第368話 やられたらやり返せ

 タンクス伯爵の訪問翌日。提携に関する契約書を用意して待っていると、タンクス伯爵以外にも来客があった。


「あの人……」

「王宮で対応してくれた人ですわね」


 玄関先で対応しているカストルの背後から、のぞき見している私とヤールシオール。


「お二人とも、行儀の悪い事はなさらないように」


 背後から、リラに注意されましたー。もっとも、私もヤールシオールも、多分態度を改めないと思うけど。


 リラもそこはわかっていて、それでも言ってくれてるんだろうなあ。




「では、これで契約は完了ですね。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 お互い、契約書を確認してから署名。その後握手してタンクス伯爵との提携は完了だ。


 契約の内容を要約すると、タンクス伯爵が提供するのは周辺国家の情報と人脈。必要に応じて、相手国への根回しなども請け負ってもらう。


 うちからはフロトマーロに造る新しい港とその周辺施設の使用を年間定額契約でご提供。契約期間内なら、何回使っても使用料はいただきませんって訳。


 他にも、必要に応じてうちの船を貸し出し、または船のスペースを貸し出す事もお約束。


 貨物船に、空きスペースが出たらもったいないよね? だったら、そのスペースを貸し出して余所様の荷物も運んじゃおう計画だ。


 うちにとっても相手にとっても大変お得。


 それ以外にも、「状況に応じてお互い出来る範囲で商売の手助けをしていきましょうね」ってふんわり文言も組み込まれている。


 ふんわりだし出来る範囲でって事なので、出来ないから無理! と断る事も可能な訳だ。それは、タンクス伯爵側もだね。


 お互いメリットがあるようなら、その時々で契約書を交わさずにこのふんわり部分で手を組もうねって感じ。


 大分曖昧だけど、オーゼリアの法には従ってるので何とかなるってさ。


 タンクス伯爵との契約はこれで完了。その後すぐ、伯爵と一緒に来た人物から港建設と周辺の土地の売買許可が下りたって聞いた。


 王宮の人、すごい汗をかいて顔色悪いけれど、大丈夫? この宿泊所、温度湿度の調整は完璧なんだけどなあ。


 許可証を受け取ってすぐ、王宮の人は帰っていった。フラフラしていたけれど、大丈夫かね?


「タンクス伯爵がご一緒ですから、問題ないでしょう」


 そっかー。ならいいや。こっちはこっちで、やる事がある。


「まずは港建設だね! 場所は……」

「候補地は、こちらでどうでしょう?」


 さすがカストル。既に建設候補地もいくつか見繕っていた。


 しかし、どれも見事に崖だねえ。


「購入出来て、こちらの好きに改造出来そうな土地は崖地以外ありませんから」


 改造……まあ、確かに改造かも。


「今まで地形もあり利用されてこなかった土地ですから、安値で広範囲に購入出来そうですよ」


 ちなみに、崖の辺りは個人所有の土地ではなく、国所有の土地だってさ。王家でもなくあくまで国なので、売却した金は国庫に入るそうな。


 とりあえず、今日中に土地の選定、明日からは購入の交渉に当たるって、カストルが。


「必ずや、適正価格で買い取って見せますよ。ええ、ぼったくりは認めません」


 ふふふと笑う姿に、リラやヤールシオールと一緒にちょっと引く。大方、王宮の誰かが土地の代金をふっかけて、いくらか自分の懐に入れようとしてるんでしょ。その辺りを、カストルがいつもの情報収集能力で拾ったな。


 売買交渉はカストルに任せておけばいいから、私達は土地の選定をしようか。


「とはいえ、どこも似たり寄ったりかなあ」


 崖の高さも、王都からの距離も大差ない。水を売りに行く国はレズヌンド寄りだから、レズヌンドに近い方がいいかな?


