第365話 根回しは、時にまだるっこしい

 レズヌンドとフロトマーロは隣国同士。で、フロトマーロには現在海から入国するルートがない。


 なので、陸側であるレズヌンド側から入るのだけれど。


「国境でも、難癖付けられるとはねー」

「リドゴード卿に、案内役を出してもらって正解だったわね」


 ただいま、レズヌンドとフロトマーロの国境です。出国と入国の審査……というか、手続き? をしている最中なんだけど。


 ここでも出たよ、袖の下の要求が。どんだけ腐ってんの? レズヌンドって。案内役の第三旅団副団長、ハモナーシュ男爵家のリース卿、こめかみに青筋が立ってるよ。


 もう、帰国したらタンクス伯爵に直談判して、レズヌンドから手を引いてもらいたい。何なら、港建設に掛かった費用、こっちで出してもいいから。




 散々もめた結果、リース卿による「港役人の末路」を聞いた国境役人達が震え上がったので、何とか手続きが終わりましたー。


「帰りもお迎えに上がった方がよろしいでしょうか?」


 ここまで案内してくれたリース卿は、リドゴード卿の腹心の部下で、第三旅団の副団長を務めるほどの人。


 身分は男爵家嫡男で、リドゴード卿とは学院時代からの仲だそうな。


 礼儀正しい彼は、レズヌンドの役人の有り様に心を痛めているらしい。


「気遣い、ありがとうございます。帰りは自力で何とかします」

「そうですか……何かございましたら、当軍までお報せください」


 彼はそのまま、単騎で軍駐屯地へと戻っていった。それを見送る私達と、レズヌンド国境役人。


 あいつら、監視役がいなくなったら、こっちを物欲しそうに見ている。


「手続きが終わったなら、とっとと進みましょう」

「そうですね。では、ここからは本気を出して進みましょう」


 レズヌンドに上陸してからの足は馬車なんだけど、これはデュバル製の特別なやつ。馬も人形で、疲れ知らずに走ってくれるのだ。


 窓から見える景色は、乾燥した土地だからか、木々は見当たらない。道も舗装されておらず、かろうじて「道」だと認識出来る程度。


 これ、普通の馬車だったらこんなスピード出せないな。うちのはほら、重力制御で浮いてるから。


「赤茶けた土地ばかりですわね……」


 ヤールシオールがぽつりとこぼす。こういう土地って、作物が育ちにくいんだっけ?


 川があれば用水路を造って水を運ぶ事も出来るけれど、フロトマーロではどうなる事やら。


 港を造るのなら、その辺りも考えておこうかな。




 とにもかくにも、港建設をするなら許可がいる。その許可をどこで取るかというと、そりゃ政府ですよねー。


 フロトマーロも王政の国で、当然ながら王宮がある。ただ、ここもやっぱり小さい国なので、王宮も王都も小さい。


 しかも、常にレズヌンドに狙われているという、大変厳しい環境の国だ。


 ちなみに、レズヌンド以外の国とも接しているけれど、今のところレズヌンド以外から攻め込まれる心配はないんだって。


 それは何故か。レズヌンドの後ろにはオーゼリアがいて、あそこ以外の国がフロトマーロを狙って戦争を仕掛けようものなら、オーゼリアからの抗議がある……らしいよ。


 そこまでオーゼリアがレズヌンドに肩入れしているかは定かではないけれど、少なくともレズヌンド側はそう言って周囲の国を牽制してるし、フロトマーロもそれに乗っかってる。


