第367話 事業提携

 遠く離れたオーゼリアにいるはずのタンクス伯爵が、最速でフロトマーロにいる私達のところへ来た。


 しかも、ここで港を造る計画を知っている。どうして?


「何、簡単な事ですよ。こちらの国にも、私の配下を置いておりましてね。その者から聞きました」

「そうなの」


 って事は、その配下は王宮からの情報を簡単に入手出来る立場って事か。


 オーゼリアは現在、レズヌンドにはそれなり肩入れしているけれど、周辺国にはそこまでじゃない。


 タンクス伯爵が、独自でフロトマーロ内に人脈を築いているって事だね。


 あれ? これ、フロトマーロでタンクス伯爵がやろうとしていた事を、横取りする感じ?


「タンクス伯爵、もしや、フロトマーロでもレズヌンドと同じように、商売をしようと考えていたかしら?」

「いえいえ、将来的に、何かになればと思っただけにございます。私は貴族といっても、根は商人ですからなあ」


 はっはっはと笑うタンクス伯爵。商人だからこそ、貴族以上に腹の中を見せない事には長けてそう。


 それはともかく。もしタンクス伯爵がフロトマーロで何かしようと思っていても、こちらが港建設の予定を覆す事はない。


 フロトマーロから断られたら? さらに隣の国に話を持って行っちゃおうかなー。


 場所が丁度良いってだけでこの国を選んだけれど、他にも湾岸の国っていくつかあるから。ここより小さいし、意思決定もすぐかもね。


 ただねー。そっちは政情不穏なんだよなー。場所よし政情よしなのって、フロトマーロが一番なのよ。簡単な理由でここに決めた訳じゃないんだ。


 でも、タンクス伯爵と事を構えるよりは、幾分かまし。


「タンクス伯爵、もし私達の港建設計画が伯爵のこの国における活動の邪魔になるようなら、仰ってね。私達はすぐ、この国から出て行きますから」


 私の言葉に、タンクス伯爵は長い溜息を吐いた。


「閣下に、お詫びせねばなりません。私が至らぬばかりに、不必要な配慮をさせてしまった事を」

「え?」

「閣下。不躾ながら、お願い申し上げます。私に、閣下の計画に参加するお許しをいただけませんか?」


 はいー?




 タンクス伯爵の意見はこうだ。レズヌンドの最近の態度は目に余る。私達が港で邪険に扱われた事から考えても、国としての立ち位置をはき違えているのではないか。


「年々増長している有様でして。実は、国王陛下からも苦言を呈されました」

「まあ、陛下から」


 そりゃ大事だ。


「ですので、そろそろ別の国に拠点を移そうと考えていたところなのですよ。ですが、ご存知のようにレズヌンドの港は我が伯爵家のみで造った港。あの国にも、それ相応の投資をしております。それを回収仕切れていないところに、また新たな港を我が家のみで建設となりますと……」


 お金も人手も大変よね。よくわかる。ええ、よおおおおおおおっく、わかりますとも!


「私から提供出来ますのは人脈と情報です。これでも長くレズヌンド周辺とは商売をしておりますので、そこそこの人脈は築いておりますよ」

「では、我が家から提供するのは資金と技術かしら?」


 私の言葉に、タンクス伯爵の笑顔が深まる。


「もう一つ、期待したい事がございます」

「何かしら?」

「我が領はご存知のように、海側にございまして、王都との距離が少々遠いのが難点なのです」


 なるほど。


「鉄道敷設ね」

「既に申し込みは終わっておりますが、出来ましたらなるべく早くの完成を、と望んでおります」


 そりゃ、小王国群で仕入れた品を売りさばくなら、王都が一番でしょう。住んでる人間の数でいれば国内一だから、消費量も当然一番だ。


 オーゼリアの海側領地からは、王都に塩漬けの魚や塩そのものが運ばれる。それもあって、実は海側からの敷設申し込みは少ないんだよねー。


 塩も塩漬けの魚も日持ちするので、輸送に日数がかかっても問題ないんだ。


 タンクス伯爵家が扱う品は、主にスパイスと砂糖。これも、日持ちするよね? なのに、移動時間を短縮出来る鉄道を望むとは。


 何か、新しい商品の開発でも考えているのかな?