「お薦めはこちらとこちらです」

「……大分、西よりだね」


 ちなみに、レズヌンドはフロトマーロの東隣の国だ。西よりだと、レズヌンドからは離れる。


「この土地、地下水の水脈があります」

「ほほう」


 人が生きて行くのに、水は不可欠だ。だからこそ、乾燥した土地に水を売りに行こうと思ってるんだけど。


 その為に造る港には、水が湧いてほしいよねえ。


「川は遠いですが、地下水があれば組み上げて飲料用その他に使えるでしょう」

「確かにこれだけ乾燥した国なら、水は貴重だね」


 他の条件はどこも似たり寄ったりだもんなあ。なら、水がある土地に絞っても問題はない。


「で、次はこの二箇所のどちらにするか、なんだけど」

「より広く土地を押さえられるところがいいと思いますわ!」


 お、ヤールシオールが意見を述べた。


「それは何故?」

「この港、絶対に発展しますもの。その際、周辺の土地をデュバルで押さえておくのは、とても意味のある事だとお思いにはなりませんこと?」


 なりますねえ。どこかが出店をしたいと言い出した時、港に近くていい条件の土地、賃貸料をお高く設定出来そうよねー。


「それに、港には倉庫が付き物です。その為の土地も、押さえておくべきですわ!」


 そっか。そっちがすっぽ抜けてたわ。ユルヴィルの駅の時は、ちゃんと倉庫も考えていたのに。


「……どちらがフロトマーロにとって、いらない場所だろう?」

「ご当主様?」

「いや、国にとって利益のない土地なら、格安で売ってくれるんじゃないかなって」


 もっとも、向こうはどんな土地でも高く売りつけようと思ってるだろうけれど。そこはうちの有能執事の交渉術を信じてる。




 二つの候補地のうち、フロトマーロが手放しても惜しくない方を、と決めての売買交渉。結果、購入予算より大分低い金額で購入する事が出来た。


「いやあ、相手の方がいい方だったからですねえ」


 戻ったカストルの笑顔が胡散臭い……どうやら、大分ふっかけてきたらしい。それを逆手にとって、相手の希望金額の半額以下まで下げさせたっていうんだから、怖い。


 もっとも、最初の提示金額自体がべらぼうな額だったそうだから、仕方ない。カストルのやる気に火を付けた相手の自業自得だ。


 その結果、提示額より半額程度に設定した希望価格の、さらに半額まで値切られた相手は、この先王宮内での立場が悪くなるかもねー。


 こちらとしては広い土地を安く買えたんだから、相手にもカストルにも文句なんかありませんよー。


「では、早速工事に入ろうと思います。こちらは、完成予想図です」


 いつの間に用意したんだろう? 目の前には、フルカラーの精緻な完成予想図が描かれた大判の紙が広げられた。


「あら、崖は全部均すのね」

「高低差がありすぎては、使い物になりませんから」


 確かに。そして、もちろん浚渫……海の底を浚って、水深を増す工事も行う。今のままだと、大型船を入港させられないのよ。


 港に至るまでの海路にも手を加える予定。漁場からは離れているから、文句を言う人もいないでしょ。


「それでも、あまり浚わずに済みそうな水深ですね

「工事の手間が少しでも省けるのなら、それに越した事はないわ。他にも色々とやる事があるんだから」


 地下水を汲み上げる施設、港周辺に造る港街の整備、ついでに上下水道も完備させるから、浄水場と汚水処理場も造らなきゃ。


 ネオポリスはそれらを地下に造ったから表からは見えないけれど、ここでそれをやる訳にもいかないしね。買った土地ギリギリの端に造る予定。


「後は道を造って区分けをして……何だろう、ネオポリスを造ってた時を思い出すんだけど」

「規模は向こうより小さいけれど、やってる事は街作りで同じだからじゃない?」


 リラの言葉に、確かにと頷く。まあ、方向性だけ決めたら、後はムーサイにでも丸投げだ。




 港建設の予定が立ったので、一度オーゼリアに帰る事になった。今度フロトマーロに来る時は、海側から買った土地にそのまま上陸する。


「そういえば、レズヌンドの港に停泊させておいたネーオツェルナ号は、今どうなってるの?」

「そのまま停泊させていますよ? あちらにはタレイアを残してきておりますから、彼女が万事うまくやっているでしょう」


 そういえば、ネーオツェルナ号にはタレイアも乗せてきてたっけ。船を下りてから姿を見ていないから、すっかり忘れてた……ごめん、タレイア。


「じゃあ、面倒だけどまたレズヌンドに戻って――」

「いえ、買った土地から直接船に乗りましょう」

「出来るの!?」

「少々、変則ではありますが」


 崖からそのまま船に飛び移れ、とかじゃないよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る