第372話 旅行に行こう
私からトリヨンサークでのアンドン陛下の発言を聞いた正妃様は、迫力のある笑みを浮かべてご帰国あそばされた。
帰り際、「予約出来るようになるのを、心待ちにしていますね」と言い置いて。
アンドン陛下、イキロ。
ヌオーヴォ館に帰った私に待っていたのは、ムーサイの下位存在達への名付けであった。
「またあ? もう、カストルが適当に付けておいてよ。あ、名札は忘れずに」
「ですが、主様に名を頂く事は、我々にとっては最大の栄誉ですので」
新しい子達にも、その栄誉を……という事らしい。栄誉ねえ。
「何か、ネタはない? ここまでギリシャ神話で来たから、それ関連で」
「……ネレイデスはどうでしょう? ギリシャ神話の海に住む女神、またはニュンペーの事だそうです」
だそうですって。どっから誰に聞いてきたのやら。
「それ、全員分の名前は間に合いそう?」
「ええ」
よし、ならそれでいこう。
よくよく聞いたら、全部で八十人くらいいるって。それだけ名前があれば、足りないって事はないか。
と思ったら。
「ギリギリでしたね」
「ギリギリなの!?」
カストル、一体どんだけ妹達を作ったのよ……
名付けも無事終わり、ガルノバンの予約カウンターに入る子達も決まった。
「王都のカウンターで既に勤務している者達からの情報を入れておきました」
何その「基本情報はインストール済みです」と言わんばかりの内容は。え? 本当にそうなの?
「ムーサイですら、我々の下位存在であり、今回のネレイデスはさらにその下です。本当の意味での感情や個性が生まれるかどうかは、疑問ですよ」
つまり、より機械に近い存在って事? さすがに人形達よりはスムーズに対応出来るそうだけど。
あれか、人形以上、ムーサイ以下。それがネレイデスって認識しておこう。
で、ムーサイはカストル達の感情なしバージョン。ヘレネとネスティについては……これからかな。
全体ではネレイデスと名付けられた子達のうち、ガルノバンには三人行ってもらう事になった。
「予約業務は対面ですからネレイデスに。その他の保守管理単純な事務等は人形に任せましょう」
カストルの言葉に頷く。ゆくゆくは領地で教育した人材を送るなり、現地の人を採用するなりして入れ替えていくけれど、それまではネレイデスや人形達に頑張ってもらいたい。
ただ、将来入れ替えていった時、あぶれたネレイデス達をどうしよう。そこも、考えていかないとね。
温泉街と鉄道の予約は好調で、どの宿も空きがない状態になっている。とはいえ、星深庵のように特別室扱いで空けてある部屋はあるんだけど。
「私も温泉を楽しみたい……」
最近、疲労が溜まってると思うんだ。いや、自業自得と言われればそれまでですが。
「しばらくスケジュールが詰まってるから、厳しいわよ?」
「うええええええん」
ちょっと前にフロトマーロに行ったからか、青い空、白い海のリゾートで癒されたり、温泉で癒やされたりしたい!
特に温泉は目と鼻の先にあるのに!
