第377話 シュシュと出産
マダム、店の見習いの子達の修業の一環として、小物を作らせて売る事にしたんだそうな。
「店の名前は出しませんが、安価で手に取りやすいものなら売れるかと思いまして」
で、その小物のサンプルが今目の前に。マダム、私のドレスを仕立て終わるまで、デュバルに滞在するってさ。
ヌオーヴォ館の執務室の机の上には、布小物が山のように積まれている。一番多いのは、レースのコサージュかな?
編んだレースをきゅっとまとめて花のように見せている。確かに、マダムの店に置くには稚拙な出来かも。
とはいえ、これを屋台に置くの? 周囲から浮かない?
「駄目でしょうか?」
「駄目じゃないけれど……周囲から浮くかもね」
何せ縁日用の屋台が並ぶ場所だ。もうちょっとこう、庶民風の……あ。
カストル、ゴムはあるんだっけ?
『ゴム製品ですか?』
製品っていうか、髪を結う髪ゴム。
『かみごむ……類似品はありませんね。作りますか?』
ぜひ! で、マダムにはちょっと作ってもらいたいものが。
「マダム、後で渡す品を使って、こんなものを作ってほしいんだけど」
その場で小物として用意されたハンカチを手に、折ったり曲げたりして説明する。そのついでに、どこを縫えばその形になるかも。
「そのくらいでしたら、すぐに出来ますが……一体、それは何をするものなんです?」
「試作品が出来上がったら、教えるよ」
ふっふっふ。これが出来れば色々と助かる事に。
カストルが髪ゴムを作り、それをマダムに渡して試作品が出来上がってきた。
「これなんですが……」
「おお!」
これぞまさしくシュシュ! 腕にはめて飾りにしてよし、髪をまとめるのに使ってよし、髪飾りに使ってよし。
型は同じでも、布の柄を変えればいくらでも別物として作る事が出来る。そして、このシュシュ、端切れでも出来るんだよねー。エコだわ。
使い方を目の前であれこれ教えると、マダムの目がきらりんと輝いた。
「侯爵様。これ……」
「ぜひ、作って縁日に出してほしいな。ミシン、使えたよね?」
二人でグフグフ笑う姿を、リラが呆れた目で見ていたとか見ていなかったとか。
本当は浴衣や作務衣、甚平なんかも作ってほしかったんだけどねー。
「それはまた来年か再来年に」
「珍しい。待てが自発的に出来ているなんて」
「リラ、君の中の私って、一体どういう存在?」
「え? 楽しそうな事には全力疾走する躾のなっていない犬くらいかな」
酷くね? 本気で酷くね?
「浴衣とかは、和裁士でないと縫えないし。職人育てるには時間がかかるし。だから諦めたのに」
「よく出来ました。常にそうして周囲の事を考えるようにしましょう」
ムキー!
浴衣、作務衣、甚平に関しては、カストルに丸投げして人形による試作を作ってもらう事になった。材料の木綿布は、カストルがいくらでも作れるからね。
「お任せください。来年と言わず、縁日オープンまでには仕上がるように――」
「しなくていいから。来年まで出さないからね。時間厳守です」
「……承知いたしました」
不満そうだなあ。別に技術的に出来ないと思ってる訳じゃなくて、将来的に浴衣なんかは専門で仕立てられる店を作りたいんだよ。
その為にも、職人をしっかり育てておきたいところ。来年まで時間をかけるのは、その為の下準備とでも思ってもらおう。
「人形だけでなく、領内の人達にも縫い方を教えてほしいの」
「雇用創設ですか? 確かに、在宅でも出来る仕事ですね」
まーねー。現在、デュバル領民であれば産前産後の家事、及び育児中の家事手伝いなんかは外注出来て、補助金も出している。
家事自体が仕事になるし、子育て経験のある人なら、若い親にも色々助言出来るだろうし。
現在、我が領では着実に人口が増えている。流入組もいるんだけど、領民に子供が生まれてるんだ。しかも、同時期に。デュバル版ベビーブーム?
