第370話 息ぴったり

 オーゼリアに戻ってきた。まだブルカーノ島の港に入っただけだけど、帰ってきたって気がするよねー。


 時刻は昼ちょっと過ぎ。天気はいいけれど、やっぱり南のフロトマーロと比べると日差しが弱いねえ。


「この島、大分変わったわね……」

「うん、担当がしっかりついたからかな?」


 カストルが妹達を量産したからね……


「ブルカーノ島は船会社を担当しているタレイアが工事を引き継いでいます。無論、周辺の事も全て」


 という事は、トレスヴィラジ担当って事か。あそこの事で聞きたい事が出来たら、タレイアに聞けばいいんだね。




 ブルカーノ島に建てた船会社の本社社屋には、常設の移動陣が置かれている。これでいつでも王都邸にもヌオーヴォ館にも移動出来るって訳だ。


「いつ使っても、便利ですわよねえ、これ」

「外で吹聴しないでね」

「わかってますわ。商人は、秘密を守るものでしてよ」


 ヤールシオールにとって、元貴族令嬢としてのプライドより、商人としてのプライドの方が高いらしい。


 ブルカーノ島については、ウヌス村までの橋が出来ている。歩いて移動も出来るんだけど、距離があるからね。


 それでも景色もいいし、天気がいい時は散歩代わりに歩くのもありかと思って、ボードウォークにしてあるんだ。


 歩きたくない人には、橋の中央を走る路面車をお薦め。人が走るくらいのスピードで、ウヌス村と橋の途中にある休憩所、そしてブルカーノ島の間を走る……予定。


 これに関しては、タレイアが工事を急いでくれてるそうだけど、あまり焦らないでほしい。


 ブルカーノ島自体、やっと港周りが出来上がった程度だ。もう半分のテーマパークに関しては、まだ着工すらしていない。


 あの橋と路面車が活躍するのは、テーマパークが出来てからじゃないかな。




 ブルカーノ島の移動陣で、王都邸へ。本当は領地に帰るつもりだったんだけど、リラが「王宮に報告しておいた方がいい」って言うから。


「レズヌンドって、タンクス伯爵家だけの問題でなく、王宮も絡んでるんでしょ? ゾクバル侯爵家の軍が常駐していたくらいなんだから。だったら、報告は必要よ」

「タンクス伯爵がしてるんじゃないの?」

「それとは別に――」

「失礼します」


 リラと王都邸にある移動陣の部屋であれこれ言い合っていたら、扉が開いてルチルスさんが顔を出した。


「ああ、やっぱりお戻りですね」

「ただいまです。何かあった?」

「ええ。王宮から使者が来て、ご当主様がお戻りになったら、いつでもいいので王宮に来てほしい……と」


 うんざりする私の隣で、リラが「ほらみろ」って小声で言ってる。うぬう。何か負けた気分。




 さすがに旅装のままとはいかないので、仕度を調えて王宮へ。ヤールシオールは同行せず、王都の商業地区に出した店を見に行くという。


 なので、王宮に行くのは私とリラだけ。


 王宮に到着して、さてどうしたもんかと思ったら、私が来たら対応するべき内容が既に行き渡っているらしい。


「デュバル女侯爵閣下、こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 侍従に案内されるまま、通されたのは王宮の奥。ここは王族の私的空間……いわゆるプライベートゾーンだ。


 招かれなければ、たとえ他国の王族であっても入る事は許されない。本来はそういう場所。


 何回か、入ってますけどねー、私。


 でも、今回ここに通されたって事は、私が王宮を訪問したのは王家の私的な話だって事。公式じゃないよって、周知しているようなものだ。


 通された先は、今まで入った事がない、広い部屋だ。


「ようこそ、レラ。久しぶりねえ」

「……ご無沙汰致しております、王妃陛下」


 広がる女性のスカートに合わせて巨大化したと言われる大きなソファに座るのは、普段より大分軽い格好の王妃様だ。


 その王妃様は、ほほほと軽やかに笑う。


「本当よ。たまには顔を見せにいらっしゃい。とはいえ、あなたは年中忙しそうに動いているから、難しいわね」


 ご理解いただけて、何よりです。王妃様の隣に座ってらっしゃる国王陛下も、いつになくラフな格好ですな。そんなお姿、初めてみました。


「何やら、南で大変な思いをしたそうだな、侯爵」


 陛下、お耳の早い事で。でも、そのくらいでないと、一国の王なんて務まらないか。


「レズヌンドでの事でしょうか? 幸い、ゾクバル侯爵軍第三旅団のリドゴード卿、並びに同旅団のリース卿のおかげで、事なきを得ました」


 嘘は言っていない。あの二人が対処してくれたおかげで、スムーズにレズヌンドを抜けられたから。


「ふむ。その第三旅団は、無事あの国から引き上げたそうだな」

「そのようにございます」

「まあ、レラったら。あなたが手助けしたと聞きましたよ」


 待って王妃様。それ、誰から聞いたんですか?


