第366話 来ちゃいましたかー
さすがに今回の話は、フロトマーロ内でももめたらしい。そりゃそうか。
許可を出すのは簡単だけど、国土を他国の人間に売るのは躊躇するよね。しかも港まで造るって言ってるんだから。
出来た港を自分達が便利に使えればいいけれど、私に押さえられたままじゃ使い勝手も悪かろう。
そこら辺も考えると、そりゃもめるよ。
「でも、こっちも港の権利には口出しするけどねー」
何せ、うちが百パー出資するんだし、労働力もこちらもちだ。そりゃあ所有権くらい主張しますって。
後は、フロトマーロがこの話にどこまで旨味を感じるか……かな。
「普通に考えれば、すぐに了承しそうなものですけれど」
LDKで午後のお茶を楽しみながら言うのは、ヤールシオールだ。現在、女子三人だけでお茶を楽しんでいる。
カストルが給仕をやると言っていたけれど、女子会なので自室にいるように言っておいた。
別に外に出てもいいけれど、外に出てもやる事はないからね。
ヤールシオールとしては、これは商機なんだとか。
「これまで、オーゼリアは隣国レズヌンドに肩入れしてきましたわ。ただし、レズヌンドがフロトマーロに攻め込まないという条件の下、ですけれど」
そう、オーゼリアが支持しているのは、あくまでレズヌンドの穏健派。フロトマーロを武力で併合せよ! と訴えている過激派ではない。
オーゼリアとしては、砂糖やスパイスを安定して手に入れられればいいのだから、このままの形がベスト……ではなくともベターなんでしょう。
「でも、これでフロトマーロに港が出来て、交易をここから運べるようになったら。レズヌンドの優位は落ちると思いませんこと?」
「少なくとも、オーゼリアにとっての価値はなくなるね。ただ……」
「ただ?」
「タンクス伯爵が、指をくわえて見ているかどうか」
何せ、今のレズヌンドを作ったのはタンクス伯爵家と言っても過言じゃない。そこまで資本を投入している国を、簡単に見捨てるだろうか?
「そこは、私どもの腕のみせどころですわね」
「ヤールシオールの?」
「ええ。タンクス伯爵も、フロトマーロの港を使うよう、引っ張り込めばいいのですわ」
「そう簡単に頷くかねえ?」
「ですから、そこは腕の見せ所なんですってば」
そうなの?
フロトマーロに来て三日。まだ王宮の態度は決まらないらしい。
「話し合いばかりしていても、簡単に決まるものでもないでしょうに」
「責任を押しつけ合ってるのかもよ?」
「私もそう思いますわ」
キッチンの窓からちらりと見える王宮を見て、ヤールシオールが溜息を吐いた。
大きな事を決めるのって、責任が伴うからねー。これで転けたらどうすんのさ、ってフロトマーロ側は思ってそう。
まあ、転けさせるつもりは毛頭ありませんが。
「失礼します」
カストルだ。今日は何やら朝から外に出ていたようだけど、何をしていたんだろう?
「どうしたの?」
「手持ち無沙汰でしたので、この国の地図を作ってみました」
にこやかに笑う彼の手には、大きな紙がある。地図って……そんなあっという間に作れるものだっけ?
まあ、カストルだからいっか。
「こちらをご覧下さい」
ダイニングテーブルに広げられた地図には、国境線だの街の場所だの山だのと一緒に、川の表記もある。
「フロトマーロ国内には、この三本の川が流れています」
「え? 三本だけ? 凄く大きな川とか?」
「いえ、そこまででは」
カストル曰く、川幅は三十メートルにも満たないそうな。それが、三本だけ。
「国土を潤すには、まったくと言っていいほど足りていません」
「だよね」
オーゼリアには、川はいくつも流れている。それこそ、大きなものから小さなものまで。おかげで水には困らない国だ。
「これでよく食料生産が出来ますわね……」
「川の近くが耕作地のようですよ」
「あら、本当」
ヤールシオールとリラも、地図を眺めながらあれこれ言い合っている。
それにしても……
「三本だけってのは、少ないよね……」
「そうですね。どうかすれば、飲み水にも事欠く有様かもしれません」
これ、港の前に用水路建設した方がいい案件?