今までは環境が環境だったからねー。折角生んだ子が、半年経つ頃には半数以下になってるんだもん。
今なら、熱を出したら診療所に、病気になったら回復魔法を受けられる。親の栄養状態も改善されているし、仕事による収入もアップ。そりゃ皆子供を作るわな。
で、そうなるとどうしても親が家で育児せざるを得ない。保育園は現在整備中で、まだ稼働していないし。
稼働したとしても、我が子を余所に預ける事に難色を示す親もいるそうな。親自身でなくても、周囲の目がそうだったりね……
その辺の意識改革も同時にしないとなあ。
「それには、領主様が範を示すのが一番なんだけどねー」
「うぐ」
リラがちらちらこちらを見ながら言っている。わ、わかってはいるんだけれど。
別に、子供が欲しくない訳じゃないんだよねー。ただ、今作っちゃうと確実に王家に目を付けられると思うんだよなあ。
王太子殿下の所に王子様、殿下の弟で母方の実家を受け継いだコアド公爵の所に姫君。
これで我が家に男女どちらの子が生まれても、側近扱いされそうでさー。いや、王家派閥の家としては光栄なんだろうけれどー。
そうなると、ロア様やコアド公爵夫人が私のママ友になるんだよ? さすがに高貴過ぎない? せめてもう二、三歳離れた方がいいと思うんだー。
「……あんた、自分が侯爵家当主だって自覚、ある?」
「一応ねー。それでも、王族のママ友やりたいとは思わないわー」
「そもそも、ママ友ですらないと思うんだけど……」
リラは甘い。親の付き合いが子供に響く以上、ママ友だよ。そして、出来ればそんな事にはなりたくないのだ!
「……そんな事言って、実は単純に身軽でいたいってだけの話なんじゃないの?」
正論を言うリラは苦手でーす。
正直、身軽でいたいというのは本当だ。だって、やる事たくさんで出産育児までしてる余裕はない。
この辺りは、ユーインとも話し合って了承を得ている。三年子なきは~なんて事を言う人もいるけれど、うちにはそういう厄介な親族もいないし。
いや、本当にデュバルって親族いないんだよ。全滅してるんじゃないかってくらいに。
単純に、生まれる子の数が少なかっただけみたいだけど。遠い親族にはペイロンの伯爵やアスプザット家がある。あ、分家扱いでユルヴィルもか。
どの家も、子供作って落ち着けと言ってくる人はいない。私の性格をよく知っているからね。
強制すれば、反発するか逃げ出す。それくらいなら、好きにやらせておけというのが、あの人達の共通見解なんだと思う。
今なら反発はしても、逃げ出しはしないけれどね。旦那を捨ててまで行きたい場所はないし、捨てるくらいなら戦うよ。ユーインも手伝ってくれるだろうし。
それに、領地を置いていくのはもったいなさすぎて。これだけ好き勝手に出来る場所、他にないもん。
楽しい事、面白そうな事は何でも手を出す。それこそ、私がここに留まり続ける理由になるんだから。
執務室で書類と格闘したり、マダムの店で仮縫いしたり、領地内を視察したりしていたら、時間はあっという間に過ぎ去っていたらしい。
「チェリが出産!?」
『そうなんですって!』
通信の相手は、コーニー。ヌオーヴォ館の執務室に置いてある通信機は携帯型ではなく据え置き型。相手の姿を見て話せるテレビ電話……じゃなくて通信機なのだ。
そのコーニーから、重大発表が。王都でチェリが出産したというのだ。
「おめでただって、聞いてなかったよー。教えてくれればよかったのにー」
『本当にね。でも、事情もあったり私達もトリヨンサークに行ったりしていたでしょう? だから、煩わせたくなかったんですって』
もう、チェリったら水くさい。とはいえ、確かに妊娠しましたーなんて大々的に発表する家は少ないんだよね。それこそ、王家くらい?
大抵は出産後にお披露目をするから、その時に周知する程度。あー、でも出産前に知りたかった! そうして、山のようにベビーグッズを作って送りたかったのにー!
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