 周囲全部が敵になるより、レズヌンド一国が敵の方が楽だもんね。


「周辺国は、単独でフロトマーロを攻め落とそうとはしないのでしょうか?」


 ヤールシオールのもっともな疑問には、リラが答えた。


「周辺国の規模から言って、単独では難しいと思いますよ」

「そうなの?」

「ええ」


 実は今回、こちらに来るのに合わせて周辺国の勉強会を行ったんだよね。それで色々見えてきた事もある。


「もちろん、単独で無理なら同盟を組んで何カ国かで攻める手もあります。ですが、それをやるにはどの国も欲が深いようなんです」

「……自分の国だけで、フロトマーロを独占したい、という訳かしら」

「そうですね。土地にしろ金銭にしろ、どの国も他国に支払いたくはないし、そもそもその両方とも潤沢に持っている国は小王国群にはありません」

「なるほど。ある意味、周辺国の欲のおかげで、フロトマーロはどこからも攻められずに済んでる訳なのね」


 正直、周辺国家を巻き込んだ戦争が起きれば、フロトマーロに勝ち目はない。オーゼリアの軍は不参加だけれど、それでも数が多い方が有利だ。


 周辺国が欲でがんじがらめになっている間に、フロトマーロは国力を付けるべきなのかもね。でも、現状じゃ難しいか。




 オーゼリアとフロトマーロの間に、明確な国交はない……とされている。


 一応、水面下ではあれこれ動いてはいるそうなんだけど、私のような一地方領主の立場ではその内容までは知る事は出来ない。


 その代わり、ここでもオーゼリアの貴族という立場は、それなりにものを言うようだ。


「オーゼリアの侯爵閣下が、我が国に何用でしょうか?」


 暑い国だからかな? 汗をだらだらかきながら対応しているのは、この国の内務大臣だってさ。


「実は、この国に港を建設したいのですけれど、その許可を頂きたくて」

「み、港……ですか?」

「ええ。それと、港の周辺の土地も購入したいと考えています」


 にっこり笑ったのに、相手の顔が真っ青になるとはこれ如何に。


 まーねー。根回しも何もせずに来たのは悪かったと思ってるよ。でも、伝手がないんだもん。


 サンド様にお願いすれば何とかなったかもしれないけれど、あの人も忙しい人だからなあ。


 それに、根回しをやっていたら多分それだけで数年掛かると思うし。主に連絡用の移動時間で。


 さすがに小王国群に通信機は置いていないはず。あれ、まだまだ高いから。ゾクバル軍にあるかどうかは、知らないけれどね。


 とはいえ、さすがにいきなり乗り込んできて、港造りたいから許可と周辺の土地売って、って言われても、はいそうですかとはならないよねー。


「……少し、お時間をいただいてもよろしいか?」

「ええ、もちろん」

「では、その間王宮へ滞在して――」

「ああ、過ごす『場所』は持ってきているので、ご心配なく」

「は? 持ってきて……いる?」


 目の前の内務大臣は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。とりあえず、にっこり笑って誤魔化しておいた。




 場所さえ貸してもらえれば、と言ったら、なんと王宮の中庭を用意してくれたよ。大型のテントでも持ってきたと思われたのかな?


 まあ、当たらずも遠からずって感じ?


「取り出しましたるのはー移動宿泊所豪華版ー」


 収納バッグから取り出したのは、最新式の移動宿泊所。前まで使っていたのはあくまで「簡易宿泊所」だったから、色々機能を盛り込んで「移動宿泊所」と名前を変えて作ってみましたー。


 しかも、これは今回用に作った豪華版。何が豪華かというと、内部の空間を拡張するという最新技術を使った宿泊所なのだ。


 見た目の大きさは縦が二メートル、横が二メートル、奥行きも二メートルくらいの立方体。


 ただし、中身は八LDKにバス・トイレが各部屋に付いているという広さ。


 扉を入るとすぐに玄関があり、ちょっとしたホール。奥の扉からLDK部分へ。手前がリビング部分でその背後にダイニング部分、一番奥にキッチン。


 リビングとダイニングには両脇に扉があり、その先には廊下と各部屋、バス、トイレがある。LDKを挟んで対になるような間取りだね。


 各部屋に繋がる廊下には、玄関ホールからも行ける。


 個室は設備もそうだけど、広さも申し分なく作ってある。いやあ、こだわったよー。特に水回りは。


 今回は各部屋の家具や寝具、リネン類、タオル類もあらかじめ用意しておいた。


「これを体験しちゃったら、余所で泊まりたいとはならないんだよねー」

「わかりますわ! そのお気持ち!」


 おっと、ヤールシオールが食いついてきたよ?


「ですから、我が商会でこれを――」

「売らないよ? 単価がもの凄く高いから、これ」

「駄目ですかあ?」

「駄目です。大体、研究所の技術も大分入ってるから、売るにしても半分は向こうに持って行かれるよ?」

「むむむ。それでも、やはり数量限定で」

「……その辺りは、帰ってから熊と相談って事で」

「わかりました! 必ずや熊さんを頷かせてみせますわ!!」


 ヤールシオール対熊か。ちょっとそのバトルは見てみたいかも。

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