第376話 不可抗力

 結局、ルミラ夫人とジルベイラまで巻き込んで、くじ引き賞品の当たりに魔道具、は却下されました。


「当然だと思いますわ。私がその場にいたら、やはり反対しましたもの」


 ヌオーヴォ館の執務室に、報告に来たヤールシオールに話を聞かれ、さっくり切り捨てられたましたとさ。


「ヤールシオールまでえええええ」

「魔道具の単価を考えてくださいまし」


 そう言われると、反論出来ない。くじ引き一回の値段にもよるけれど、高額すぎる商品は面倒の元かー。


「それよりも! そんな面白そうな企画が動いているのに、どうして私に声を掛けていただけなかったのか! そちらもぜひ! 理由をお聞かせ願えませんか?」


 ヤールシオールの圧が強い。いや、理由も何も、あの時あの場にいなかったからってだけなんだけど。


 素直にそう言ったら、残念な子を見るような目をされた。


「……ご当主様。そういう時は、通信で呼び出してくださいませ。お仕事でしたら、すぐに駆けつけますわ」

「あ、はい」


 おかしいなあ。私、領主のはずなのに。




 常設縁日の建設は、着々と進んでいる。いや、ネレイデスを作ったのって、英断だったんじゃね?


 別に彼女達が建材を運んだり工事をしたりする訳じゃないんだけど、現場の人形使い達に指示を出したり現場を監督したり。


 うちに足りていないのって、そういう人材だからねー。


 そして、常設縁日で出す屋台の種類も、出揃ってきた。


「やっぱり食べ物系が多いねえ」

「仕方ないんじゃない? ダルマやら熊手やらおみくじ、お守りを売る訳にもいかないんだから」


 ダルマや熊手は屋台だけど、おみくじとかお守りは神社の中で売ってるもんじゃないのかな。まあいいか。確かに売る訳にいかないもんね。


「あ、でも効果があるかどうかは謎として、恋愛成就とか家内安全のお守りとかは売ってもいいんじゃない?」

「完全に詐欺なのに?」


 ああいうのって、気の持ちようなんじゃないの? 違うんだ? 失礼しました。


 お守りは売れないけれど、それに近いものは売ってもいいんじゃね? って事で、ちょっとヤールシオールを混ぜてお話し合いをだね。


 いくつかアイデアが出た中で、小さな魔力結晶に毒感知の術式を入れたものを「お守り」として売ってはどうか、という結果になった。


「ご当主様の話ですと、毒感知なら術式としてはそこまで複雑ではないのですよね? でしたら、欲しがる貴族は多いと思いますわ」

「魔力結晶も小さいものなら、持続力はそんなにないはずだし」

「まあ、三、四回も使えば効果はなくなるね」


 その程度の使い捨てなら、そこそこのお値段で売ってもいいのでは? という事になったんだ。


 後、不眠気味の人向けに催眠光線を入れたものを。こっちは術式が複雑なので、毒より大きめの結晶で、二回が限界。


 見た目から毒感知より豪華そうだから、お値段は毒の四倍だって。この当たりの値段付けは、ヤールシオールがやってくれた。


「これでしたら、くじの景品にしてもよろしいのではないかしら」

「本当!?」

「ええ。ただ……」

「ただ?」

「何故そこまでご当主様が喜ぶのかが、理解出来ませんわ」


 えー……単純に、くじに自分の作ったものが入ってたら、テンション上がらない? 上がらないのか……そうなのか……


 他にも、子供向けの単純なおもちゃや女児向けのちゃちいアクセサリーなども出す。縁日と言えば、子供の夢が詰まってる場所だよね。


 後は……


「何か、植物の鉢植えでも出そうかな」

「朝顔やほおずき?」

「そうそう。あ、そうなるとガラスの風鈴も欲しいね」

「それって、こっちにあるの?」

「あ……なければ、作る!」


 植物は無理だけど、ガラスの風鈴なら何とか。


「江戸風鈴は職人が作るものよ。今から職人、育てるの?」

「う……」

「先程からお二人だけで、一体何のお話ですの?」

「あ」


 リラと声が重なった。この執務室、ヤールシオールもいるんだった。


「鉢植えって、お花を売るんですの? なら、園丁に話を持っていかないとなりませんわね」

「あー……そうなるよねえ……」


 カストルだけで終わりにしようと思ったんだけど……園丁まで巻き込むのはちょっとなあ。あのじいちゃん、今にも倒れそうなほどよぼよぼなんだもん。あれでよく毎日の庭の世話、出来るよなあ。


 使用人達の管理はルミラ夫人が担当してくれているので、安心して丸投げ出来る。


 とはいえ、こんな事で本来の仕事以外の仕事をさせるのもどうかと思うのよね。なので、今回鉢植えは見送ろうか。


『苗でしたら、用意出来ますよ』


 だから、人の考えを読むのは禁止だと、散々言わなかったかね?