とはいえ、治水工事なんてそれこそ国の仕事。勝手にやる訳にもいかないし、そこまでの思い入れがこの国にはない。
「デュバルの技術をもってすれば、数日中に用水路を引く事は出来ますが」
「そこまでする?」
「主様が、果物を欲しておられたので」
あ、そうか。こっちからはトレスヴィラジのおいしい水を売るけれど、小王国群からはフルーツを買い込もうと思ってたんだっけ。
トレスヴィラジでも果樹園を始めたけれど、収穫出来るまでにはまだ時間がかかる。
それに、土地や気候によって適した作物というのはあるものだ。
「……ん?」
今、何か引っかかったな。水、土壌、太陽……
「ブドウでワイン?」
思わず口を突いて出た言葉に、カストルが反応する。
「作りますか?」
「え? 出来るの?」
「ええ。土壌を考えますと、なかなか力強いワインが出来そうですよ」
そうか……出来るのか……
ワイン用のブドウは、水はけのいい土地で、よく日に当たる場所がいいって何かで聞いた事がある。意外と痩せた土地の方がいいブドウが出来るんだとか。
でも、私が望んでいるのはワインじゃないんだ。
「ワインはデュバルでも作れるからなあ……」
「土地が違えば味も違います。温泉街用に、特別に作ってみてはいかがでしょう?」
やけに押すね。自分が飲みたいからって訳じゃ……
「どうかなさいましたか?」
いい笑顔で言われて、何も返せなかった。うん、まあ、候補に入れておこうか、ブドウでワイン。
フロトマーロ側の出方を待つ事三日目。意外な客が来た。
「タンクス伯爵?」
「ええ。既に王宮にいらしていて、現在フロトマーロ王に謁見中だとか。その後、主様へもご挨拶がしたいと仰っています」
さすがに、例の一筆書いてもらった件もあるし、ここで会いませんは言えないか。
王宮の一室を借りるのかと思いきや、なんとこちらに来るそうな。
「いくらそれなりに豪華にしたとはいえ、所詮移動宿泊所なんだけど」
「先様がそうしたいと仰ってますし」
まさか、移動宿泊所を値踏みしたいんじゃないよね? タンクス伯爵家って、代々当主が商会の会頭を務める程商人気質な家だって聞くけど。
「敵に不足はございませんわ」
「ヤールシオール、そこでやる気を出さないように」
何を持って敵と断定するんだよ、もう。商売に関しては本当に好戦的だよね、ヤールシオールって。
やってきたタンクス伯爵は、従者を一人連れただけの身軽な様子だった。
「ご無沙汰しております、デュバル女侯爵閣下」
「社交界以外で会うのは、これが初めてですね、タンクス伯爵」
そうなんだよねー。社交界では時折すれ違う程度の相手なんだよ。
タンクス伯爵は男性にしてはちょっと小柄。ヒールを履いていない私と同じくらいの背の高さだから、百七十あるかないかくらいかな。
オーゼリアの成人男性の平均身長って、確か百七十後半だったはず。
頭髪が若干薄くて、お腹もちょっと出て来てるかなーという感じ。見た目はどこにでもいるおじさん貴族だね。
でも、商売ではやり手。なので、気は抜けない。
簡素とは言え、そこは貴族用。それなりの調度品が置かれているリビングで差し向かいで座る。
カストルは給仕役、リラとヤールシオールはダイニングの椅子に座った。
「単刀直入に伺います。閣下はこの国に港を建設なさるおつもりと耳にしましたが、事実でしょうか?」
「ええ」
まあ、避けては通れない相手だからなー。いつかはぶち当たるとは思ってたんだ。
まさか、今日ここでとは思わなかったけど。
私の返答を聞いたタンクス伯爵は、それでも笑みを崩さない。想定内の返答だったって事だろうね。
商売をやっている以上、タンクス伯爵も独自の情報網を持っているだろうし、当然レズヌンドには伝手も山のようにある。
そう考えるとこのタイミングで私のところに来るのも頷ける……のか?
「タンクス伯爵、私からも聞いていいかしら?」
「何なりと」
「どなたから、その話を聞いたのかしら?」
一応、うちとしても情報管理は徹底してるはずなんだよね、カストルが。
可能性があるとすれば、レズヌンドかフロトマーロ。でも、どちらから聞いたにしても、行動が早すぎないかね?
もしかして、伯爵はあのバカ高い通信機を持っている? しかも、レズヌンドかフロトマーロのどちらかに、それを置いているのかな?
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