第369話 もったいないとは思うけれど

 王宮との売買交渉の翌日。さて崖に向けて出発しようかと思っていたところに、再びタンクス伯爵がやってきた。


「お忙しいところを、お時間を取っていただき感謝いたします」

「挨拶は抜きにして、何かありましたか?」

「実は……」


 どうやら、タンクス伯爵は懇意にしている王宮官吏の伯爵家当主がいるらしく、昨日、彼を通じてレズヌンドから手を引く事を王宮に通信機で伝えたそうだ。仕事が早い。


 その結果、当然ながらオーゼリアもレズヌンドから手を引く事にしたそうで、今駐在させているゾクバル軍やその他オーゼリアの人と物資を全て引き上げる事が決まったという。


「つきましては、侯爵閣下のお力添えを賜りたく……」

「船を出せ、という事ね。それは、レズヌンドの港で大丈夫なの?」

「ご配慮、痛み入ります。港はあちらで問題ございません。レズヌンドの者達が抵抗しようにも、ゾクバル軍に敵う訳もなし」


 確かにね。大陸の各国を見てわかったけれど、オーゼリアという国はかなり特殊だ。余所では我が国ほど魔法を扱える人間がいない。


 原因その他はちょっと置いておくにしても、オーゼリアの魔法を使う軍隊に敵う軍など、この大陸には存在しないんじゃない?


 それを思うとちょっと怖いけれど、今の国王陛下は侵略戦争はしないようだし、王太子殿下もそうでしょう。


 余所の国に欲しいものがあったら、対価を払って買えばいいんです。交易なら、タンクス伯爵もいるし、うちだっている。お望みのものを仕入れてきますよー。




 タンクス伯爵と話し合った結果、フロトマーロにもう少し留まる事になった。具体的には、ゾクバル軍含む全てのオーゼリア人がレズヌンドから引き上げるのを確かめてから、だね。


「船の手配は終わりました」


 カストルによると、ブルカーノ島の港がそろそろ形になるので、そこからレーネルルナ号を出航させたとの事。引き上げるのに、クルーズ船を使うのかー。贅沢だのう。


 とはいえ、我が家の船はレーネルルナ号とネーオツェルナ号のみだから。


「これから増えますよ」

「カストル。何度も言うように、こちらの考えを読まないように」

「失礼いたしました」


 そういえば、造船所で貨物船を作ってるんだっけね。まあ、船会社で管理運営出来る数なら、いいんじゃないかな。


 船と一緒に、ヘレネが来るそうだ。今回の引き上げに関するこちら側の責任者ってところかな。


「彼女に任せておけば、万事滞りなく終わるでしょう」


 自分の妹のような存在だからこその言葉かな? カストルが兄馬鹿になるとは思わなかった。




 船は二日後に到着し、レズヌンドの港から続々と軍隊が乗り込んでいるそうな。第三旅団全員と物資、協力していた民間人なども含めて総勢六千人近く。そんなにいたんだ……


「レーネルルナ号の最大乗客数ギリギリだね」

「間に合ってようございました」


 本当だよ。どうやってあの人数、レズヌンドに送ったんだろう?


 それはともかく、彼等が出航したら、私達もオーゼリアに帰ろうね。さすがに人数が人数だし、馬だの何だの荷物も多いから、ボートでちまちま運ぶのにも時間がかかってる。


 ちなみに、現地の様子はヘレネからの映像で確認中。私、リラ、ヤールシオール、カストルの四人でリビングに設置した巨大モニターで見ている。


 視点が空中からのもあるから、ドローン的なあれを飛ばしてるな? 以前、ペイロンの研究所の裏に広がる樹海を調査した時に使ったやつ。


「レズヌンドの連中は、遠目に見てるだけだね」


 モニターの端に、たまに映るレズヌンドの者らしき姿は、腕を組んで引き上げるオーゼリア人達に向いている。


「これが終わりの始まりと気付いている人間は、何人いるのでしょうね?」


 ヤールシオールの言葉が、リビングに響いた。




 ヘレネからの通信で、無事レズヌンドにいるオーゼリア人と物資その他の積み込みは完了したそうだ。いや、人に関しては乗船か。


『皆様には、快適な船旅をお約束いたします』

「うん、よろしくね」

『お任せ下さい』


 画面の向こうのヘレネは、相変わらず美しい顔で微笑んだ。いやあ、ゾクバル軍の兵士達が彼女に惚れ込んじゃわないか、心配だねー。


「さて、じゃあ私達も帰りましょうか」

「はい」


 私の言葉に、リラとヤールシオールが元気に答える。君達、本当は早く帰りたかったんだな?