 確かに私達の船より先に第三旅団は送り出したし、先にタンクス伯爵領の港に到着したって聞いたよ?


 でも、そこからゾクバル領に行くにも、王都に行くにも、結構お時間必要なはずなんですけど?


 あれか? タンクス伯爵は王宮にも通信出来る伝手を持っていると? アスプザット家も持ってるから、不思議じゃないけどね?


 何をどう言えばいいのか。


「レラ、あなたはもう少し、社交術を学ばなくてはね」

「恐れ入ります……」


 王妃様に突っ込まれちゃったー。


「今日来てもらったのは、他ならぬレズヌンドの事です」

「はい」

「本当なら、あなた関連は全てレオールに引き継いだのだけれど、あの子、今国中を視察で回っているでしょう? 留守にしているから、私達が代理で対応しているのよ」


 ああ、なるほど。そういえば、こういう場合殿下も必ず同席するはずですもんね。


 てか、私関連は殿下に引き継いだって、どういう事なんだろう。


「それで? 何をやったらタンクス伯爵があの国を見限る事になるのかしら?」


 多分、伯爵の方からも報告は受けているんだろうね。でも、私の視点からも話せって事なのかな。


「簡単な話なのですが、レズヌンドに赴いたのは、隣国であるフロトマーロに用事があったからです。その為、事前にタンクス伯爵より港の使用を許可する書状を出してもらいました」


 一回限りのタダ券だね。


「ですが、その書状を見せても、金を出さねば入港させないとレズヌンドの港役人に拒まれまして」

「まあ」

「何と」


 本当ですよねー。あの港、実質タンクス伯爵のものだっていうのに。勝手に自分達のものって思い込んで、我が物顔をしているんだから。


「何とか入港は出来ましたが、今度はその港役人達に難癖を付けられまして」

「そうなの?」

「見たところ、無事のようだが……」

「嫌だわ陛下。レラがそこらのごろつきに負ける訳ないじゃありませんか」

「そ、そうか……」


 えーと、どっから突っ込めばいいんですかね? 王妃様、一応あの連中、レズヌンドの役人であって、ごろつきじゃありません。似たようなものだったけど。


 国王陛下は、王妃様の尻に敷かれてるんですね……いや、そんな気はしてましたから、今更驚きませんが。


 でも、そういう姿をここで見せていいんですかね?


 まーいっか。


「その後、レズヌンド国内を通って隣国フロトマーロへ入ったのですが、その国境でも似たような事がありまして。そちらはリース卿が対応してくれました」

「ふむ」

「レズヌンドは、大分思い上がっているようね」


 おっと、王妃様がお怒りです。背後に幻影の炎が見える気がするよー。怖い。


「それはそうと、エヴリラさん。あなたの目から見て、レズヌンドはどんな国かしら?」


 王妃様から名指しで聞かれたリラは、ちょっと驚いた様子だが、すぐに質問に答えた。


「……国の一部しか見ておりませんが、崩壊寸前のように感じます」

「そう」


 レズヌンドがどういう国なのか、私達は本当のところ、知らない事が多い。でも、見た部分だけで言えば、住みづらそうだし、行きたいと思わない国だ。


 港や国境という、国の外部と接する場所でもあれだけ賄賂が横行しているのなら、国の中枢もそうだろう。


 リドゴード卿も言っていたよね。王宮に掛け合って役人の首をすげ替えるって。


 レズヌンドはそれを簡単にやってしまう国であり、それを要請出来る国がオーゼリアなんだ。


 私達からの話を聞き終えたお二人は、揃って溜息を吐かれた。


「タンクス伯爵からも、話は聞いてます。フロトマーロに新しい港を造るそうね?」

「はい。土地も購入し、港建設の許可も取りました」

「それに、タンクス伯爵も一枚噛む……のよね?」

「事業提携をする事になりましたので」

「じぎょう」

「ていけい」


 息ぴったりですね、王妃様と国王様。うん、何か国王陛下って呼ぶより、王妃様に合わせて国王様って呼ぶ方がしっくりくる。


「お互いに得意なものを差し出して、お互いに利益があるようにしたんです」

「まあ、その内容、聞かせてくれないかしら?」

「まあ、いけませんわ王妃陛下。これは企業秘密です」

「きぎょう」

「ひみつ」


 ……本当、息ぴったりですよねー。

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