とはいえ、フロトマーロの港建設やら、周辺の土地開発やら、ブルカーノ島のテーマパークやら。
ムーサイ及びネレイデスで人材補強がなされた今、領地内の遊園地計画も再始動してるしね。
全ての決裁が私に来る訳だし、ものによっては現地視察もしなきゃならない。忙しいんだよ、本当。
それに、もうじきリラとコーニーの結婚式もある。どちらも出席だけだけれど、お祝いの品を用意したり、式と祝賀会用のドレスを新調したり。
まー、ドレスに関しては年間スケジュールに合わせて、新作を毎年作る事になってるんだけどね。
おかげでマダム・トワモエルのところとは、私の年間スケジュールを共有してるらしいよ。
大きな行事って毎年変わらないし、突発の何かが入っても対応出来るよう余裕を持って動いてるんだって。ありがたや。
マダム・トワモエルの店やシャーティの店は、デュバル初の御用達店になってるらしく、彼女達の宣伝にも使ってるそうな。
日頃何かと面倒掛ける事も多いから、使えるものはどんどん使っていってください。
マダムの店もそうだけど、シャーティの店からは職人が二人ほど、ヌオーヴォ館に常駐してるんだよね。
邸で出す料理のデザート部門担当として。また、来客があった時に出す茶菓子、持たせる土産用の菓子なども、この二人に作ってもらってる。
特に土産用の焼き菓子は大人気らしく、その為に温泉街に行くついでに、我が家に寄っていく貴族もいるくらいだってさ。焼き菓子、日持ちするからね。
それはともかく、私には癒やしが必要だ。
「という訳で、温泉に二泊くらいしたい」
「何が『という訳で』なのか、二百文字以内で述べよ」
リラが厳しい。
「だって、仕事が忙しいし」
「自業自得だよね? 誰がこの仕事、作りだしたのかな?」
「……私です」
「自覚を持つ事はいい事です。これに懲りたら、思いつきであれこれやろうとしないように。一度今動かしている案件を整理してから、動きましょう」
ぐう……正論しか言ってない。
「それはそれとして! 疲労が溜まってるから癒やしがほしいです!」
「配下の人達は、もっと溜まってるでしょうねえ」
うぬう。
「じゃ、じゃあ! ホテル貸し切って従業員の慰安旅行って事で!」
「その間の業務はどうするつもり? まさか領地も王都邸も放っていくとでも?」
リラが鋭い。
「それに、ホテル貸し切るってどこの? 温泉街の宿はどこも予約で一杯だって報告、したよねえ?」
「う、受けましたねえ」
「で? どこの宿を貸し切るって?」
私、ピンチ!
「では、レーネルルナ号を使ってはどうでしょう?」
「カストルー!」
今日ほど君の存在をありがたく思った事はない! ありがとう!!
「クルーズ船ですし、最大収容人数も多いですから、ヌオーヴォ館で働く者達と、王都邸で働く者達、全員を一度に招待出来ますよ」
「カストル。この人を甘やかさないようにと、前にも言ったと思いますが?」
「これは主様を甘やかすというより、領主館、王都邸で働く者達への労いの心です」
「胡散臭いわよ」
リラが吐き捨てる。でも、ごめん。私もちょっとそう思っちゃった。でもでも! このチャンスを逃してなるものか!
「仕事は今から調整いれて、三日くらい領主館も王都邸も閉めれば何とかなるはず!」
「その三日間に何のトラブルも起こらないって、確証はあるの?」
「そこは……ほら! 人形置いて連絡係にして、何かトラブルが起こったら私とカストルが戻るって事で!」
口からでまかせもいいところだけれど、案外これって悪くない考えじゃない?
何も領主館も王都邸も、二十四時間三百六十五日営業しなきゃいけない訳じゃない。
役所だろっていうのなら、普通の役所だって土日祝日は休むんだし。県知事や市区町村の長だって、夏休みや年末年始くらい取るでしょ。
「という訳で、期日を決めて皆で遊ぼう! 行き先はどこがいいかなー?」
「待ちなさい! まだ話は終わって――」
「あ、何ならその間、リラは新婚旅行に行っててもいいよ?」
「な!」
ふっふっふ、リラが真っ赤になって黙ったー。よし、これで私の勝ち。
時期を検討すると、どう調整しても九月になるとの事。
「七月は主様のお誕生日がありますし、八月は狩猟祭です。前後はその準備諸々で忙しくなりますから、その時期を外しますと……
「九月って訳ね」
カストルの言葉に、頷く。まあ、行楽シーズンに入る頃だからちょうどいいんじゃないかなー。
って事は、リラも参加出来るねー。彼女の式は六月だ。本当は三月辺りを目指していたそうなんだけど……
ごめんなさい、私に付き合ってあちこち行っていたから、準備が間に合わなくてだね。
本人がいないと進まない事も、あるんだよ。ドレスとかヘッドドレスとかブーケとか。主に花嫁が身につけるものだね。
そんなこんなでずれ込む事が判明した時点で、シーラ様が主導し聖堂の予約を後ろにずらしたんだって。
実はこれ、コーニー達もそう。ちょうどトリヨンサークに行ってる頃が仕立てのピークだったらしく。しかも、あの国での滞在が当初の予定より長引いたからね……
こちらも、シーラ様がイエル卿の実家であるネドン伯爵家と話し合った結果、さくっと延期になったって。
ちなみに、コーニー達の式は十月。慰安旅行とは被らないからちょうどいいや。
あー、二人の花嫁姿、楽しみだねー。
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