ちっちゃい。手も足もちっちゃい。何もかもが可愛いよう。
眠るリヴァン君を愛でる私を見て、シーラ様もチェリも笑っている。
「そんなに可愛いと思うのなら、自分で自分の子を産みなさいな」
「レラの子が、うちの子と仲良くなってくれたら、嬉しいわ」
う……ついこの間、そんな話題が出たばかりなのに。同行しているリラまで頷いているし!
「余所の子と自分の子では違いますしー」
主に責任感が。余所の子はただ「可愛いー」って言ってられるけれど、自分の子となると躾けもしなきゃいけないしさー。
「我が子の可愛さは格別よ」
「ええ、本当に」
う。幸せオーラに満ちるシーラ様とチェリに言われると、反論出来ない。
シーラ様にとっては初孫だし、チェリにとっても初めての子で、しかも婚家の跡継ぎだ。リヴァン君の誕生は、アスプザットの誰にとっても嬉しい事だろう。
それは、子供部屋に積み上げられたお祝いの品からも窺える。
うちからは、乗れるおもちゃ四種。魔道具の木馬と魔道具の車、それに魔道具の機関車、最後に三輪車だ。
どれも魔力で動く、乗って遊べるもの。機関車に関しては、専用のレールの上を動くようにしてある。
アスプザットなら、いくらでも広い場所を用意出来るからね。
実際に遊べるようになるのはまだ先だけれど、子供の成長は早いっていうから。シーラ様にもチェリにもリラにまで呆れられたけどね。
楽しいアスプザット邸での時間はあっという間に過ぎ、お昼をいただいて一度デュバル邸へ戻って仕度をしてから王宮へ。
今日は王宮からお迎えの馬車が来るそうな。目と鼻の先なのに馬車を使わないといけないのが面倒。
「いくら嫌でも、そんな渋い顔しないの」
前の席に座るリラに注意される。だってー。どう考えても面倒ごとが来るとしか思えないー。
「妃殿下がお呼びなのかもしれないじゃない」
「だったらロア様の名前で招待状が来るはずでしょー」
「それもそうか」
リラらしくなーい。そんなに私に不機嫌になられたくないのか。
まー、普通なら王宮からの招待状が来たら喜び勇んで行くわな。私が普通じゃないのは、理解した。
とはいえ、あそこ行くと面倒な事が起こる確率が高いから、やっぱり嫌なんですけどー。
馬車は王宮へ入り、そのまま庭園へ。あれ? これって……
「……招待状の主って、王太子殿下だったはずよね?」
「ええ。確かに」
なのに、何故王妃様の隠れ家へ進んでるんだ? この馬車。
見慣れた八角形の建物。その入り口に、ユーインが立っていた。
「珍しい」
「殿下からの頼みなんだ」
逃がさないように、とかかな? 王宮の奥まで来て、逃げはしないんだけど。
この建物の入り口は一箇所。そして、来る時には大抵開け放たれている。
今日も、扉は開けられていた。そこをユーインにエスコートされて入っていく。
「ようこそ。フロトマーロの一件以来かしら?」
「……ご無沙汰いたしております」
いつもの席に王妃様。そして、向かって右隣に王太子殿下。そのさらに右隣にロア様。
王妃様の、向かって左隣には学院長。学院長の更に左にはヴィル様。これ、どういう面子?
促されて席に座る。王妃様の目の前ですよ……
「侯爵、いきなり呼び出した事は許せ。こちらも、小うるさい連中を黙らせるのに苦労してな……」
小うるさい連中が誰か知らないけれど、黙らせたって、何やったんですか殿下。
それに、普段ならこんな場所で顔を見る事がない学院長までいるなんて。
「彼がいるのが、気になる?」
ギク。心を読まれた!? 王妃様なら、それくらい出来そうな気が……
「王妃陛下。お戯れが過ぎますぞ」
「だって、ちらちらあなたの事を見ているから」
ああ、私の視線でバレたのか。迂闊。
「普段この場にいないはずの叔父上がいれば、侯爵とて気にはなるでしょう。学院では、学院長と生徒という間柄だったのですし」
そーなんですよ! いや、学院長が王弟で、大公殿下なのは知ってるんですけど! それでも、学院在学中の六年間でたたき込まれた関係性って、そう変えられないよね。
一般の生徒と学院長がそうそう顔を合わせる事はないけどさ。私の場合、入学早々寮の問題でねー。
思わず遠い目になりかけた時、王妃様から今回の呼び出しの理由が語られた。
「ネードにはいてもらわなくては困るから呼んだのよ。レイゼクス大公領に関わる話ですからね」
ネードって誰だ? って思ってたら、学院長の名前だったらしい。この国で「大公」の地位にいる人は、学院長以外いないから。
でも、その学院長の領の問題に、何故私が呼ばれたの?
「レラ、あなた、レイゼクス大公領がどこにあるか、知っていて?」
「申し訳ありません、不勉強ながら知りません」
知ってて当然なのかもしれないけど、未だに国内の領地がどの家のものか、いまいち把握し切れてないのよね。関係がある家のは覚えたんだけど。
「レイゼクス大公領は、南西に位置する。小王国群とは、山脈で隔てられた土地だ」
学院長自ら教えてくれましたー。いや、本当に不勉強で申し訳ございません。
「恥をさらすようだが、我が領で少し困った事が起こってな……」
もしや、そのお困り事を解決するのが今回の仕事なのかな? でも、余所の領地に首を突っ込むのはどうなんだろう? 後、これがどうデュバル領の為になるのやら。
とはいえ、話は聞かざるを得ないね。
レイゼクス大公領は、大公の領地と言うには狭い、山がちの厳しい土地らしい。
でも、そこはオーゼリア。学院長自身の伝手もあって、多くの魔法士を呼んで領地の開拓を推し進めていたそうな。
そんな中、何と小王国群から山脈を越えて襲撃をされる事が多くなったという。
「え、それ国同士の問題に発展するのでは?」
「それがね、襲撃してくるのは、接している小王国群の民ではないらしいの」
「はい?」
聞けば、流浪の民なのだという。彼等はその山脈に棲み着き、大公領に度々略奪に来るそうな。
それなら、軍を使って一掃すればいい話では?
「それも考えたし、実際に軍を投入したのだが……」
「相手の方が一枚上手でね。少人数による攪乱や罠などを使って、軍を翻弄するそうなの」
ゲリラ戦かな。大軍はそういう細かい動きに弱いよね。でも、魔法士がいるなら、手はありそうなんだけど。
首を傾げていたら、ヴィル様から声が掛かった。
「レラ、軍の魔法士はペイロンの連中ほど魔法に長けていないんだ」
「え? 魔法士ですよね? なのに、長けてないんですか?」
「軍の魔法士は、あくまで兵士達の補助的役目しか担っていないからな」
何だそれ。あ、だから私に依頼が来たのか。
言っちゃなんだが、私は一人で歩く砲台扱いだからね。それに、結界と催眠光線で相手を無力化する事は得意だ。
「……学院長の領地で、ゲリラ達を捕縛するのが今回の役目ですか?」
「げりら……とは、何だ?」
しまったー。学院長の言葉に、ここにいる人達が怪訝な顔でこっち見てるー。
「ええと、それはともかく、襲撃者を捕まえるのが仕事、でよろしいんでしょうか?」
「ああ。それと、私は既に学院長を辞めている。これからはレイゼクス大公と呼んでくれたまえ」
本日一番の爆弾発言を聞いた気がする。
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