 移動宿泊所を収納魔法に入れて、フロトマーロの王宮に一言挨拶し、乗ってきた馬車に乗り込む。御者は相変わらずカストル。


 うち、最小人数で動く癖が付いてるよね。本当なら、もっとお付きの人数とか増やした方がいいんだろうけれど……


 それを言ったら、リラが鼻で笑った。


「そんな事に人手を割くくらいなら、領地の管理に回した方が有意義よ」

「そうですわ、ご当主様。我が商会でも、随時人員は募集していましてよ?」


 うちの人手不足は深刻なんだね……人員募集、頑張るよ。




 馬車は本当にレズヌンドに入らず、購入した土地にある崖へと向かっている……らしい。さすがにフロトマーロの道なんてわからないからさー。


「にしても、崖からどうやって船に乗るんだろう?」

「橋でもかけるんじゃありません?」

「それか、このまま馬車が飛んで船の甲板に着地するか……」


 ヤールシオールの案もリラの案も、どっちもありそうで嫌なんですけどー。


 馬車に乗っていたのは体感で三十分くらいかな? 購入した土地に到着した。


「帰る前に、現地を見ておくのもいいかと思いまして」


 なるほど。


 購入した土地は、三日月型に湾が出来ている場所。崖は急で、転がり落ちたら危ないかも。


「下は砂浜になってるかと思ったのに……」


 崖の下は岩場でした。いや、一部岩場にしてはやけになめらかな部分がある。あれは?


「船着き場です。ああ、ネーオツェルナ号があちらに見えます」

「あ、本当だ」


 カストルが指差した方向を見ると、遠くに見慣れた船影がある。そこから、小型のボートがこちらに向かってくるのが見えた。


「……あの船着き場まで、どうやって下りろと?」


 まさか、こっから飛び下りろとか言わないよね? いや、結界を使えば傷一つなく下りられるけれど、精神的にちょっと……


「ご安心ください。これから階段を作りますので」


 階段を、作る?


 首を傾げる私の前で、カストルが崖に手を向けると、大きな音を立てて崖が崩れていった。


 いや、崩れたんじゃなくて、階段状に削ったんだ。魔法で。


「本当に階段が出来ましたわ……」

「能力の無駄遣い……」


 うん、本当にね。しかもあの階段、海側に転落防止の手すりまであるよ。至れり尽くせりだわ。


 階段を削り出すついでに土を固めているらしく、階段はぐらつきすらしない。しっかり作られている。


 そこを下りながら、ついぼやきが口に出た。


「これを実質使い捨て……」

「この崖は均しますから。そうでないと港が作れません」


 いや、そうなんだろうけど。何だかもったいない感じ。先を二人でキャッキャと話しながら進むリラとヤールシオールの声を聞きつつ、湾に目をやる。


 もったいないと言えば、この三日月型の湾も消えてなくなるのか。これで下が砂浜だったら、いいビーチリゾートになりそう。


「別の場所に土地を買い、造りますか?」


 え? 何を? ビーチリゾートを? いやいや、フロトマーロの海岸線って崖が多いんでしょ? さすがに人工の砂浜を作ってまでは……


「レズヌンドの海岸線には、砂浜があります。あちらに作るのはいかがですか?」

「いや、あの国にリゾートを作るのは、ちょっと危険な気が……」

「では、国を潰して手に入れるのはどうでしょう?」


 うちの有能執事が何か怖い事言い出したよ!?




 迎えに来てくれたボートに乗ってネーオツェルナ号へ。タレイアに出迎えられて、一旦自室へ入る。


 行儀悪いけれど、寝台にぼふんと飛び込んだ。最後の最後にデカい爆弾に遭遇した気分。


 ビーチリゾートは、ちょっとほしい。クルーズ船で南まで来て、ビーチリゾートで思い切り遊んで一泊して船で帰る。


 船中泊が往復で二泊くらい、ビーチで一泊……は短いなら二泊ないし三泊にしてもいいかも。


 ただなあ。レズヌンドはこれからどうなるかわからない国だし、政情不穏になる国にリゾート造っても意味がない。


 かといって、カストルが言うようにとっととレズヌンドという国を潰して、新しい国になったところでリゾートを、というのもなあ。


 大体、それってオーゼリア的にどうなの? 王宮に怒られない? いや、怒られないならやるよって意味じゃなくて。


 何だか、脳内のカストルが大変いい笑顔をした気がする……

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