『今回はお三方の会話を聞いての連絡です』


 本当かな……でもまあ、鉢植えは先送りで。本物の夏祭りが出来るようになって、領民に浸透してからね。


『承知いたしました』


 本当、油断も隙もないんだから。




 食べ物の屋台は、定番のお好み焼き、たこ焼き、焼きそばの他に、イカ焼き、エビの串焼き、焼き魚、肉の串焼き、焼きトウモロコシ。


 甘い物は、綿あめ、リンゴ飴、ベビーカステラ、クレープ。他にも出せそうなんだけど、今回はここまで。追加は、そのうちね。


 次は、屋台でそれらを作る人達を育成しなくてはならない。ヌオーヴォ館の執務室にて、リラ、カストルと最後の詰めを。


 手元の資料に目を落として、リラが軽く質問してきた。


「人形じゃないの?」

「どうせなら、雇用創設にしようかと思って」


 余所から流れ込んできた人達が、かなりの数になってるんだよね。そして、そういう人達は仕事にあぶれている。


 うちの人手不足って、単純労働の人手よりは、管理職の方が足りていないからね。それもネレイデスのおかげで大分解消されつつある。


 なら、単純労働者も拾い上げて職についてもらおうじゃないの。


「時間と鬱憤を持て余して犯罪に走るくらいなら、しっかり働いてもらうよ」

「……テキ屋に犯罪者を置くんじゃないわよね?」

「その一歩手前の人達ですう」


 テキ屋って、ヤクザが関わってるって昔から言うよね。そういう意味では、犯罪者をテキ屋に置くのは正しいの……かな?


 いやいや、今回雇うのはただの流民。仕事がなくて困ってる人達への、職の斡旋だ。


「ただ、今から仕込んで七月オープンに間に合うのかねえ?」


 ただいま、四月の頭でーす。後三ヶ月くらいしかないよー。


「問題ありません。間に合わせます」


 自信満々のカストル。既に募集をかけて、それなりの人員を集めたそうだ。


「ついでに厄介な人材はそれなりの場所に送り込んでおきました」

「待って。厄介な人材って? それなりの場所って、どこ?」


 カストルからは返答はなく、大変いい笑顔が返ってきました。聞くなって事なんだね……


 ちらりとリラを見ると、彼女もこちらを見ている。お互い、目だけで「これ以上突っ込まない方がいい」と確認しあった。




 常設縁日に関して、私が関わる部分は終了。後はカストルなりヤールシオールなり、担当のネレイデスなりが頑張ってくれる。


 いやあ、人手があるって、いいねえ。


「レラ様。マダム・トワモエルから連絡がありましたよ。ドレスの仮縫いがまだだと」

「ドレス? 何か、新作作る予定、あったっけ?」

「エヴリラ様と、コーネシア様のご婚礼と、ご自身のお誕生日、それに狩猟祭にも必要ですよね?」


 そうでしたね。忘れてました。私が悪いです。だからそんな冷ややかな目で見ないでえええええ。


 ネオポリスには、マダムの店の支店がある。お弟子さんの一人が任されているんだけど……


「ようこそ! 侯爵様!」


 うん、何でいるんだろうね? マダム本人が。本来のこの店の店長が、後ろで満面の笑みを浮かべているのは、何故だろう?


 あそこのお弟子さん達って、マダムに心酔している人ばっかりだからかなあ。敬愛する師匠がうちの店に来てくれた! って舞い上がってたりして。


 そしてそのマダム本人は、私のドレスの新作を作りに来たそうな。


「王都邸にもご連絡を差し上げましたのに」

「悪かったわ。しばらく領地の方で仕事をしていたから」


 これは本当。いやあ、凍結していたあれこれを一挙に動かす事が出来て、忙しいけど楽しいんだよねー。新しく常設縁日も作るし。


「まあ、えんにち……ですか? それは一体、どのようなもので?」

「本来なら、神様への感謝とか、色々あるんだろうけれど、要は屋台を見たり買い物したりして楽しもうって事なの」

「屋台……うちの店でも何か出せますかしら?」


 え? マダムの店で?


「……庶民向けを考えているんだけれど」

「ですが、場所は温泉街なのですよね? この先はわかりませんけれど、今は貴族のお客様の方が多いのでは?」


 確かに。でもなー。屋台だよ? マダムの店で売ってるような品を並べたら、違和感ないかな?


「では、価格を抑えた品を作れれば、参加してもよろしゅうございますか?」

「それは……もちろん……」


 あ、マダムがにんまり笑ってる。あれー? 何か、縁日がだんだんズレていくような気がするんだけどー。気のせい?

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