 カストル、鉄道敷設に関して、タンクス伯爵に便宜を図る事は出来る?


『ムーサイを造りましたから、各地の鉄道建設のスピードは飛躍的に上がっております。それを考えると、敷設の順番を繰り上げるくらいでしたら』


 ふむ。今まで工事はカストルやポルックスが現場を遠隔で監督する必要があったので、一箇所ずつやっていたんだっけ。


 その監督業務を下の者達が請け負えば、同時に複数箇所の工事を行う事が可能……と。


 どのみち、海側にも延伸したいと思ってたから、ここは乗っかっておこう。


「今すぐに工事を行える訳ではないけれど、順番を繰り上げるくらいなら……」

「ありがとうございます!」


 うわー。本当に嬉しそう。でも、これが真実とは限らない。それが貴族であり商人。ああ、疲れる。


「これで我が領はさらに豊かになる事でしょう。閣下のお造りになる港と鉄道には、期待をかけております。そうそう、あの輝かしい船にも」


 おうふ。船にも目を付けられてるー。さすがに抜け目がないわー。


 その後もいくつか決め事を決めて、翌日までに書類を整える事を約束し、タンクス伯爵は帰っていった。




 タンクス伯爵が帰ってから、仲間内でちょっとした会議。


「伯爵の申し出、どう思う?」

「手を組むのはありだと思いますわ!」


 ヤールシオールとしては、人脈も情報も一朝一夕では手に入れられないので、使えるのなら益はあるという考えだ。


「でも、伯爵に利益が大きいからこそ、あんな提案をしてきたんですよね? 何か裏がないか、ちょっと心配……」


 リラは消極的な意見。で、カストル。


「デュバルの船に目を付けるとは、さすがはタンクス伯爵といったところでしょうか」

「カストルは、伯爵に船を売るのは賛成なの?」

「いいえ、売るより貸し出した方がいいでしょう」


 貸し出す……リースって事か。そういえば、前世でも貨物船を所有して、それを貸し出すって商売、あったね。


「デュバルの船は手入れにコツが入りますし、その度に巨額を投じていては、顧客にそっぽを向かれます。それならば、期間を決めて貸し出し、貸し出し期間が終われば返却、その後こちらで必要な手入れを行い、また貸し出すようにすればいい。顧客の方も、数年置きに新造船を使えるという利益がありますし、型落ちの船を安目に借りるという事も出来ます」


 貸し出すこちらとしても、所有権を手放さずに貸出料が手に入る。船を廃棄しない限り、ずっと。


 しかもうちの船、造るのにあまりお金がかかっていないんだよね。魔力と労力はそれなりにかかっているけれど、それもカストルがどうにかしちゃってるし。


 鉄道と一緒と考えればいいんだ。保守点検はこちらが受け持つから、その代わり運賃はこっちが決めるよって話。


「まあ、それもこれもフロトマーロに港を造ってから、だね。許可待ちの状態だし」

「それは大丈夫でしょう。タンクス伯爵が通しますよ」

「へ?」


 カストルがにこやかに笑っている。ヤールシオールも頷いているし。どういう事?


 首を傾げる私に、ヤールシオールが補足説明をしてくれた。


「先程、伯爵は人脈があると仰ったじゃありませんの」

「そうだね。で?」

「その人脈、フロトマーロにもありますわよね?」

「うちの港建設の話がそこから漏れてるからねえ」

「ですから、その漏らした相手を通じて、建設許可をもぎ取るんじゃありません?」


 ああ、そういう事か。うちの情報を流せる人脈なんだから、そりゃ今王宮で話し合いに参加している人物まで届いていても不思議はない。


「でも、そんな簡単にいくかね?」

「行くんじゃありません? だからこそ、伯爵も港に期待していると仰ったんですし」

「そんなもん?」

「そんなもんです。商売人として、伯爵の姿勢には学ぶべきものがありますわあ」


 ヤールシオールがいつもと違う顔で何やら言っている。いや、君うちの商会を預かる身なんだからね? 寝返ったりしないでよ?

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